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第四章 偽りの象徴。偽りの信仰。そして偽りの神

第二十二話 Deus Vult(主はそれを望まれた)(13)

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 周囲の全てが白く塗りつぶされ、ベアトリスの体もその白に包まれ始める。
 そして白に飲み込まれる直前、ベアトリスの体は崖から飛び出し、落下の浮遊感に包まれた。
 着水の音が滝つぼの水音の中に混じって響く。
 が、その音は直後に響き渡った轟音に消し飛ばされた。
 巨大光弾が爆発し、閃光が全てをなぎ払う。
 滝の上部が崩壊し、土石流となって滝つぼに流れ込む。

「―――っ!!」

 ベアトリスの悲鳴は響かなかった。
 水中にいたから叫びようが無かった。
 感知能力はまったく役に立っていなかった。
 爆発と共に広がった光魔法の波が強すぎるせいだ。
 全てが白く包まれている、手に入る情報はたったそれだけ。
 ゆえにベアトリスには身の守る手段が無かった。
 できることは生還を祈ることだけ。
 土石流に呑まれたベアトリスは痛みの中で祈っていた。
 体に石が何度もぶつかっている。
 痛い部分が無いほどに。
 そしてその痛みの時間は土石流が止まることでようやく終わった。

「……っ、げほっ! ごほっ!」

 水面から上半身を出した直後に肺の中に入った水を吐き出す。
 そのまま岸辺に寄り、這い上がるように水の中から出る。
 見ると、ベアトリスの体はアザだらけであった。
 しかしベアトリスは痛みを無視して、自身の状態を確認せずに再び走り出した。
 そんなことは走りながらでいい、今は走れればいい、そんな思考でベアトリスの心は埋め尽くされていた。
 幸運だった、そんな意識も思考の中に混じっていた。
 アルフレッドとの距離はかなり縮まっていた。
 その証拠に、直後に森は終わり、民家が風景の中に映り込んだ。
 だが、このまま全速力で駆けてもあと一回は攻撃を受ける。
 その攻撃は民家を盾にしてやりすごすことになるだろう、ベアトリスがそう考えた直後、

「!」

 予想外の危機にベアトリスの目は見開いた。
 ねじれた巨人の背中から、腕がさらに一本生えたのだ。
 まさか? ベアトリスの脳裏に考えたくない予想が浮かぶ。
 そのまさかだった。
 背中の両腕は同時に巨大光弾を生み出し、放った。
 二発同時攻撃。
 もはや幸運で生き残ることはありえない。
 なぜなら、一撃目で障害物を破壊しつつベアトリスの足を止め、二発目で必殺となるからだ。
 そしてこの二発もドラゴンの牽引による追尾攻撃。
 なんとかしなければ確実に死ぬ! その絶望の言葉がベアトリスの脳裏に走った。
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