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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す
第三十二話 武人の性(3)
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◆◆◆
クレアは遠くに見える高台に鎮座するヨハンを目指して歩いた。
すると、正面に立ち塞がる部隊の列の中から、数人の兵士達が前に歩み出てきた。
それは見知らぬ顔で、ヨハンの代理であると見えた。
(ヨハン自身は話し合いに来ないか。やはり警戒されているようね。それはつまり、相手も戦いの心構えが出来ている、ということ)
その代理の男は手の平をクレアに向けてかざしながら口を開いた。
「そこで止まれ!」
声を張ってようやく相手の耳に届く距離。
クレアが言われたとおりその場で足を止めると、代理の男は手を下ろしながら再び声を上げた。
「用件を聞こう!」
「……」
クレアはわざと答えなかった。戦いになるのは互いに分かっているはずだ。こんな茶番は早く終わらせたい、そう思っていた。
代理が続けて声を上げる。
「降伏するならばその場に跪け!」
その言葉を待っていたクレアは、代理にその真意を尋ねた。
「降伏して、その後どうなります?」
クレアが何を聞きたがっているのかが分からなかったのか、代理は少し言葉を詰まらせた。
「……あなた方の身柄は我々の管理下に置かれることになる!」
クレアは間を置かずに問い詰めた。
「もっと具体的に言ってくださる?」
「……」
我々の管理下に置かれる、それがどういう状態で、どのような生活なのかを理解していた代理は口を閉ざすことしか出来なかった。
そして、代理が口に出せなかった内容をクレアが答えた。
「何も言えず、何も出来ず、自由が無い中で良いように利用される、ということでしょう?」
正解であった。が、そうは言えない代理は言葉を濁した。
「どう思おうと勝手だが……ならばどうされる?」
しかし濁し方が下手であった。これでは認めているようなものであり、クレアはそう受け取った。
「……つまり、身も心も捧げろと?」
望まぬ方向に話が傾いているのを察した代理は声を荒げた。
「どう思おうと勝手だと答えただろう!」
「……」
代理が放った威圧に対し、クレアは沈黙を返した。
しばらくして、クレアは「すっ」と、膝を折った。
瞬間、代理の顔が緩んだ。
跪こうとしている、そう見えたからだ。
が、クレアの片膝が地に着くことは無かった。
背を前に傾け、中腰の姿勢で固まっている。
助走をつけるための前傾姿勢のようだ、代理がそんなことを思った瞬間、
「なめるなっ! 下衆がぁっ!」
と、叫び声を上げながら、クレアは前に駆け出した。
始まりだ。始まってしまった。
足裏を発光させ、代理との距離を一気に詰める。
代理が防御魔法を展開する。
それを見たクレアは右手を脇の下に引いた。
その型は指を伸ばして揃えた貫手。
回りこむ、という選択肢はこの時のクレアには無かった。
ここは正面突破すべき。それも出来るだけ派手に。
そんなことを考えながら、クレアは指に魔力を込めた。
指先が発光を始める。
クレアは眩く鋭利なそれを、正面にある防御魔法に向かって突き出した。
輝く指先は防御魔法にあっさりと突き刺さり、そこに穴を生んだ。
真円では無いその穴は防御魔法に綻びを作り、そして亀裂となった。
その亀裂を起点に防御魔法は裂けた。穴が大きく、そして一気に広がるように。
光魔法が弾け消える際の特有の音を発しながら、防御魔法が霧散する。
瞬間、クレアは突き出している手の型を貫手から掌打に変えた。
代理の胸にクレアの手の平が叩きつけられる。
直後、代理の体は真後ろに大きく吹き飛んだ。
背中から落ちた代理の体は地の上を一度跳ね、土煙を上げながら数歩分ほど滑った。
数瞬、場を静寂が支配した後、
「ごほっ」
という声を上げながら、代理はその口から盛大に血を吐き出した。
その様を見ながら、クレアはゆっくりと拳を引いた。
見せ付けるように構えを整える。
貫手のままでも倒せた。なのにわざわざ掌底打ちに切り替えたのには理由がある。
刺し殺すよりも、吹き飛ばしたほうがより注目を集められると思ったからだ。
そして、事態はクレアが望むほうに運ばれていた。
クレアは自身に視線が集中するのをはっきりと感じた。
その視線が光弾に変わるまで時間はさほどかからなかった。
「撃て!」
誰かの声を皮切りに、光弾が一斉に放たれる。
それらは引き寄せられるようにクレアの元に集まった。
全ての光弾がほぼ同時に着弾し、場が轟音と閃光に包まれる。
舞い上がった土煙のせいで結果がどうなったかは見えない。
ヨハンの兵士達はその茶色い幕に目を凝らした。
静寂が耳に痛い。
兵士達は期待し、そして待っていた。「やったぞ!」という勝利の声を。
しかし、次に兵士達の耳に入ったのは、
「うがぁ!」
という悲鳴であった。
声がした方へ視線を移すと、そこにはクレアと倒れた数人の兵士の姿があった。
これに思わず誰かが、
「ひるむな! 反撃しろ!」
と、声を上げたと同時に、クレアに対し再び集中攻撃が放たれた。
それらをクレアは避け、時に受け流した。
クレアの周囲を飛び交う大量の光弾。その苛烈な攻撃の中で、クレアは事の順調さを確信していた。
これでいい。自分に攻撃が集中すれば味方の被害が減る。
周囲の魔力を少し探れば見ずとも分かる。今のところ、自分の仲間は誰一人倒れてはいない。
敵はまだ気が付いていないようだ。しばらくは有利に進めるだろう。
クレアはそう思っていた。
が、一人だけ状況を理解している者がいた。
それはヨハンであった。
クレアは遠くに見える高台に鎮座するヨハンを目指して歩いた。
すると、正面に立ち塞がる部隊の列の中から、数人の兵士達が前に歩み出てきた。
それは見知らぬ顔で、ヨハンの代理であると見えた。
(ヨハン自身は話し合いに来ないか。やはり警戒されているようね。それはつまり、相手も戦いの心構えが出来ている、ということ)
その代理の男は手の平をクレアに向けてかざしながら口を開いた。
「そこで止まれ!」
声を張ってようやく相手の耳に届く距離。
クレアが言われたとおりその場で足を止めると、代理の男は手を下ろしながら再び声を上げた。
「用件を聞こう!」
「……」
クレアはわざと答えなかった。戦いになるのは互いに分かっているはずだ。こんな茶番は早く終わらせたい、そう思っていた。
代理が続けて声を上げる。
「降伏するならばその場に跪け!」
その言葉を待っていたクレアは、代理にその真意を尋ねた。
「降伏して、その後どうなります?」
クレアが何を聞きたがっているのかが分からなかったのか、代理は少し言葉を詰まらせた。
「……あなた方の身柄は我々の管理下に置かれることになる!」
クレアは間を置かずに問い詰めた。
「もっと具体的に言ってくださる?」
「……」
我々の管理下に置かれる、それがどういう状態で、どのような生活なのかを理解していた代理は口を閉ざすことしか出来なかった。
そして、代理が口に出せなかった内容をクレアが答えた。
「何も言えず、何も出来ず、自由が無い中で良いように利用される、ということでしょう?」
正解であった。が、そうは言えない代理は言葉を濁した。
「どう思おうと勝手だが……ならばどうされる?」
しかし濁し方が下手であった。これでは認めているようなものであり、クレアはそう受け取った。
「……つまり、身も心も捧げろと?」
望まぬ方向に話が傾いているのを察した代理は声を荒げた。
「どう思おうと勝手だと答えただろう!」
「……」
代理が放った威圧に対し、クレアは沈黙を返した。
しばらくして、クレアは「すっ」と、膝を折った。
瞬間、代理の顔が緩んだ。
跪こうとしている、そう見えたからだ。
が、クレアの片膝が地に着くことは無かった。
背を前に傾け、中腰の姿勢で固まっている。
助走をつけるための前傾姿勢のようだ、代理がそんなことを思った瞬間、
「なめるなっ! 下衆がぁっ!」
と、叫び声を上げながら、クレアは前に駆け出した。
始まりだ。始まってしまった。
足裏を発光させ、代理との距離を一気に詰める。
代理が防御魔法を展開する。
それを見たクレアは右手を脇の下に引いた。
その型は指を伸ばして揃えた貫手。
回りこむ、という選択肢はこの時のクレアには無かった。
ここは正面突破すべき。それも出来るだけ派手に。
そんなことを考えながら、クレアは指に魔力を込めた。
指先が発光を始める。
クレアは眩く鋭利なそれを、正面にある防御魔法に向かって突き出した。
輝く指先は防御魔法にあっさりと突き刺さり、そこに穴を生んだ。
真円では無いその穴は防御魔法に綻びを作り、そして亀裂となった。
その亀裂を起点に防御魔法は裂けた。穴が大きく、そして一気に広がるように。
光魔法が弾け消える際の特有の音を発しながら、防御魔法が霧散する。
瞬間、クレアは突き出している手の型を貫手から掌打に変えた。
代理の胸にクレアの手の平が叩きつけられる。
直後、代理の体は真後ろに大きく吹き飛んだ。
背中から落ちた代理の体は地の上を一度跳ね、土煙を上げながら数歩分ほど滑った。
数瞬、場を静寂が支配した後、
「ごほっ」
という声を上げながら、代理はその口から盛大に血を吐き出した。
その様を見ながら、クレアはゆっくりと拳を引いた。
見せ付けるように構えを整える。
貫手のままでも倒せた。なのにわざわざ掌底打ちに切り替えたのには理由がある。
刺し殺すよりも、吹き飛ばしたほうがより注目を集められると思ったからだ。
そして、事態はクレアが望むほうに運ばれていた。
クレアは自身に視線が集中するのをはっきりと感じた。
その視線が光弾に変わるまで時間はさほどかからなかった。
「撃て!」
誰かの声を皮切りに、光弾が一斉に放たれる。
それらは引き寄せられるようにクレアの元に集まった。
全ての光弾がほぼ同時に着弾し、場が轟音と閃光に包まれる。
舞い上がった土煙のせいで結果がどうなったかは見えない。
ヨハンの兵士達はその茶色い幕に目を凝らした。
静寂が耳に痛い。
兵士達は期待し、そして待っていた。「やったぞ!」という勝利の声を。
しかし、次に兵士達の耳に入ったのは、
「うがぁ!」
という悲鳴であった。
声がした方へ視線を移すと、そこにはクレアと倒れた数人の兵士の姿があった。
これに思わず誰かが、
「ひるむな! 反撃しろ!」
と、声を上げたと同時に、クレアに対し再び集中攻撃が放たれた。
それらをクレアは避け、時に受け流した。
クレアの周囲を飛び交う大量の光弾。その苛烈な攻撃の中で、クレアは事の順調さを確信していた。
これでいい。自分に攻撃が集中すれば味方の被害が減る。
周囲の魔力を少し探れば見ずとも分かる。今のところ、自分の仲間は誰一人倒れてはいない。
敵はまだ気が付いていないようだ。しばらくは有利に進めるだろう。
クレアはそう思っていた。
が、一人だけ状況を理解している者がいた。
それはヨハンであった。
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