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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十七話 炎の槍(14)
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◆◆◆
(……?)
リーザの意識は暗黒の中で目覚めた。
目の前に広がる黒一色の空間にリーザは一瞬戸惑ったが、感覚からこれが夢であると気がつくのにさほど時間はかからなかった。
しかしこの夢が普通では無いことにも同時に気がついた。
意識がはっきりしすぎているのだ。そも、夢の中でこれは夢だと自覚することすら珍しい。
だからリーザは自分が戦っていたことをすぐに思い出せた。
「……」
しかし早く目覚めなければとは思わなかった。
リーザは生への挑戦をあきらめかけていた。
このまま終わったほうがいい、そうすればこれ以上痛い目を見ることもない、そんな風に考えていた。
「?!」
しかしそんなリーザの目の前で変化が起きた。
暗黒から一転、瞬く間にリーザの周りに色鮮やかな世界が構成されたのだ。
見た目は現実と変わらぬ、よく出来た世界。
しかし自由が全くなかった。
そして体は勝手に動いている。
さらにどこかで見たことがある光景だ。
だからこれが何なのかすぐに分かった。
(これは……記憶? もしかして、これが走馬灯ってやつなのかしら)
じゃあやっぱり自分は死ぬのね、などと暗い未来を淡白に考えながらリーザは思い出に浸ろうとした。
走馬灯とは記憶が脳裏に高速で流れる現象のことだ。決して死の直前に限られたものでは無い。
そんな現象が起きる理由については諸説あるが、現状を変える、または打破するための情報を脳が探しており、それが断片的な映像として見えているから、などと考えられている。
しかし炎の一族の血が見せる走馬灯は違う。掘り起こす記憶に明確な基準と傾向が存在する。
その傾向とは、「忍耐」、「忍従」の類に属する記憶。
炎の血はその時に感じた鬱屈、憤慨などの強い感情と共に記憶する。
「……」
リーザの目の前で見たくも無い、思い出したくない光景が次々と流れていく。
怒鳴り散らす母。それに晒される自分。影で怯える弟妹達。
「炎の一族の残りカス」などと罵倒してくる人達。当然のように行われる差別、そして理不尽。それらから弟妹達をかばい、黙って耐える自分。
「……」
なぜ自分がこんな目に遭わなきゃならなかった、自分の人生とはなんだったのか、そんな「なぜ」という疑問が鬱屈した記憶の中から湧きあがってくる。
なぜ、なんで、どうして――積みあがっていくそれらの疑問が怒りに変わる寸前、炎の血は答えを示した。
瞬間、世界が一変。
「……?」
が、示された映像にリーザは心当たりが無かった。
場は式場。
そして祭壇の上に男女が一組。
男は端正な顔立ちをしている。結婚したい相手を顔だけで選べと問われれば、自分はこんな顔を想像しただろう。
そして女のほうは――私だ。
言うまでもないが自分は結婚していない。
だから目の前の光景がなんなのかすぐに分かった。
これは――本物の夢だ。もしかしたら自分にもこんな未来があったかもしれない、そんな甘い夢。
しかしこれは甘すぎる。
こんな甘い夢を抱いていたのは幼い頃だけだ。
(……そういえば、)
こういう夢を「甘い」と考えるようになったのは、「ただの女」としての幸せをあきらめるようになったのは、たしか――
(!)
直後、世界は再び一変。
今度は葬儀の一場面だ。
そして示されたこの場面が、直前の疑問の答えであることにリーザはすぐに気付いた。
(……そうだ、この日からだ。父が死んだこの日から全てが変わり始めたんだ)
この日から母が神経質になりはじめた。
詳しくは知らないが、母は父から受け継いだ仕事を失敗したようだ。
そのせいで我が家は庇ってくれていたわずかな味方すら失うことになった。
そして世間からの風当たりが厳しくなった。
世の仕組みを見知った今なら理解できる。彼らが我々に冷たい理由が。
それは我々が教会から特別扱いされているからだ。
どれだけ借金を重ねても我が家が潰されることは無かった。いつもぎりぎりのところで教会がなんとかしてくれた。炎の血とはそれほどまでに特別なのだろう。
しかし教会への恩義はあまり感じない。生殺しにされているように思えるからだ。借金の肩代わりはいつも一部だけで、残される額も到底返済できないものだ。結局元に戻ってしまう。
そして教会は対価を、軍隊への戦力という形で求めるようになった。
だから私は「ただの女」としての幸せをあきらめることになった。
リーザは知らない。ヨハンがリーザの家の借金を帳消しにしようと、炎の血を懐に抱え込もうと活動していたことを。それが「第三者」の圧力によって邪魔されていたことを。
そしてリーザの母の失敗も同じ理由である。さらにリーザの家を軍事に参加させようと進言したのもやはりその「第三者」であり、「第三者」はリーザの戦死を期待している。
さらに恐ろしいことに、世間からの風当たりの厳しさも「第三者」によって「作られたもの」なのだ。この世界には人間の感情を『ある程度操作出来る』怪物が存在するのだ!
しかしこの事実を知る手段は今のリーザには無い。知るべき人間であるアランとサイラスにもだ。
話を元に戻そう。
(……?)
リーザの意識は暗黒の中で目覚めた。
目の前に広がる黒一色の空間にリーザは一瞬戸惑ったが、感覚からこれが夢であると気がつくのにさほど時間はかからなかった。
しかしこの夢が普通では無いことにも同時に気がついた。
意識がはっきりしすぎているのだ。そも、夢の中でこれは夢だと自覚することすら珍しい。
だからリーザは自分が戦っていたことをすぐに思い出せた。
「……」
しかし早く目覚めなければとは思わなかった。
リーザは生への挑戦をあきらめかけていた。
このまま終わったほうがいい、そうすればこれ以上痛い目を見ることもない、そんな風に考えていた。
「?!」
しかしそんなリーザの目の前で変化が起きた。
暗黒から一転、瞬く間にリーザの周りに色鮮やかな世界が構成されたのだ。
見た目は現実と変わらぬ、よく出来た世界。
しかし自由が全くなかった。
そして体は勝手に動いている。
さらにどこかで見たことがある光景だ。
だからこれが何なのかすぐに分かった。
(これは……記憶? もしかして、これが走馬灯ってやつなのかしら)
じゃあやっぱり自分は死ぬのね、などと暗い未来を淡白に考えながらリーザは思い出に浸ろうとした。
走馬灯とは記憶が脳裏に高速で流れる現象のことだ。決して死の直前に限られたものでは無い。
そんな現象が起きる理由については諸説あるが、現状を変える、または打破するための情報を脳が探しており、それが断片的な映像として見えているから、などと考えられている。
しかし炎の一族の血が見せる走馬灯は違う。掘り起こす記憶に明確な基準と傾向が存在する。
その傾向とは、「忍耐」、「忍従」の類に属する記憶。
炎の血はその時に感じた鬱屈、憤慨などの強い感情と共に記憶する。
「……」
リーザの目の前で見たくも無い、思い出したくない光景が次々と流れていく。
怒鳴り散らす母。それに晒される自分。影で怯える弟妹達。
「炎の一族の残りカス」などと罵倒してくる人達。当然のように行われる差別、そして理不尽。それらから弟妹達をかばい、黙って耐える自分。
「……」
なぜ自分がこんな目に遭わなきゃならなかった、自分の人生とはなんだったのか、そんな「なぜ」という疑問が鬱屈した記憶の中から湧きあがってくる。
なぜ、なんで、どうして――積みあがっていくそれらの疑問が怒りに変わる寸前、炎の血は答えを示した。
瞬間、世界が一変。
「……?」
が、示された映像にリーザは心当たりが無かった。
場は式場。
そして祭壇の上に男女が一組。
男は端正な顔立ちをしている。結婚したい相手を顔だけで選べと問われれば、自分はこんな顔を想像しただろう。
そして女のほうは――私だ。
言うまでもないが自分は結婚していない。
だから目の前の光景がなんなのかすぐに分かった。
これは――本物の夢だ。もしかしたら自分にもこんな未来があったかもしれない、そんな甘い夢。
しかしこれは甘すぎる。
こんな甘い夢を抱いていたのは幼い頃だけだ。
(……そういえば、)
こういう夢を「甘い」と考えるようになったのは、「ただの女」としての幸せをあきらめるようになったのは、たしか――
(!)
直後、世界は再び一変。
今度は葬儀の一場面だ。
そして示されたこの場面が、直前の疑問の答えであることにリーザはすぐに気付いた。
(……そうだ、この日からだ。父が死んだこの日から全てが変わり始めたんだ)
この日から母が神経質になりはじめた。
詳しくは知らないが、母は父から受け継いだ仕事を失敗したようだ。
そのせいで我が家は庇ってくれていたわずかな味方すら失うことになった。
そして世間からの風当たりが厳しくなった。
世の仕組みを見知った今なら理解できる。彼らが我々に冷たい理由が。
それは我々が教会から特別扱いされているからだ。
どれだけ借金を重ねても我が家が潰されることは無かった。いつもぎりぎりのところで教会がなんとかしてくれた。炎の血とはそれほどまでに特別なのだろう。
しかし教会への恩義はあまり感じない。生殺しにされているように思えるからだ。借金の肩代わりはいつも一部だけで、残される額も到底返済できないものだ。結局元に戻ってしまう。
そして教会は対価を、軍隊への戦力という形で求めるようになった。
だから私は「ただの女」としての幸せをあきらめることになった。
リーザは知らない。ヨハンがリーザの家の借金を帳消しにしようと、炎の血を懐に抱え込もうと活動していたことを。それが「第三者」の圧力によって邪魔されていたことを。
そしてリーザの母の失敗も同じ理由である。さらにリーザの家を軍事に参加させようと進言したのもやはりその「第三者」であり、「第三者」はリーザの戦死を期待している。
さらに恐ろしいことに、世間からの風当たりの厳しさも「第三者」によって「作られたもの」なのだ。この世界には人間の感情を『ある程度操作出来る』怪物が存在するのだ!
しかしこの事実を知る手段は今のリーザには無い。知るべき人間であるアランとサイラスにもだ。
話を元に戻そう。
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