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第三章 アランが己の中にある神秘を自覚し、体得する
第二十三話 神秘の体得(6)
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クリス達の戦いに決着がついた頃、城では――
「ありがとうフリッツ、もう大丈夫だ。大分楽になったよ」
フリッツから手当てを受けていたアランは、そう言って立ち上がった。
「どこに行くつもりなのです?」
普通ならここから離脱すると答えるはずだ。しかしアランはそれとは真逆の答えを返した。
「ディーノを助けに行く」
「無茶です! 目が開けられないのに!」
アランの目の火傷は軽度であったが、その瞼は硬く閉じられていた。
そしてアランはこの正論に対し、訳の分からない返事を返した。
「大丈夫だ、目が開かなくてもなんとなく把握できる。それに、今行かないとディーノが多分死ぬ。俺にはそれがわかるんだ」
「……? アラン様、一体何をおっしゃって……?」
当然であるが、フリッツにはアランが何を言っているのかわからなかった。
「フリッツ、この場の指揮を任せる。頼んだぞ」
そう言って、アランは引き止めの声に耳を貸さないまま、その場から飛び出して行った。
◆◆◆
一方、そのディーノは敵の背後に回りこんでいた。
(ここまでは順調……か?)
ディーノは角から敵の背中を覗き込みながら、いつ仕掛けるべきか機をうかがっていた。
しかしディーノは気付いていなかった。自身が取り囲まれ、追い詰められていることに。
ディーノを包囲している輪は徐々に狭まっていた。無防備な背中を晒しているのは敵のほうでは無く、ディーノのほうであった。
そして今、その背中に一人の敵兵士が手をかざし、照準を合わせていた。
ディーノを狙う手の数は音も無く増えていった。この距離でこの数の一斉射撃、それは間違いなく致命の攻撃であった。
手をかざしている兵士の一人が息を吸い込む。今まさに発せられんとする攻撃の合図に、周囲の兵士たちは身を固くした。
「撃――」
しかしその合図は最後まで言葉にならなかった。何事か、そう思った隣の兵士が彼の方に目を向けた瞬間、兵士は自身の腹部に走った鋭い痛みに身を震わせた。
「――え?」
それはどちらに対し発せられた言葉だったのか。目の前で首から血を流している仲間に対してか、それとも自身の腹部から流れている血に対してか。
「敵だ!」
それを見ていた別の兵士が警告を発する。次の瞬間、視界に走った一筋の剣閃を最後に、彼の命は終わった。
周囲の兵士達が一斉にその「敵」に照準を向ける。そして誰かが合図も無く放った光弾を切欠に、兵士達は一斉に攻撃を開始した。
しかし当たらない。たった一発どころか、かすりすらしない。その「敵」は受けるまでも無いと言わんばかりに攻撃を避けながら、剣を振るった。
そして手近な兵士を全て切り伏せたその「敵」は声を上げた。
「気をつけろディーノ! 囲まれているぞ!」
「アランなのか?!」
ディーノは二つの意味で驚きの声を上げた。一つはアランがここに来た事、もう一つはアランのその戦いぶりであった。
それは奇妙であった。兵士達はわざと攻撃を外しているかのようであった。
アランは兵士が光弾を撃つよりも早く回避行動を取っていた。兵士達はアランが避けるのを見てから攻撃しているように見え、それはまるで下手な芝居のようであった。
アランの戦いぶりを「下手な芝居のようである」と例えたディーノ。
それはある意味で的を射ていた。
アランの頭の中には「台本」のようなものがあった。
それは不思議な台本であった。数手先、数秒先までの敵の動きが描かれている台本であった。
――右手前の敵が二秒後に光弾を発射する。左側に体を傾けつつ踏み込み、左手前にいる敵を斬る。
さらに踏み込み、右手前の敵が次弾を発射する前に一閃。
すると、奥にいる敵が攻撃態勢に入るから、まだ立っている右手前の死体を盾にする。
「台本」に沿って行動し、敵を切り伏せていく。
敵の動きが分かっているのだから、先の先も、後の先も自由自在である。その動きが下手な芝居に見えるのは道理であった。
「ディーノ、下がるんだ! ここは俺が引き受ける!」
流れるように敵を斬り伏せながら声を上げるアランに対し、
「それはありがたいが、お前は大丈夫なのかよ!?」
ディーノは豪快に敵をなぎ払いながら声を上げた。
ディーノの戦いぶりはとても負傷しているとは思えないものであった。もしかしたら助けに来なくても大丈夫だったのではないか、そんな考えがアランの中に浮かぶほどであった。
しかし、そんな考えはこちらに近づいてくるある気配によって吹き飛ばされた。
「俺のことなら心配するな! それより早く下がるんだ! あの炎の使い手がこっちに向かって来てる!」
これにディーノは即座に言葉を返した。
「それが本当なら、お前を一人でここに置いていけるわけないだろ!」
まるで子供のやり取りである。しかしそれはアランとディーノらしいと言えた。
そして、二人の息はぴったりであった。アランとディーノは互いの背中を庇い合いながら、少しずつ後退していった。
しかし二人の移動はとてもゆっくりとしたものであった。
「やべえ、来ちまったぞ!」
そして、あるものを見たディーノはそう声を上げた。それは、こちらに向ってくる炎の魔法使い、リーザの姿であった。
どうしたらいいのか――アランは考えたが、アランの理性はすぐに残酷な結論を出した。
(あれは俺にはどうしようもない。多分、ディーノでもどうにもできない)
炎から身を守る術は限られている。光の剣ではアランの技をもってしても炎はどうすることもできない。そして、この場にはあの女の炎から身を守るのに十分な遮蔽物は存在しない。
(できるとしたら、どちらかが囮になってもう一人を逃がすことくらいか――)
アランは覚悟を決めた。そしてそれはディーノも同じであった。
しかし二人の覚悟は無駄に終わるのであった。
場に何かの合図の音が鳴り響く。それを聞いた敵は撤退を始めた。
「なんだ? 突然逃げ始めたぞ」
不思議に思うディーノに、アランが答えた。
「……多分、アンナが来たからだ」
「妹さんが来てくれたのか! ……で、どこにいるんだ?」
ディーノはアランが見ている方向に顔を向けたが、そこにあるのは燃える民家だけであった。
「まだ遠いから見えない。だけどもうすぐ姿を現すと思う」
「へ?」
これにディーノは素っ頓狂な声を上げた。今のアランは何か変だ、ディーノはそう思った。
違和感の正体はすぐにわかった。それはアランが目を閉じていることであった。思い返してみれば、さきほどの戦いでもアランはずっと目を閉じていたような気がした。
火傷で痛むから目を細めているのだろう、ディーノはそう思うことにした。しかしそれでは先ほどの台詞の説明がつかないことは分かっていたが。
ディーノがそんなことを考えているうちに、馬に乗ったその者が燃える民家の陰から姿を現した。
「お兄様!」
アランが言った通りにアンナは登場した。アンナは兄の傍に駆け寄り、声を上げた。
「よかった、無事で……?!」
兄の力強い立ち姿から、アンナはそう勘違いした。
「酷い怪我をしているではないですか! 誰か! 誰か来て!」
アランの状態に気づいたアンナはすぐ周辺の者に助けを求めた。妹の叫び声は兄がベッドに横たわるまで続いたのであった。
第二十四話 時間切れ に続く
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