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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十七話 炎の槍(11)

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 背中への攻撃で前によろめいていたリーザは、そのままの勢いで地に膝をついた。
 倒れそうになったわけではない。リーザはその場にしゃがんだのだ。
 そして左右に広げた両手を輝かせて防御魔法を展開。
 生み出された光の幕は、小さくなったリーザの体をすっぽりと包み込んだ。
 隙間の無い全方位防御だ。

(……一、…二)

 それを見たカイルは心の中で時間を数え始めた。
 経験からカイルは知っていた。この防御体勢に入った相手が警戒心を解き始める時間を。
 対処不能な事態に陥った際、人が取る行動というものは大体決まっている。降伏するか、逃げるか、それとも閉じこもるかだ。
 カイルはいまリーザが行っている防御魔法の中に閉じこもるという行為を、戦いの中で何度も見てきた。
 人によって多少のばらつきがあるが、その時間はおよそ五秒。約五秒後以降に相手はなんらかの反撃に出ようとする。
 だがその五秒とはこちらが何もしなければの話。
 では、閉じこもっている相手にさらに攻撃を加えればどうなるか。

(……三、……四)

 きっちり四秒の時点で、カイルは輝く右手を鋭く前へ突き出した。
 放たれる光弾。散弾ではない単発。
 速度と威力を重視したその一発がリーザの防御魔法に叩き込まれた。
 場に響く衝突音。
 空気が震えるほどの強烈さ。
 しかしリーザの防御魔法は健在。

(硬いな)

 さすが精鋭だ、と、カイルはリーザを賞賛しながら、また時間を数え始めた。
 警戒中に攻撃を叩き込めばこのように再び警戒心が延長される。
 しかし何度でも延長出来るわけではない。ある理由から、どこかで相手は別行動を取らざるを得なくなる。
 その理由とは――

   ◆◆◆

「……このままいけば勝てそうですな」

 少し離れたところからカイルとリーザの戦いを眺めていたケビンは、ぽつりとそう漏らした。
 傍には火傷の手当てを受けるクラウスの姿がある。
 クラウスをリーザの炎の中から救い出したのはケビンである。
 クラウスを安全な場所まで運んだケビンは大盾兵達と共に、カイルとリーザの戦いを見守っていた。
 そしてケビンは先に述べた「理由」について理解していた。
 ケビンだけでは無い。ほとんどの者が気付いている。
 それはリーザが行っている全方位防御が愚手であるということ。
 消耗が激しすぎるのだ。そもそも、リーザは炎と冷却魔法をぶつけ合う持久戦を挑もうとしていたはずだ。なのにあんなことをしてはそのための魔力が無くなってしまう。
 だから出来るだけ早く防御を解除して反撃しなければならない。しかし今のリーザからはその気配が感じられない。
 カイルとリーザ、二人の対決はカイルが上手く勝負を運んでいるように見える。
 そして、さらにもっと大きな「理由」として、周辺の状況がある。
 リーザの味方は急速に数を減らし始めている。じきにリーザへの包囲が完成し、集中攻撃が始まるだろう。そのことにリーザは気付いていないように見える。

「……」

 クラウスはケビンの呟きに対して言葉を返さなかったが、

(……この勝負、既に決したか?)

 心の中ではケビンと同じことを考えていた。
 が、クラウスはケビン達が気付いていない「別の理由」を見抜いていた。
 それは間合い。
 あの男は明らかに爆発魔法を意識して距離を調整している。
 そして絶妙だ。間合い取りだけで爆発魔法を封じていると言っていい。爆発魔法の予備動作を見てからどうとでも対処が出来る。
 あの間合いならば、長い爆発魔法の予備動作を見てから先に光弾を撃ち込んで動作を潰すことが出来るだろう。または自分がやったように、一気に踏み込んで発動前に接近戦に持ち込むことも出来る。
 この間合い取りは自分には真似出来ない。ただの光弾で相手の姿勢を確実に崩せる精度と威力、またはあの跳弾のようなそれを成す技が無ければ。
 リーザが勝てる可能性が最も高かったのは立ち会った直後の時だけだ。距離がまだ大きく開いているうちに最大威力の爆発魔法を放つのが最善手だった。
 だからあの男はあのような動きで距離を詰めたのだ。出来るだけ速く慎重に、しかし近づいていることを気取られないように、すぐに警戒されないようにするために、あの動きを選んだのだ。
 一体何者なのだあの男は。精鋭と張り合える魔力を持つ冷却魔法の使い手、などという単純な評価ではおさまらない男だ。
 まず目を引くのは跳弾と異常な連射力。散弾の直後に跳弾用の別弾を高速連射している。……あの戦いで、武神の号令に飲まれて消えたフリッツと同等か、それ以上だ。
 加えてあの身のこなし。魔法使いのものには見えない。リックと同じ武家の血筋の動きに見える。
 そしてこの死合運びの上手さよ。命のやり取りに緊張している様子も無い。かなり実戦慣れしている。
 状況はあの男がリーザを圧倒している。なのに、

(なぜだ? 嫌な予感のような……妙な感じがする)

 胸騒ぎのような「何か」が収まらないのだ。だから心に浮かんだ勝利という言葉に疑問符がついた。
 とりあえず予感と言い表したが少し違う。中から、心の奥から湧いてきた感覚では無いように感じられる。
 まるで、音の無い雑音を聞かされているような――聞きたくないものを、考えたくないものを無理矢理頭の中に入れられているような――上手い表現が思いつかない。
 もどかしい、そう思った瞬間、クラウスはこれだと思える適切な表現を思いついた。

(そうだ、これはあれに似ている。味方の怒声や戦闘態勢の指示、そういうものを耳に入れた時のあの、『誰かに強く警告されている時の感覚』に――)

 奇妙な感覚は焦燥感に変わり、クラウスの口を開かせた。

「ケビン殿、我々も前に出ましょう。この戦いは早めに終わらせたほうがいい、そんな気がするのです」
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