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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか
第十七話 地獄の最後尾(29)
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そして地獄が始まった。
女が踏み込み、閃光のような槍が走る。
なすすべもなく仲間の体が貫かれ、赤い花が散る。
何度も。何度も。くりかえし作業のように。本当になすすべも無く。
先の声色の通り、女は楽しんでいるようであった。
フレディはその残酷な遊びをなすすべもなく眺めていた。
誰か――そんな声でフレディの心は埋まっていた。
だが直後、その声に変化が起きた。
誰も来ない。そんなやつはこの場にいない。そんな理性の声が響いた。
今まではいつもそうだった。全滅しそうな窮地でも強い誰かがなんとかしれくれた。
サイラス様やデュランのような強いやつが。
だがサイラス様はいない。デュランはあの有様。
だからフレディの視線と意識は自然と隊長のほうに向いた。
見ると、隊長は仲間達と共に女に向かって走り出していた。
「やめてくれ」、「頼む」、二つの言葉がフレディの心から響いた。
そんな無茶はやめてくれ、という思いからの言葉。
あんたが倒されたら誰がこの場の指揮をする?
だが、誰かにあれを止めてほしいという思いもあった。
だから「頼む」という言葉が勝手に出てきた。
どちらをより強く望んでいるのか、それは今のフレディにはわからなかった。
◆◆◆
デュランは夢を見ていた。
それは懐かしい夢。
十歳になったばかりの自分とヘルハルトの記憶。
夢の中でヘルハルトは目の前にいる大人の男に向かって怒っていた。
「お前には戦士の素質は無い」と言われたからだ。
どうして?! とヘルハルトは掴みかかるように反論した。
自分には強い感知能力がある! 大人にも負けないくらいの感知能力が! と。
これに男は首を振って口を開いた。
「お前には一番大事なものが欠けてる」と。
それはなに、とヘルハルトが尋ねると男は答えた。
「それは勇気だ」と。
◆◆◆
女に向かっていく隊長の背を見てフレディは気付いた。
自分は調子に乗っていただけなのだと。
銃という強い武器を手にしたことで勘違いしていただけなのだと。
自分の根っこの部分は変わっていなかったのだと。
だから自分は狙撃を専門としていたのだと。
相手に近づくのが怖いのだ。
コソコソ隠れながらじゃないと何もできないのだ。
今まではそばに誰か強いやつがいたからやってこれた。サイラス様やデュランから勇気をわけてもらっていた。守ってもらっていた。
だからこういう絶望的な状況では何もできないのだ。
だからフレディは隊長の背を見つめていた。
高速演算による緩慢な時間の中で、恐れと共にそれを見ていた。
展開はもう予想できていた。
女はその予想通りに動き始めていた。槍を水平に構え、防御魔法を展開していた。
光の嵐の構え。
そして直後に女はそれを放った。
何度見ても、何度感じ取っても神業(かみわざ)だ、フレディはそう思った。
似たような技を使うやつは他にもいるが、槍が一番難しい、フレディはそう思っていた。
原理は単純だ。光魔法がある粒子と引き合う性質を利用した技だ。
防御魔法の中にためこんだ光魔法をその粒子を含んだ槍で貫き、収束させ、爆発させるように放つ技。
槍だと貫く部分が難しい。
身長よりも五割ほど長い槍。ゆえに構えの時は持ち位置を中ほどに変えている。
だから繰り出す時は手の中で滑らせる。
しかし女の槍は水平がまったく崩れない。防御魔法を貫いてもそれは変わらない。
魔力が収束するときにすごい力が回転し、押し合うのが感じ取れる。それでもだ。魔力の制御もなにもかもが完璧だ。
そう、『完璧すぎる。まるで機械のように』。
だから放たれた嵐もそうだった。
偶然? たまたま? そう思えるほどに。
そして隊長達はその完璧な嵐に飲み込まれ、赤く散った。
「隊長が!」
その惨劇に、誰かが声を上げた。
情報は瞬間的に伝わり、それは絶望の声に変わった。
「どうすりゃいいんだよ!」
「くそ、もう終わりだぁ!」
みな同じだったのだ。
みな隊長に期待していたのだ。
だからフレディは思った。
隊長はサイラス様やデュランのように戦闘能力が高いわけじゃない。
でもみんな頼ってた。自分もだ。
なぜだ?
その答えが一つの言葉になりかけた瞬間、前方で女が再び構えた。
光る嵐の構え。
照準はこちらに向いている。
だからフレディはとっさに自分の心を隠した。
『先ほど気付いたこと』を意識から一時的に切り離す。条件が整えば自動的に思い出すようにして。相手に読まれて裏を取られたら終わりだからだ。
サイラス様やシャロンさんが戦闘中によくやっている技。今回は反射的にできた。
しかしこのあとのことまで彼らのようにやれるかはわからなかった。
自信が無い。できれば挑みたくない。
だが、フレディの中にある何かが、台本を見せるようにある光景を示していた。
やらなければ死ぬ、という未来の予想図。
気付けば、フレディの足は勝手に女に向かって歩き始めていた。
フレディの心の中で勝手に声が響いていた。
強く踏み込むべきだ、でなければ間に合うかどうか危うい、と。
だが怖い。勝ち目なんて欠片も感じられない。
今のフレディに必要なものはあと一つだけだった。
それは先ほど言葉になりかけたもの。
だからフレディの中にある何かは声を上げた。
この場で気付いたのは俺しかいない!
そしてやらなければ死ぬ! と。
その直後、その時はきてしまった。
時間切れ。女が嵐を放つ。
だからフレディは叫んだ。
「くそったれえええ!」
そしてフレディは踏み込んだ。恐怖で目に涙がたまっていたが、力強く地を蹴った。
女が踏み込み、閃光のような槍が走る。
なすすべもなく仲間の体が貫かれ、赤い花が散る。
何度も。何度も。くりかえし作業のように。本当になすすべも無く。
先の声色の通り、女は楽しんでいるようであった。
フレディはその残酷な遊びをなすすべもなく眺めていた。
誰か――そんな声でフレディの心は埋まっていた。
だが直後、その声に変化が起きた。
誰も来ない。そんなやつはこの場にいない。そんな理性の声が響いた。
今まではいつもそうだった。全滅しそうな窮地でも強い誰かがなんとかしれくれた。
サイラス様やデュランのような強いやつが。
だがサイラス様はいない。デュランはあの有様。
だからフレディの視線と意識は自然と隊長のほうに向いた。
見ると、隊長は仲間達と共に女に向かって走り出していた。
「やめてくれ」、「頼む」、二つの言葉がフレディの心から響いた。
そんな無茶はやめてくれ、という思いからの言葉。
あんたが倒されたら誰がこの場の指揮をする?
だが、誰かにあれを止めてほしいという思いもあった。
だから「頼む」という言葉が勝手に出てきた。
どちらをより強く望んでいるのか、それは今のフレディにはわからなかった。
◆◆◆
デュランは夢を見ていた。
それは懐かしい夢。
十歳になったばかりの自分とヘルハルトの記憶。
夢の中でヘルハルトは目の前にいる大人の男に向かって怒っていた。
「お前には戦士の素質は無い」と言われたからだ。
どうして?! とヘルハルトは掴みかかるように反論した。
自分には強い感知能力がある! 大人にも負けないくらいの感知能力が! と。
これに男は首を振って口を開いた。
「お前には一番大事なものが欠けてる」と。
それはなに、とヘルハルトが尋ねると男は答えた。
「それは勇気だ」と。
◆◆◆
女に向かっていく隊長の背を見てフレディは気付いた。
自分は調子に乗っていただけなのだと。
銃という強い武器を手にしたことで勘違いしていただけなのだと。
自分の根っこの部分は変わっていなかったのだと。
だから自分は狙撃を専門としていたのだと。
相手に近づくのが怖いのだ。
コソコソ隠れながらじゃないと何もできないのだ。
今まではそばに誰か強いやつがいたからやってこれた。サイラス様やデュランから勇気をわけてもらっていた。守ってもらっていた。
だからこういう絶望的な状況では何もできないのだ。
だからフレディは隊長の背を見つめていた。
高速演算による緩慢な時間の中で、恐れと共にそれを見ていた。
展開はもう予想できていた。
女はその予想通りに動き始めていた。槍を水平に構え、防御魔法を展開していた。
光の嵐の構え。
そして直後に女はそれを放った。
何度見ても、何度感じ取っても神業(かみわざ)だ、フレディはそう思った。
似たような技を使うやつは他にもいるが、槍が一番難しい、フレディはそう思っていた。
原理は単純だ。光魔法がある粒子と引き合う性質を利用した技だ。
防御魔法の中にためこんだ光魔法をその粒子を含んだ槍で貫き、収束させ、爆発させるように放つ技。
槍だと貫く部分が難しい。
身長よりも五割ほど長い槍。ゆえに構えの時は持ち位置を中ほどに変えている。
だから繰り出す時は手の中で滑らせる。
しかし女の槍は水平がまったく崩れない。防御魔法を貫いてもそれは変わらない。
魔力が収束するときにすごい力が回転し、押し合うのが感じ取れる。それでもだ。魔力の制御もなにもかもが完璧だ。
そう、『完璧すぎる。まるで機械のように』。
だから放たれた嵐もそうだった。
偶然? たまたま? そう思えるほどに。
そして隊長達はその完璧な嵐に飲み込まれ、赤く散った。
「隊長が!」
その惨劇に、誰かが声を上げた。
情報は瞬間的に伝わり、それは絶望の声に変わった。
「どうすりゃいいんだよ!」
「くそ、もう終わりだぁ!」
みな同じだったのだ。
みな隊長に期待していたのだ。
だからフレディは思った。
隊長はサイラス様やデュランのように戦闘能力が高いわけじゃない。
でもみんな頼ってた。自分もだ。
なぜだ?
その答えが一つの言葉になりかけた瞬間、前方で女が再び構えた。
光る嵐の構え。
照準はこちらに向いている。
だからフレディはとっさに自分の心を隠した。
『先ほど気付いたこと』を意識から一時的に切り離す。条件が整えば自動的に思い出すようにして。相手に読まれて裏を取られたら終わりだからだ。
サイラス様やシャロンさんが戦闘中によくやっている技。今回は反射的にできた。
しかしこのあとのことまで彼らのようにやれるかはわからなかった。
自信が無い。できれば挑みたくない。
だが、フレディの中にある何かが、台本を見せるようにある光景を示していた。
やらなければ死ぬ、という未来の予想図。
気付けば、フレディの足は勝手に女に向かって歩き始めていた。
フレディの心の中で勝手に声が響いていた。
強く踏み込むべきだ、でなければ間に合うかどうか危うい、と。
だが怖い。勝ち目なんて欠片も感じられない。
今のフレディに必要なものはあと一つだけだった。
それは先ほど言葉になりかけたもの。
だからフレディの中にある何かは声を上げた。
この場で気付いたのは俺しかいない!
そしてやらなければ死ぬ! と。
その直後、その時はきてしまった。
時間切れ。女が嵐を放つ。
だからフレディは叫んだ。
「くそったれえええ!」
そしてフレディは踏み込んだ。恐怖で目に涙がたまっていたが、力強く地を蹴った。
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