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最終章 そして戦士達は人類の未来のための戦いに挑む

第二十五話 愛を讃えよ(20)

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 アゼルフスは即座に“知らぬ”と答えようとしたが、

“知――……!?”

 その名は、確かに心の中にあった。
 懐かしさが沸き上がる名前。
 しかし不思議なことにほとんど情報が無い。
 そしてもう一つ奇妙な感覚があった。
 知りたい、が、知るべきではない、そんな相反するものが同居した感覚があった。

   ◆◆◆

 デュランの行動をクトゥグアは上空から注視していた。

(デュランがアゼルフスと接触したか)

 クトゥグアの中にはいくつかの筋書きがあった。
 そのいずれも、鍵となるのはデュランであった。
 デュランの行動に応じて、筋書きは選択される。
 一番つまらないのはデュランが鍵としての役割を果たせずに死亡することだ。

(デュランが積極的に前に出てくる可能性は高い、いや、ほぼ確実だと考えていた。これ自体は予想通り。だが――)

 だが、最重要なのはこの戦いに勝利すること。ゆえにデュランに対しても手加減は無い。

(つまらない展開になっても不利になるわけでは無い。しかし計算通りに事が運んでくれれば、素晴らしい結果が得られるはず)

 そう、素晴らしく、そして圧倒的なことが起きる。クトゥグアはそう確信していた。

   ◆◆◆

 デュランという存在に、アゼルフスは戸惑いを禁じ得なかった。
 それを感じ取ったサイラスは、

(いいぞ……!)

 時間が稼げていることに対し、誰にも聞こえない声で賞賛を送った。
 その時間稼ぎの残り時間に気をつけながら、サイラスは宝石剣に意識を向けていた。
 やはり恐ろしく危険な剣、その認識は変わっていなかった。
 今も手の中で暴れまわっている。
 
(シャロンはこんなものを制御していたのか……!)

 シャロンに上手く出来て自分に出来ない理由、それはわかっていた。
 シャロンの魔力が強いからだ。
 暴れ馬を強い力でねじ伏せる、それが出来るからだ。
 手に強力な圧力が生まれるように、常に大きな魔力をこめ続けられるからだ。
 だから同じやり方ではどうしようも無い。
 自分は自分なりに工夫しなくては――その答えはようやくサイラスの中に芽生え始めた。
 サイラスは芽生え始めたばかりのそれをすぐに試した。
 剣先から伸びて波打つ稲妻に、ムカデを隙間無く巻き付かせる。
 これは電撃魔法の糸を参考にしたものであった。
 電撃魔法の糸に触れても感電しない理由は、被膜に覆われているからだ。
 それをムカデで代用することで、自爆の可能性を減らす。
 ムカデに魔力を吸い取らせることで、より柔軟な攻撃を可能とする。
 その作業はすぐに終わった。
 魔力を吸い上げたことで、ムカデは白と銀のまだら色に染まっていた。
 まるで白い稲妻がムカデの形を取ったかのよう。
 だが、不規則に波打つのは変わらずであった。

(ここまで手を加えても、まだ荒ぶるのか……!)

 直後、デュランの警告の声が響いた。

(来るぞ!)

 その声にサイラスは迷った。
 この剣を使うべきなのだろうか? やれるのか? と。 
 下手をすればデュランに危害が及びかねない。
 だが、この迷いは一瞬だった。
 宝石剣無しで勝てるイメージが湧かなかったからだ。
 だからサイラスは己に活を入れるように叫んだ。

(やれるか? じゃない! やるしかない!)
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