上 下
223 / 586
第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十九話 二刀一心 三位一体(4)

しおりを挟む
   ◆◆◆

「押し込めっ!」

 誰かがそう叫び、声も無く皆が応える。
 兵士達の足が一斉に前に出る。
 兵士達の列が前に進むたび、リーザが後退する。
 状況は完全に一転していた。
 リーザの攻撃は全く届かなくなったのに対し、兵士達の反撃をリーザは捌ききれていない。
 追い詰めるのは時間の問題だ。
 にもかかわらず、

「……」

 アランの顔は明るくなかった。
 何かをうかがうような、探るような表情。
 クラウスも同じである。
 クラウスはアランの顔が浮かない理由を感じ取っていた。
 リーザが攻撃をためらっているからだ。
 特に、アランに対しては攻撃意識すら向けられない。
 何が彼女をそうさせるのか。
 アランはそれを知りたがっていた。
 しかしなかなか探りきれない。自分の脳波が外に出ないように自身で相殺している。
 無意識のうちにそうしているのだろうが、隠しきれてはいない。相殺し切れなかった微弱な波が漏れている。
 だから距離を詰めれば明らかになる。ここからでも罪の意識を感じているのが分かる。そしてその理由次第ではこの戦いを止めることになるだろう。
 アランはそう考えていたのだが、

「「!」」

 直後、アランとクラウスは同時に真後ろに振り返った。
 この場に異物が混じったのを感じ取ったからだ。
 しかもその異物の存在感たるやまさに怪物。
 その怪物とは、アランとクラウスの目に映ったのはラルフであった。
 彼の登場に、兵士達は攻撃の手を止めた。
 しかしラルフは同じ軍に所属する味方。兵士達が手を止める理由は無い。
 だが、兵士達は不穏な気配を、その原因を感じ取っていた。
 ラルフがアランに対して敵意を放っているのだ。
 ラルフは感じ取ったのだ。この後、アランがリリィを連れて帰るつもりであることを。
 アランもまたその敵意と、その感情の強さを感じ取っていた。

(なんという執着心だ。しかもリリィの意思は無視されている。リリィが誰を選ぶか、誰を好いているかなど関係ないというのか。なんという身勝手な……この女狂いめ)

 そしてアランはこの「武神の号令」が失敗であることに気付いた。
 条件付けが足りなかったのだ。判別手段は敵味方だけで、この場で敵と認識されているのは、共感の連鎖から除外されているのはリーザだけだ。
 だからラルフにまで、自分にとって厄介なこの怪物にまで力を与えてしまった。
 接続は切れない。兵士達とラルフは既に強く結びついてしまっている。

「「!」」

 直後、それを見たアランとクラウスは反射的にラルフに向かって構えた。
 ラルフが攻撃態勢を、あの「光る嵐」の構えを取ったのだ。
 彼の攻撃意識はリーザに向けられているが、当然、その線上にはアランが含まれている。
 そして間も無く、アランとクラウスに従っていた兵士達が左右に引いた。
 ラルフが「そこをどけ」と心で命令したからだ。
 兵士達はこの意思に従った。そも、本来この場において異物であるのはアランとクラウスの方だ。捕虜なのだから。その彼らがこの場を仕切っていることが、部隊を操作していることがそもそもおかしい。
 なんとかならないか。せめて、兵士達からまで攻撃される事態だけは避けたい、そう考えたクラウスはその何かを探した。
 するとあるものが目に入った。
 それはケビン。
 ケビンは周りの兵士達を抑えていた。この場は様子見に徹しろと、適当な理由をつけて言い聞かせていた。
 クラウスはそんなケビンに感謝の念を送った後、ラルフの方に向き直った。
 直後、

「クラウス!」

 アランが叫んだ。
 言葉を待つまでも無く、主君の意を感じ取ったクラウスは即座に答えた。

「御意!」

 そして二人は同時に動いた。
 ラルフから距離を取るように地を蹴る。

「!」

 リーザは迫る二人に対して警戒の色を示したが、それは一瞬のことであった。

(……何?)

 リーザの体に経験したことの無い感覚が走る。
 すると間も無く、線が見えた。
 自分とアラン、そしてクラウスが三角の形に繋がっている。
 そして二人が目の前に立った瞬間、アランの声が聞こえた。来るぞ、と。
 アランは口を開いていない。しかし、心に響いた。
 何が起きてる? そう戸惑う間も無く、リーザはさらに驚かされた。
「台本」が開いたのだ。
 未来予測が、ラルフがいつ仕掛けてくるのか、どんな攻撃なのか、兵士達は動くか、などの情報が一斉にリーザの意識へ流れ込んできた。
 膨大な情報量。しかし混乱はしない。理解しやすいように整理されている。
 そして、リーザの体は自然と動いた。
 それは爆発魔法の構え。
 リーザの動きに合わせるように、前左右にいるアランとクラウスも構えを整える。
 アランは刀を持つ左腕を胸元に、クラウスは右腕を引き絞る。
 二人の動きが合わせ鏡のように重なる。真横から見れば二人の像が寸分違わず重なるほどに。
 そして二人の像が静止した瞬間、リーザとラルフが動いた。
 リーザの手から赤い閃光が、ラルフの手から光る嵐が放たれ、ぶつかり合う。
 赤い槍は次々と光る荒波を引き裂いていったが、

「っ!」

 瞬間、リーザの顔は歪んだ。
 歯軋りの音がリーザの頭に響くよりも早く、赤い槍は掻き消え、光る嵐の中に飲み込まれた。
 これで明らかになった。貫通力ではこちらの方が遥かに上。しかし物量で大きく劣る。
 さらに射程でもかなりの開きがある。こちらはここからでは届かない。これは防御行動であったのだが、単発では相殺し切れなかった。
 リーザを飲み込もうと光る波が迫る。
 しかしリーザの顔に恐怖の色は無い。
 なぜなら、前左右にいる二人が恐怖していないからだ。
 そして、光る嵐が二人の射程内に入った瞬間、

「「雄ォォっ!」」

 裂帛の気合と共に二刀二閃。
 型は双方ともに突き。
 槍のように放たれた閃光が嵐を穿つ(うがつ)。
 双方とも、即座に手首を返してそれぞれ別の型へ。
 袈裟斬りを放つアラン、水平斬りに繋げるクラウス。
 そして即座にまた別の型へ。
 二つの刀が踊るように、リーザの撃ち漏らしを切り裂いていく。
 リーザの目の前で光る線が幾重にも重なる。
 しかしぶつかりあわない。双方とも好き勝手に動いているように見えるのに、その刀は決して衝突することが無い。

「……」

 戦闘中に許されないことかもしれないが、リーザは二人の剣舞に見とれた。
 遠い昔の彼女にとって剣は取るに足らないただの棒切れだった。それがクラウスとの戦いで恐怖の対象に変わり、今では得体の知れない何かだ。
 その畏怖たる存在が目の前で芸術を描いていることに、リーザは心を奪われたのだが、

「「破ッ!」」

 二人が同時に放った声とともに、その剣舞は終わってしまった。
しおりを挟む

処理中です...