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第三章 アランが己の中にある神秘を自覚し、体得する
第二十四話 時間切れ(3)
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◆◆◆
その後、アンナは援軍要請があった次の戦場へと出立した。
その際、アンナはひとつの置き土産をアランに残したのであった。
「今日からアラン様のお世話をすることになりましたマリアと申します。以後、お見知り置きを」
アンナが去った次の日の早朝、見知らぬ女性の突然の訪問に、アランは面食らった。
「ああ、うん、よろしく。……ええと、すまないが、どういうことなのか説明してくれないか?」
「アンナ様から何も伺っておりませんか?」
「ああ、本当に何も聞いていない」
「先ほど言った身の回りのお世話と、警護、……それと『見張り』を仰せつかっております」
最後の部分が気になったアランは、その内容を尋ねた。
「『見張り』? 何を見張るんだ?」
「……アラン様が戦いに出ないようにです」
「それは『見張り』ではなくて『監視』じゃないのか?」
「……そうで御座いますね。……ともかく、今日から御傍につかせて頂きますので、よろしくお願いします」
これにアランは何も言わなかった。有無も言わせぬ雰囲気が彼女にはあった。
「部屋の外で待機します。何かあったらお呼び下さい」
そう言ってマリアは一礼し、部屋から出て行った。
◆◆◆
そして三ヶ月後――
その日は遂に訪れた。
アンナがアランの見送りにやってきたのだ。
アランを家に帰すという決心は揺るがなかったのだ。
部屋で妹の到着を聞いたアランは、正装に着替えた。
鏡の前で身だしなみを確認する。
その目を覆っていた包帯は既に無く、アランの瞳は何かの感情を湛えていた。
それは武の道から離れるという決意であった。
「アラン様、準備は出来ましたでしょうか?」
ノックの音と共に凛としたマリアの声がドアの向こうから響く。
「ああ」
アランがそう返事をするとドアが開き、姿を見せたマリアが口を開いた。
「それでは参りましょう。アンナ様が城門でお待ちです」
◆◆◆
城門ではアンナだけでなく多くの人達の姿があった。
共に戦った兵士達、ディーノ、クラウス、フリッツ、そしてクリスまでもがアランの見送りに来ていた。
アランは用意された馬に跨り、見送りに来てくれた人達に対して感謝の念を述べた。
「こんなに大勢の人が見送りに来てくれるなんて、本当に嬉しい。ありがとう」
これに対し、真っ先に口を開いたのはディーノであった。
「寂しくなるな……」
「今生の別れだと決まったわけじゃない。機会があればまた会えるさ」
アランは前向きな言葉を返したが、ディーノの顔はしんみりとしたままであった。
ディーノが寂しいと言ったのはそういうことでは無かった。アランが違う世界に行ってしまう、それがディーノには寂しいのだ。
アランはディーノから視線を移し、クラウスに声をかけた。
「クラウス、後のことは頼んだぞ。俺に対してそうだったように、皆にとっても良い師であってくれ」
これにクラウスは深い礼を返した。
あと声をかけるべきは――、そう思いながら視線を移したアランよりも早く、クリスの方が先に口を開いた。
「アラン様、同じ炎の一族の者として、これからますますのご清栄を祈っております」
クリスはその場に跪きながらそう言った。
クリスはアランに対し「様」をつけた。炎の一族の二番手とはいえ、城主であるクリスがアランに対し「様」をつけるのはやや不自然であったが、これがクリスなりの礼儀であった。
「ありがとう、クリス将軍」
そしてアランはそんなクリスに対し、「将軍」で返した。
「お兄様、挨拶も済んだようですし、そろそろ出発しましょう」
妹の言葉にアランは頷きを返し、馬を歩かせ始めた。
見送りに来た人達の前を通り過ぎる。ディーノ、クラウス、クリス、フリッツ、仲間達の顔がアランの視界から外れる直前、アランは振り返り、口を開いた。
「さようなら。みんな、達者で」
はっきりとした別れの言葉。そして背を向けるアラン。去ってしまう、そんな焦燥感に駆られた一人の男が声を上げた。
「アラン!」
力強いディーノの声、それを背に叩き付けられたアランは思わず振り返った。
「いつかまた顔を見せに来いよ! 待ってるからな!」
ディーノの顔に寂しさは無かった。ディーノは目と口元に笑みを滲ませながら、再び声を上げた。
「でも次に俺の前に姿を見せる時は、もっと立派になってねえと承知しねえぞ!」
無茶苦茶な言い分に、アランも自然と笑顔になった。
「ああ! 肝に銘じておく!」
力強い返事に満足したディーノは大きく手を振った。
もう言葉は必要ないだろう。あとは気持ちよくアランを送り出すだけだ。
そんなディーノに、アランもまた同じように手を振り返した。
他の者は姿勢を正しこれを見つめていた。
手を振るという親しみが込められた行為、それはこの場ではディーノにのみ許されているものに思えたからだ。
しんみりとした空気はもう残っていなかった。アランは様々な感情が混ざった皆の視線に背中を押されながら城門をくぐった。
◆◆◆
「見送りはここまででいいよ、アンナ」
城門を抜けてしばらくして、アランは馬を止めてアンナにそう言った。
だがアンナは黙ったまま動こうとしなかった。アランはそんな妹に対し、もう一度口を開いた。
「心配しないで、ちゃんと帰るから。マリアもついているし、大丈夫だ」
アンナは少し迷った後、口を開いた。
「……わかりました。それではお兄様、どうかお気をつけて」
そう言ってアンナはアランから離れ、戦地へと向かっていった。
アランは妹の背を見送った後、故郷へと馬を走らせた。
こうしてアランはクリスの城を去った。
アランの戦いは終わったのだろうか?
否。運命は、武の神は彼を掴んだままなのだ。
その証拠に――
その後、アンナは援軍要請があった次の戦場へと出立した。
その際、アンナはひとつの置き土産をアランに残したのであった。
「今日からアラン様のお世話をすることになりましたマリアと申します。以後、お見知り置きを」
アンナが去った次の日の早朝、見知らぬ女性の突然の訪問に、アランは面食らった。
「ああ、うん、よろしく。……ええと、すまないが、どういうことなのか説明してくれないか?」
「アンナ様から何も伺っておりませんか?」
「ああ、本当に何も聞いていない」
「先ほど言った身の回りのお世話と、警護、……それと『見張り』を仰せつかっております」
最後の部分が気になったアランは、その内容を尋ねた。
「『見張り』? 何を見張るんだ?」
「……アラン様が戦いに出ないようにです」
「それは『見張り』ではなくて『監視』じゃないのか?」
「……そうで御座いますね。……ともかく、今日から御傍につかせて頂きますので、よろしくお願いします」
これにアランは何も言わなかった。有無も言わせぬ雰囲気が彼女にはあった。
「部屋の外で待機します。何かあったらお呼び下さい」
そう言ってマリアは一礼し、部屋から出て行った。
◆◆◆
そして三ヶ月後――
その日は遂に訪れた。
アンナがアランの見送りにやってきたのだ。
アランを家に帰すという決心は揺るがなかったのだ。
部屋で妹の到着を聞いたアランは、正装に着替えた。
鏡の前で身だしなみを確認する。
その目を覆っていた包帯は既に無く、アランの瞳は何かの感情を湛えていた。
それは武の道から離れるという決意であった。
「アラン様、準備は出来ましたでしょうか?」
ノックの音と共に凛としたマリアの声がドアの向こうから響く。
「ああ」
アランがそう返事をするとドアが開き、姿を見せたマリアが口を開いた。
「それでは参りましょう。アンナ様が城門でお待ちです」
◆◆◆
城門ではアンナだけでなく多くの人達の姿があった。
共に戦った兵士達、ディーノ、クラウス、フリッツ、そしてクリスまでもがアランの見送りに来ていた。
アランは用意された馬に跨り、見送りに来てくれた人達に対して感謝の念を述べた。
「こんなに大勢の人が見送りに来てくれるなんて、本当に嬉しい。ありがとう」
これに対し、真っ先に口を開いたのはディーノであった。
「寂しくなるな……」
「今生の別れだと決まったわけじゃない。機会があればまた会えるさ」
アランは前向きな言葉を返したが、ディーノの顔はしんみりとしたままであった。
ディーノが寂しいと言ったのはそういうことでは無かった。アランが違う世界に行ってしまう、それがディーノには寂しいのだ。
アランはディーノから視線を移し、クラウスに声をかけた。
「クラウス、後のことは頼んだぞ。俺に対してそうだったように、皆にとっても良い師であってくれ」
これにクラウスは深い礼を返した。
あと声をかけるべきは――、そう思いながら視線を移したアランよりも早く、クリスの方が先に口を開いた。
「アラン様、同じ炎の一族の者として、これからますますのご清栄を祈っております」
クリスはその場に跪きながらそう言った。
クリスはアランに対し「様」をつけた。炎の一族の二番手とはいえ、城主であるクリスがアランに対し「様」をつけるのはやや不自然であったが、これがクリスなりの礼儀であった。
「ありがとう、クリス将軍」
そしてアランはそんなクリスに対し、「将軍」で返した。
「お兄様、挨拶も済んだようですし、そろそろ出発しましょう」
妹の言葉にアランは頷きを返し、馬を歩かせ始めた。
見送りに来た人達の前を通り過ぎる。ディーノ、クラウス、クリス、フリッツ、仲間達の顔がアランの視界から外れる直前、アランは振り返り、口を開いた。
「さようなら。みんな、達者で」
はっきりとした別れの言葉。そして背を向けるアラン。去ってしまう、そんな焦燥感に駆られた一人の男が声を上げた。
「アラン!」
力強いディーノの声、それを背に叩き付けられたアランは思わず振り返った。
「いつかまた顔を見せに来いよ! 待ってるからな!」
ディーノの顔に寂しさは無かった。ディーノは目と口元に笑みを滲ませながら、再び声を上げた。
「でも次に俺の前に姿を見せる時は、もっと立派になってねえと承知しねえぞ!」
無茶苦茶な言い分に、アランも自然と笑顔になった。
「ああ! 肝に銘じておく!」
力強い返事に満足したディーノは大きく手を振った。
もう言葉は必要ないだろう。あとは気持ちよくアランを送り出すだけだ。
そんなディーノに、アランもまた同じように手を振り返した。
他の者は姿勢を正しこれを見つめていた。
手を振るという親しみが込められた行為、それはこの場ではディーノにのみ許されているものに思えたからだ。
しんみりとした空気はもう残っていなかった。アランは様々な感情が混ざった皆の視線に背中を押されながら城門をくぐった。
◆◆◆
「見送りはここまででいいよ、アンナ」
城門を抜けてしばらくして、アランは馬を止めてアンナにそう言った。
だがアンナは黙ったまま動こうとしなかった。アランはそんな妹に対し、もう一度口を開いた。
「心配しないで、ちゃんと帰るから。マリアもついているし、大丈夫だ」
アンナは少し迷った後、口を開いた。
「……わかりました。それではお兄様、どうかお気をつけて」
そう言ってアンナはアランから離れ、戦地へと向かっていった。
アランは妹の背を見送った後、故郷へと馬を走らせた。
こうしてアランはクリスの城を去った。
アランの戦いは終わったのだろうか?
否。運命は、武の神は彼を掴んだままなのだ。
その証拠に――
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