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第三章 アランが己の中にある神秘を自覚し、体得する
第二十三話 神秘の体得(4)
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バージルと一進一退の戦いを繰り広げるクラウスに対し、ディーノは厳しい状況にあった。
戦場は広間。ディーノは肩で息をしながら、柱の影に身を隠していた。
「うかつに飛び出すな! 正面は警戒されているぞ!」
どこかにいる仲間が発した警告が場に響く。直後、その声がした方に敵の凄まじい集中攻撃が浴びせられた。
炎が走る音、光弾が炸裂する音が暫く続いた後、兵士の悲鳴を最後に音は止んだ。
警告を発したせいで位置がばれたのだろう。今の状況は些細な物音を立てることすら危険であった。
久しぶりの城内戦であったが、このような慎重さを求められる戦闘は初めてのことであった。
(炎をばら撒いているやつを倒さねえと……そいつはどこにいる?)
敵の中に一人、文字通り凄まじい火力を持つ炎の使い手がいるのだ。ディーノはその者の位置を確認するため、影から「ちらり」と顔を覗かせた。
そこには十数名の魔法使いらしき者達がいた。ディーノの目はその中のある一人に釘付けになった。
(女?)
その顔立ちは明らかに女性のものであった。そして彼女の出で立ちは明らかに一般兵とは違う大将格のものであった。
そして、ディーノはその者と目が合った。
その女、リーザがディーノに向かって手の平を前に突き出す。これを見たディーノは飛び退くようにその場から離脱した。
柱から離れた直後、ディーノは真後ろで炎が走る音を耳にし、その背に熱を感じた。
(間違いねえ! あの女が炎をばら撒いてるやつだ!)
別の物影に身を隠したディーノは、リーザが倒すべき目標であることを確信し、再び角から顔を覗かせた。
リーザはディーノが離れたことを知らず、まだ先ほどの柱を炎で攻撃していた。
その炎は独特であった。アンナほどの激しさは無い。が、凄まじく速く、そして鋭かった。揺らぎが少なく、まっすぐであった。
(炎が速い。ありゃあうかつに近づくことはできねえな)
遮蔽物無しに回避できる攻撃では無い。リーザの前に堂々と立つのは自殺行為であるように思えた。
(どうする? 盾を構えて突撃してみるか? いいや、この距離じゃ駄目だ。俺が先に焼け死ぬのがオチだ)
ディーノは周囲を見回しながら考えを巡らせた。
(敵の数自体は多くねえ。何とか回り込んで不意をつけば――)
ディーノの考えがまとまりつつあったその時、突如後方から多数の足音と、気勢の声が聞こえてきた。
「援軍か、助かる!」
ディーノが様子を伺おうと角から顔を覗かせると、目の前を兵士達が走り抜けていった。
その兵士達は隊列を組みながら前進し、正面にいるリーザに向かって攻撃を仕掛けた。
しかし、直後場に響いたのはリーザの断末魔ではなく、兵士達が上げた叫喚の声であった。
その炎の凄まじさに兵士達が怯む。隊列が乱れが生じ始めたと同時に、一人の男が声を上げた。
「強力な炎の使い手だ! 遮蔽物に身を隠せ!」
その声の主はアランであった。兵士達はアランの指示に即座に従い、蜘蛛の子を散らすように周辺にある物影に身を隠した。
しかし遮蔽物の数はアランの部隊全員を隠せるほど多くは無かった。身を隠す場所の無い兵士達は各自の判断で隊列を組み戦い始めたが、あの炎の使い手の前では無駄死にするだけであることは明らかであった。
アランは無防備な姿を晒す彼らに向かって声を上げた。
「身を隠す場所を確保できないものは一旦距離を取れ! 炎から身を守ることだけを考えろ!」
後続の兵士達は隊列を維持したまま後退を開始した。アラン達は物陰から飛び道具を撃ち、これを援護した。
対し、リーザは後退する兵士達を追おうとはしなかった。リーザは周りの部下に対し、手で何か合図した。
直後、リーザの前に大盾兵達が並んだ。そしてリーザはそれまでとは違う構えを取った。
何かを抱え込むように、向かい合わせた両手の平を胸の前に置くその構えは、明らかに力を溜めるためのものであった。
「気をつけろアラン! 何か仕掛けてくるぞ!」
ディーノが思わず警告を発する。直後、リーザの両手の中に集まった魔力が一つの形を成した。
それは一見普通の光弾のようであったが、よく見ると弾の中で何かが激しく揺らめいていた。
顔を覗かせてそれを見ていたアランは、咄嗟に遮蔽物に身を隠しつつ、その場に伏せた。
直後、リーザはアランの方に向かって両手を突き出し、その光弾を放った。
アランのもとに高速で飛来した光弾は、アランを守る遮蔽物に衝突する直前に、空中で文字通り『弾けた』。
破裂音と共に弾の中から炎が溢れ出す。それは爆炎となり、炎に押された空気は衝撃波となって周囲に広がった。
このような規模の爆発を目の当たりにするのは皆初めてのことであった。この魔法はリーザの切り札であり、炎の伝播速度が凄まじく速い彼女だからこそできる芸当であった。
衝撃波は遮蔽物をなぎ払い、身を隠していたアラン達ごと吹き飛ばした。
「アラン!」
ディーノがアランのもとに走り出す。
リーザの目に遮蔽物を失い無防備となったアランの姿が映り込む。リーザはすかさずアランに向かって追撃の炎を放った。
(避けてくれ!)
走りながらディーノはそう願った。
しかしそれは適わなかった。アラン達はリーザが放った炎に包まれた。
炎の中から悲鳴が上がる。その地獄の中で、兵士達は地面の上をのたうちまわっていた。
ディーノはその地獄の中に飛び込んだ。アランの正面に立ち、丸型の大盾でリーザが放つ炎を受け止めた。
ディーノの大盾は炎の進行を止めたが、伝わる熱は容赦なくディーノの身を焼いた。
それは直撃するよりはマシという程度であった。盾の取っ手はあっという間に握っていられないほど熱くなり、高熱に晒されたディーノの体にはあちこちに火傷が浮かび上がり始めた。
そんな地獄の中、ディーノは振り返りアランの様子をうかがった。
アランも当然のように火傷だらけであったが、何よりもディーノを危惧させたのは、うずくまるアランが自身の目を押さえていることであった。
「どうしたアラン? 目をやられたのか?!」
アランはうずくまったまま何も答えなかった。
この場から何とか離脱しなくてはならない、ディーノはそう思ったがここで問題が発生した。
盾は限界を迎えていた。高熱に長時間晒された盾はひしゃげ、その縁は歪に形を変え初めていた。
このままでは焼け死ぬ。ディーノの脳裏に隠れていた死のイメージが顔を覗かせる。
なんとかアランだけでも――、ディーノがそう覚悟を決めた瞬間、
「ディーノ殿!」
力強い声と共に一人の男が前に飛び出した。
男が大盾と防御魔法で炎を食い止める。
「アラン様を連れて、御早く!」
それはフリッツだった。
ディーノはすぐにアランを抱え、その場から離脱した。フリッツも防御魔法を展開したまま後退し、それに続いた。
◆◆◆
揺れるディーノの腕の中で、アランはこれまでに無い体験をしていた。
それは夢か現かと問われると、はっきりとは答えられない奇妙な感覚であった。
意識はある。記憶は繋がっている。自分は炎に飲まれた後、ディーノにこうして助けられた。
しかし奇妙なのは、自分はそれからずっと目を閉じていたはずなのに、誰がどう動いたか、どこで何が起きたのかをはっきりと理解していることであった。
それはまるで自分自身をとても高いところから眺めているかのような感覚であった。戦場の動きが手に取るようで、それはまるで自分の目を空に置いてきたかのようであった。
そして不思議なのは、自身の体の感覚もはっきりしていることであった。アランはディーノに抱えられていることはもちろん、僅かな空気の揺れすら感じ取っていた。
似たような感覚は前にもあった。ただそれとは明らかに違う。このような自分を遠くに感じる感覚はあの時には無かった。
自分の視界は依然暗黒のままだ。目を閉じているから当たり前だが。
ではこれはやはり夢なのか。ディーノの腕から伝わる振動と火傷の痛みをはっきりと自覚しながら、アランはそんなことを考えていた。
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