Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

文字の大きさ
96 / 586
第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十話 武技交錯(2)

しおりを挟む
 刀の切っ先を突きつけながら、リックの像を視界の中央に捉える。
 が、アランの視界はまだ揺れていた。
 そこへ、今度は赤いカーテンが視界の上から降りてくる。

(目が……!)

 思わず目を細める。が、大きく割れた額は容赦無くアランの瞳に血を流し込んできた。
 視界が赤く濁り、ぼやける。深い霧に覆われたように見えない。
 そして、アランの体に悪寒が走った。

(攻撃が来る!)

 高まる緊張。刀を握る手に汗が滲んだと同時に台本が開いた。

『踏み込み右上段突き。ただしこれは当てる気の無い視線の陽動で、本命は左足による下段蹴り』

(! これだ!)

 瞬間、アランは光明を見出した。初手に当てる気が無いということは、次手の迎撃だけを考えればいい。
 訪れた好機に焦燥感が高まる。逸(はや)る気持ちに刀の切っ先は自然と下がっていった。

(まだだ、堪えろ! よく引き付けるんだ!)

 今警戒されては意味が無い。焦る気持ちを抑え、切っ先の高さを元に戻す。
 直後、リックの足が前に出た。
 来る。アランは本命に備えて姿勢を下げた。
 リックが右拳を突き出す。
 当てる気が無いとは思えない速さ。距離感もいい。あと半歩踏み込めば届くかもしれない、そんな距離。台本が無ければ目線を奪われていただろう。
 リックが拳を引く。それと同時に、後ろに引いていた左足の踵がつま先立ちをするように浮き上がった。

(今だ!)

 刀の切っ先を下に向ける。
 だが、次の瞬間――

(!?)

 ぞわり、と、アランの背筋に悪寒が走った。

『飛び膝蹴りに変更』

 気付いた時には左足だけでなく右足の踵も浮き上がっていた。
 伸びていた左足は鋭角に折りたたまれ、その先端にある膝はアランの顔面に向けられている。
 慌てて、下段に向けていた刀を膝の迎撃に向かわせる。
 駄目だ、間に合わない。
「回避」という単語がアランの意識に浮かび上がる。しかし、その時既にリックの膝は目の前であった。
 少しでも距離を――そう考えたアランは顔を真横に向けるように首を捻った。
 苦し紛れの行為。来る痛みから逃げようとしているようにも見える。
 そして、リックの硬い膝がアランのやわらかい頬にめり込んだ。
 衝撃に頬が波打つ。顎が軋みを上げ、頬骨が砕ける。
 強烈。そうとしか言えない痛み。
 アランの意識は再び白く染まり、闇に沈んだ。

   ◆◆◆

 闇に落ちたアランの意識であったが、その思考能力は失われていなかった。
 何も見えない。しかし恐怖は無い。
 感覚がとても鋭くなっている。どこに何があるか、誰が何をしようとしているのか手に取るようにわかる。時間が遅くなったかのように全てがゆっくりと動いている。
 あの炎の使い手にやられた時以来の懐かしい感覚。あの時と違うのは浮遊感に包まれていることだ。
 膝蹴りを受けた自分は後ろに倒れようとしている。そして、リックはそんな自分に追撃を仕掛けてきている。蹴りを叩き込むつもりだ。
 自身の状態を確認する。肋骨二本にヒビが入っている。膝を受けた頬骨は砕けている。額からの出血は止まっていない。
 何も問題は無い。剣を使うのに差し支えは無い。
 体に力を込める。ここで倒れるわけにはいかない。体勢を立て直し、反撃だ。

   ◆◆◆

 飛び膝蹴りを決めたリックは、そのまま空中で曲げていた左膝を伸ばしつつ、右足に魔力を込めた。
 その瞳の中央にあるのは吹き飛び、倒れつつあるアランの姿。
 狙いは胴。アランの背が地に達する前に、その無防備な腹に蹴りを入れる。
 右足に魔力が満ち始める。それを感じ取ったリックは足に力を込めた。
 だが次の瞬間、リックが足を動かすよりも先に、アランが動いた。
 アランは体を小さく丸めるように膝を折り畳みながら、後ろに転がるように回り始めた。
 それは後方への回転受身であると見えた。
 そうはさせない。地に降りられる前に攻撃を入れる。
 狙いを変更する。新たな目標は背中。回転する体が背後を晒した瞬間、その真ん中を通る背骨に蹴りを刺し込む。
 いつでも蹴りを出せるように、右足を構えたまま時を待つ。
 そして数瞬の後、アランはリックが期待した通りの動きを見せた。
 逆立ちをするように頭が下へ向き、広々とした背中をリックの眼前に晒す。

(ここだ!)

 直後、リックは横から回すように右足を走らせた。
 光る爪先が地に水平な楕円の軌跡を描く。
 しかし直後、

「!」

 その爪先に迫るもう一つの閃光をリックは見つけた。
 それはアランの後頭部の下から伸びていた。
 その光はぎらぎらと輝いていた。光魔法だけでは無い、太陽の反射も含んだ光だった。
 それがアランの頭の下から伸びて来ている。それが意味するものは――

(斬撃!?)

 そうとしか考えられなかった。アランは受身を取りながら曲芸のような回転斬りを放っているのだ。
 その軌道は右下から左上に走る切り上げ。背骨を狙うこちらの蹴り足を完全に捉えた軌道だ。
 即座に奥義を発動する。
 その用途は防御。奥義の加速をもってすれば先に攻撃を叩き込むのは容易。だが、たとえそれでアランの背骨を砕き、その身を吹き飛ばしたとしても、この斬撃は止まらず自分の足を切り飛ばすだろう。相討ちは望むところでは無い。
 蹴りの軌道を背骨狙いから刀を叩き払う方向に変える。
 急な変更に股関節と膝が悲鳴を上げる。水平に走っていた爪先は、左下へ流れ落ちるように軌道を変えた。
 直後、斜めに昇る刀と斜めに降りる爪先、その二つが描く閃光は交差した。
 甲高い音が場に響き、衝突点から光の粒子が散る。
 このぶつかり合いを制したのはリック。その光る爪先はアランの剣の側面を捉え、叩き払った。
 その衝撃にアランの姿勢が崩れる。真っ直ぐな後方回転受身に横方向の力が加わったせいか、アランの体は斜めに回転しながら宙を舞った。
 が、それでもアランは両足での着地を決めた。
 それは綺麗なものでは無く、膠着も大きい不恰好なものであったが、その隙を追撃されることは無かった。
 リックは様子をうかがっていた。かなり慎重になっていた。
 その背には冷や汗が流れていた。先の一合、それはとても危ういものであった。咄嗟に蹴りの軌道を変えられたから良かったものの、もしあのまま蹴りを放っていたら、自分の足は切り飛ばされていたであろう。
 恐ろしい。そして奇怪であった。

(どういうことだ? こちらが攻撃を出す先に奴の剣が待ち構えている。まるで先回りされているようだ)

 思えば膝蹴りに切り換えた時もそうだった。

(手の内を読まれているとしか思えない。癖を完全に見抜かれている?)

 これまでのやり取りを振り返る。リックの脳内に駆け抜けるように流れた回想群は、手を出す先、足を出す先に、常にアランの剣先が待ち構えていた奇妙な場景(じょうけい)の連続であった。

(……そうとしか思えない。こちらの考えは筒抜けになっていると考えるべきか)

 ならば――と、リックは構えを変えた。
 閉めていた脇を少し開きながら、両手を添えるように前に出す。
 その手は手刀のような形。その指は丸みを帯びるように曲がっているが、綺麗に並び揃っていた。
 魔力を帯び、指が発光を始める。だがその輝きは均一では無く、先端部に集中していた。
 リックは武器弾きのみを重視した戦い方に切り換えていた。以前アランと戦った時にも用いた戦法で、かつてリックの母クレアが見せた指先で石を砕いた技と同じものである。
 だが、リックの魔力の集中精度はクレアには遠く及ばない。奥義を持ってしても、アランの剣を、鋼を砕くには至らないだろう。
 しかし剣を弾き飛ばし、使い手の体勢を崩すには十分。
 そして、リックは両手を前に出したまま、じり、と、立ったまま動かないアランに向かって間合いを詰め始めた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

新約・精霊眼の少女

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 孤児院で育った14歳の少女ヒルデガルトは、豊穣の神の思惑で『精霊眼』を授けられてしまう。  力を与えられた彼女の人生は、それを転機に運命の歯車が回り始める。  孤児から貴族へ転身し、貴族として強く生きる彼女を『神の試練』が待ち受ける。  可憐で凛々しい少女ヒルデガルトが、自分の運命を乗り越え『可愛いお嫁さん』という夢を叶える為に奮闘する。  頼もしい仲間たちと共に、彼女は国家を救うために動き出す。  これは、運命に導かれながらも自分の道を切り開いていく少女の物語。 ----  本作は「精霊眼の少女」を再構成しリライトした作品です。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

【完結】領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

レイブン領の面倒姫

庭にハニワ
ファンタジー
兄の学院卒業にかこつけて、初めて王都に行きました。 初対面の人に、いきなり婚約破棄されました。 私はまだ婚約などしていないのですが、ね。 あなた方、いったい何なんですか? 初投稿です。 ヨロシクお願い致します~。

処理中です...