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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか
第十八話 凶獣協奏曲(26)
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気勢と共に放たれた巨大な三日月が嵐となって凶人達を飲み込む。
そしてその独特な気勢を合図に、デュランが変わり始めたのをベアトリスは感じ取った。
(叫び声から、関係する記憶をたぐり寄せ始めた?!)
その気勢は、デュランの自己同一性を支えるものの一つであった。
それは今は無き故郷の戦士から教えられた言葉。
それは戦いの言葉。彼らが信仰する神への敬意と共に己の勇気を示し、神からの祝福を受けるための言葉。
その言葉を合図に、デュランの魂と脳はより強く繋がった。
おぼろげな意識が記憶と強く繋がって鮮明になっていく。
今は無き故郷の記憶から魔王軍との戦いまで、パズルが組み合わさるように繋がっていく。
間も無く、デュランの意識は現在にたどり着いた。
我、ここにあり。そんな生まれ変わったような気持ちであった。
そして思った。
どうしてこの言葉をあまり使わなくなったのだろうか、と。
その理由はすぐにわかった。
銃というものを知ったからだ。
人が生み出した強力な武器。
その力を目の当たりにして、心の奥底で思ったのだ。
人はいつか神を超えるのでは無いか、と。
デュラン自身はおとぎ話のような神の存在を本気で信じてはいない。デュランにとって神は都合の良い心のよりどころだった。気まぐれな幸運の女神、その程度の存在だった。
銃の誕生によって、デュランにとっての神の価値はさらに薄くなった。
だが、気付いた。
違うのだ。そんな風に考える必要は無いのだ。
神は永遠に届かない理想、それでいいのだ。
神はただの善き目標であり、己の道を示し支える杖、それでいいのだ。
何を難しく考える必要があったのだろうか。
本当に、デュランは生まれ変わったような気分であった。
新たな価値観が自分の中に強く根付いたのをデュランは感じ取っていた。
では、自分はどんな理想を描くべきだろうか?
遠い未来の理想像は思いつかない。
今はまず目の前のことだ。
ならば、いま思い描くべきは武神だろう。
想像すべきは、いまよりも強い自分。
そして至るべきは――
その道の果てにいるであろう武神の姿を想像しながら、デュランは心の声を響かせた。
“もっと強くなりたい”
それは疼き(うずき)にも似た感覚であった。
どうして疼いてるのか自分でもわからない。
その感覚に突き動かされるまま、デュランは再び声を響かせた。
“もっと強い力がほしい”
しかしまだ疼きはおさまらなかった。
そしてデュランの声は叫びになった。
“すべての困難に打ち勝つ力がほしい!”
その叫びに対し、声が返ってきたような気がした。
“ならば己を苦しめた困難を逆に利用しろ”と。
それは内から沸いてきたひらめきだった。
疼きはひらめきの予兆だったのだ。
デュランはそのひらめきを天啓と受け取り、実行した。
どうすればいいのかはわかっていた。
だからデュランは先ほど斬り刻んだ髪の毛のほうに向き直った。
髪の毛達は、魂達は破損した自己を修復することにやっきになっていた。
だが、それは醜く食い合っているようにしか見えなかった。
弱った相手を狙って襲い掛かる者、漁夫の利を狙う者、それが連鎖し、混沌としていた。
デュランはその混沌に近づき、手を伸ばした。
髪の束をわしづかみ、そして豪快に食らう。
自分を乗っ取ろうとしていた連中を再び食らう。食らいまくる。
間も無く、デュランの髪の毛は再び伸び始めた。
それはこれまでのものとは形状が違っていた。
小さなつぶつぶが棒状に連なっている。
だからベアトリスはあれに似ていると思った。
海に生えている海草――たしか名前は「海ぶどう」。
間も無く海ぶどうのような髪の毛は自律的に動き始め、触手となって周囲の魂達を片っ端から食らい始めた。
すると、ぶどうの実はうっすらと光り始めた。ベアトリスにはそう見えた。
そしてその光から感じ取った。
(これは……ぶどうの中に魂が入ってる?)
大きさ相応に小さな意識をその中から感じる。
その意識はすべて喜んでいた。
だが、その喜びの感覚は以前のものとは違っていた。
(夢を見ている?)
とても幸せな夢を、甘い夢を見ている、そんな感覚であった。
しかしそれは残酷なゆりかごであった。
ぶどうの実の中で、魂達は都合よく改造されていた。
デュランのために命を賭けて戦う兵士として。
その改造が完了すると同時に、実は破れ、兵士は戦場に次々と飛び出していった。
これは応用であった。
閉じ込めて意識を弱らせつつ、甘い夢を見せて抵抗の意思を封じ込める。
デュランは自分がやられたことを応用してこれを編み出したのであった。
完全な上位互換の技では無い。髪の毛の時よりも手間がかかるので即応性と成長速度は以前よりも低い。
その代わりに安定感を得た。以前のように、悪意ある魂が髪の毛の混沌の中にまぎれこんで悪さをするリスクはほぼ無くなった。これならば失血状態でも問題が起きることは無い。
そして多くの実が一斉に破れた。
星のように輝く兵士達がデュランの周りを飛び回りながら陣形を組む。
降ってくる雪はすべて撃墜され、デュランのぶどうに取り込まれる。
その速さから兵士の性能を確認したデュランは心から叫んだ。
“よし、行くぞ!”
凶人達がいる方向に向かって走り出す。
間も無く、通路の角から新手の凶人達が姿を現した。
デュランはひきずるように下段に構えていた大剣を持つ手に力を込めた。
魔力が満ち、刃が銀色に振動し始める。
そしてデュランは懐かしい気勢と共にそれを振り上げた。
「シィィッヤァッ!」
そしてその独特な気勢を合図に、デュランが変わり始めたのをベアトリスは感じ取った。
(叫び声から、関係する記憶をたぐり寄せ始めた?!)
その気勢は、デュランの自己同一性を支えるものの一つであった。
それは今は無き故郷の戦士から教えられた言葉。
それは戦いの言葉。彼らが信仰する神への敬意と共に己の勇気を示し、神からの祝福を受けるための言葉。
その言葉を合図に、デュランの魂と脳はより強く繋がった。
おぼろげな意識が記憶と強く繋がって鮮明になっていく。
今は無き故郷の記憶から魔王軍との戦いまで、パズルが組み合わさるように繋がっていく。
間も無く、デュランの意識は現在にたどり着いた。
我、ここにあり。そんな生まれ変わったような気持ちであった。
そして思った。
どうしてこの言葉をあまり使わなくなったのだろうか、と。
その理由はすぐにわかった。
銃というものを知ったからだ。
人が生み出した強力な武器。
その力を目の当たりにして、心の奥底で思ったのだ。
人はいつか神を超えるのでは無いか、と。
デュラン自身はおとぎ話のような神の存在を本気で信じてはいない。デュランにとって神は都合の良い心のよりどころだった。気まぐれな幸運の女神、その程度の存在だった。
銃の誕生によって、デュランにとっての神の価値はさらに薄くなった。
だが、気付いた。
違うのだ。そんな風に考える必要は無いのだ。
神は永遠に届かない理想、それでいいのだ。
神はただの善き目標であり、己の道を示し支える杖、それでいいのだ。
何を難しく考える必要があったのだろうか。
本当に、デュランは生まれ変わったような気分であった。
新たな価値観が自分の中に強く根付いたのをデュランは感じ取っていた。
では、自分はどんな理想を描くべきだろうか?
遠い未来の理想像は思いつかない。
今はまず目の前のことだ。
ならば、いま思い描くべきは武神だろう。
想像すべきは、いまよりも強い自分。
そして至るべきは――
その道の果てにいるであろう武神の姿を想像しながら、デュランは心の声を響かせた。
“もっと強くなりたい”
それは疼き(うずき)にも似た感覚であった。
どうして疼いてるのか自分でもわからない。
その感覚に突き動かされるまま、デュランは再び声を響かせた。
“もっと強い力がほしい”
しかしまだ疼きはおさまらなかった。
そしてデュランの声は叫びになった。
“すべての困難に打ち勝つ力がほしい!”
その叫びに対し、声が返ってきたような気がした。
“ならば己を苦しめた困難を逆に利用しろ”と。
それは内から沸いてきたひらめきだった。
疼きはひらめきの予兆だったのだ。
デュランはそのひらめきを天啓と受け取り、実行した。
どうすればいいのかはわかっていた。
だからデュランは先ほど斬り刻んだ髪の毛のほうに向き直った。
髪の毛達は、魂達は破損した自己を修復することにやっきになっていた。
だが、それは醜く食い合っているようにしか見えなかった。
弱った相手を狙って襲い掛かる者、漁夫の利を狙う者、それが連鎖し、混沌としていた。
デュランはその混沌に近づき、手を伸ばした。
髪の束をわしづかみ、そして豪快に食らう。
自分を乗っ取ろうとしていた連中を再び食らう。食らいまくる。
間も無く、デュランの髪の毛は再び伸び始めた。
それはこれまでのものとは形状が違っていた。
小さなつぶつぶが棒状に連なっている。
だからベアトリスはあれに似ていると思った。
海に生えている海草――たしか名前は「海ぶどう」。
間も無く海ぶどうのような髪の毛は自律的に動き始め、触手となって周囲の魂達を片っ端から食らい始めた。
すると、ぶどうの実はうっすらと光り始めた。ベアトリスにはそう見えた。
そしてその光から感じ取った。
(これは……ぶどうの中に魂が入ってる?)
大きさ相応に小さな意識をその中から感じる。
その意識はすべて喜んでいた。
だが、その喜びの感覚は以前のものとは違っていた。
(夢を見ている?)
とても幸せな夢を、甘い夢を見ている、そんな感覚であった。
しかしそれは残酷なゆりかごであった。
ぶどうの実の中で、魂達は都合よく改造されていた。
デュランのために命を賭けて戦う兵士として。
その改造が完了すると同時に、実は破れ、兵士は戦場に次々と飛び出していった。
これは応用であった。
閉じ込めて意識を弱らせつつ、甘い夢を見せて抵抗の意思を封じ込める。
デュランは自分がやられたことを応用してこれを編み出したのであった。
完全な上位互換の技では無い。髪の毛の時よりも手間がかかるので即応性と成長速度は以前よりも低い。
その代わりに安定感を得た。以前のように、悪意ある魂が髪の毛の混沌の中にまぎれこんで悪さをするリスクはほぼ無くなった。これならば失血状態でも問題が起きることは無い。
そして多くの実が一斉に破れた。
星のように輝く兵士達がデュランの周りを飛び回りながら陣形を組む。
降ってくる雪はすべて撃墜され、デュランのぶどうに取り込まれる。
その速さから兵士の性能を確認したデュランは心から叫んだ。
“よし、行くぞ!”
凶人達がいる方向に向かって走り出す。
間も無く、通路の角から新手の凶人達が姿を現した。
デュランはひきずるように下段に構えていた大剣を持つ手に力を込めた。
魔力が満ち、刃が銀色に振動し始める。
そしてデュランは懐かしい気勢と共にそれを振り上げた。
「シィィッヤァッ!」
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