Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十一話 頂上決戦(9)

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   ◆◆◆

 痛む右足をひきずりながら用を足しに向かう途中、怒声がディーノの耳に入った。
 二人の男女が口論していると思われる声。
 それを聞いたディーノはたまらず、声がする方に向かって歩き始めた。
 その中によく知った人の声が混じっていたからだ。
 そして、少し遠めに現場を発見したディーノはそこで足を止めた。
 男が女の腕を掴んで引っ張っている。



 男はやけに良い格好をしており、背後には何人もの手下を連れている。
 瞬間、ディーノは察した。
 かつてアランが言った「サラは貴族の人間かもしれない」という推測は正解で、これはつまりそういうことなんだと。
 だからディーノの足は止まってしまった。
 しかし直後、

「助けて、ディーノ!」

 というサラの叫びを聞いた瞬間、ディーノは地を蹴っていた。

「サラを放しやがれ!」

 思わず威勢の良い言葉を吐いたディーノであったが、その前進は速いとは言えなかった。
 杖と片足で地の上をうさぎのように小さく飛び跳ねながら接近する。
 これにサラの腕を掴む男、リチャードがぎょっとした顔を浮かべると、それを隠すように手下の兵士達がディーノの前に立ちふさがった。
 ディーノは(しまった)と思った。穏やかな顔で、仲裁に来たようなフリをすれば何事も無く接近できたかもしれないのに。
 しかし幸いなことに、立ちふさがった兵士達は手を出す気配を見せなかった。攻撃して良いのか悩んでいるような様子であった。
 そして、ディーノはそのまま勢いを殺さずに兵士の壁に体当たりを決めた。
 が、壁を突き破ることは出来なかった。少し揺らいだだけである。
 目の前にいる兵士の体に肩を押し当て、杖を持つ右手と地を支える左足に最大の力を込める。
 しかし崩れる気配が無い。突破口を見いだせない。押し通るにはあまりにも人数差がありすぎる。
 その様子を見たリチャードは表情から驚きを消し、

「さあ、行くぞ! ディアナ!」

 サラの腕を再び強く引っ張った。

「やめて! ……痛い!」

 ディアナと呼ばれたサラの顔に苦痛の色が現れ、その体が引き摺られる。
 同時にディーノの瞳の中にあるサラの像が小さくなり始める。
 こうなったらしょうがない、

「どけ! この野郎!」

 と思った時には既に手が出ていた。
 ディーノの拳が兵士の顔面にめり込む。
 兵士は歪(いびつ)にへこんだ鼻っ柱から血を垂れ流しながら、派手に倒れた。
 そしてそれが開始の合図となった。

「何をする、貴様ぁ!」

 兵士達は一斉にディーノに飛び掛った。
 ある者はディーノを殴り、またある者は蹴り、中には羽交い絞めにしようと掴みかかる者もいた。
 これに負けじと、ディーノも体を振り回す。
 場に粗暴な音が何度もこだまする。
 その音が重なる度に、ディーノは苦痛に顔を歪めた。
 ディーノの体は全快には程遠い。リックにつけられた傷が次々に開き、そして疼き始めた。
 しかしそれでも、松葉杖を持っているという不利を背負いながらも、ディーノは兵士達を肉弾戦で圧倒した。
 そしてまとわりついていた兵士達が全員静かになると、ディーノは再びリチャードに向かって走り始めた。
 リチャードの顔に再び驚きの色が浮かび、その口が開く。

「何をしている! さっさとあいつを止めないか!」

 声に反応した二人の兵士がディーノに掴みかかる。
 しかし二人も先の者達と同じように、ディーノの豪腕の前に屈した。
 倒された兵士が土をなめたのとほぼ同時にリチャードの口が再び開く。

「役立たず共め! 何をしても構わんからあいつを止めろ!」

 その言葉にリチャードの手下達は「ぎょっ」となった。
 光弾を撃ってもいい、殺してもいい、という言葉に聞こえたからだ。
 リチャードが期待していることは実際その通りであった。
 これに隣にいたリチャードの側近はちらりと後ろを見た。
 そして、退路が確保出来ていることを、交戦状態になってもこの場は逃げ切れるであろうことを確認した側近はすかさず声を上げた。

「構わん、撃て!」

 手下達は弾かれるように命令に従った。
 数多くの光弾が放たれ、ディーノに襲い掛かる。
 ディーノは懸命にそのほとんどを避けたが、二発直撃を食らった。

「ぁっ……!」

 ディーノの口から搾り出したかのような悲鳴が漏れる。
 リックにつけられた傷をえぐられるような形でもらってしまった。あまりの痛みに声も出せない。
 息も出来ない痛みに膝が屈する。
 直後、周囲で静観していたクリスの兵士達はこの尋常ならざる事態に対してようやく声を上げた。

「何をしている、貴様ら!」「おい、やめろ!」

 見て分かるだろう、やめるわけがないだろう、と言わんばかりに手下達が再び光弾を放つ。
 直後、割り込むようにディーノの前にクリスの兵士達が躍り出た。
 防御魔法を展開して光弾群を受け止める。
 リチャードの手下達は攻撃の手を止めず、光弾を連射した。
 場が閃光と轟音に包まれる。
 クリスの兵士達は黙って耐え続けた。
 しばらくして攻撃が止まり、場を包んでいた閃光と土煙が晴れ始める。
 そして視界がはっきりすると同時に、クリスの兵士の一人が声を上げた。

「……敵対行動と見なす! 全員反撃しろ!」

 言い終わるか否かのうちに、クリスの兵士達は攻撃を開始した。
 リチャードの手下達も同じように光弾を撃ち返す。
 双方の間を数多くの光弾が行き交う。
 そんな中、一つの声が場に飛んだ。

「広く展開しろ! リチャード様の安全が確保されるまで誰も通すな!」

 発したのはリチャードの側近。
 これを受けてクリスの兵士の一人が声を上げる。

「隊列を変える暇を与えるな! 一気に押し込め!」

 言われずとも承知していたのか、台詞が終わるより早く、大盾兵が最前に飛び出した。
 そのまま突進、そして接触し、相手を力任せに押し込む。
 敵最前列の足が止まっている間に左右から挟みこむように部隊を展開する。
 その様はちょっとした模擬戦のようであった。
 戦況はクリスの兵達の方に傾いていった。やはり実戦経験の差が大きい。
 そして、この状況を作った張本人であるリチャードとその側近は戦っている連中を置いてまんまと逃げ始めていた。
 ディーノは悔しさと怒りが混じった表情で小さくなるその背をみつめていた。
 駄目だ。このままじゃ逃げられる。サラが連れて行かれてしまう。
 しかし、今の自分は走ることすらままならない。

(いや、まてよ?)

 瞬間、ディーノは思いついた。
 速く動きたいのであればアレをやればいいじゃないか、と。
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