Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十四話 再戦(11)

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   ◆◆◆

 何度も何度も、雲水の影が女の周りを往復する。
 それに引きずられるように、女の影も速くなっていた。

「ちっ!」

 その激しさは女に舌打ちさせるほどであった。
 いや、これほどの苛烈さをもってしても、舌打ち程度と言ったほうが正しいのかもしれない。
 だが、その小さな成果に雲水の心はさらに猛った。

「ずぇえやっ!!!」

 咳と気勢が混じる。
 空気を震わすかのような声量とともに、鉄の匂いが充満する。
 その赤い香りを掻き消さんと、雲水の影が女に向かって疾走する。
 しかし次の瞬間、

「!」「え?」

 雲水は目を見開き、同時に間の抜けた男の声が響いた。
 雲水の前方に女の仲間が割り込むように飛び込んできたのだ。
 しかし雲水の瞳に映るその男は「何故?」とでも言いたげな顔をしている。
 それもそのはず、男にこんなことをするつもりは全く無かったからだ。
 ただ、飛び交う光弾を避けていただけだ。
 なのに、いつの間にかこんな死地に飛び込んでしまっている。
 何故? 心に浮かんだその言葉が男の顔に焦りの色を滲ませる。
 そしてその背後では対照的に、女が薄い笑みを浮かべ始めている。
 まるで、「操る」という行為はお前の専売特許では無い、とでも言いたげなように。
 そして男の顔が焦りから恐怖へと変わり始めた瞬間、雲水は右へ地を蹴り直した。
 雲水はかなりの速度で動いている。
 それは、障害物にぶつかるだけで致命傷になりかねないほど。
 ゆえの回避行動であったが、

「!」

 次の瞬間、その男は立ちふさがろうとするかのように、進路を変えた雲水の方へ迫ってきた。
 まるで体当たりでも仕掛けてきているかのように。

(いや、)

 瞬間、雲水は気付いた。
 まるで、では無く、正しくその通りなのだと。
 ゆえに、雲水は、

「がっ!?」

 さらに地を蹴り直し、男の右横を駆け抜けながらその脇腹を撫で斬った。
 刀が描く銀色の軌跡に新しい色が加わる。
 その鮮明な色の向こう側から、自分のものでは無い、別の光が迫ってきているのを雲水の瞳は見逃さなかった。
 単純な切り返しでは間に合わない、そう判断した雲水はその迫る光に向かって左手を振るった。
 女の貫手と雲水の手刀がぶつかり合う。

「っ!」

 光魔法特有の衝突音と共に、削られたかのような痛みが雲水の左手から頭へ流れ込む。
 同時に視界が揺らぎ、左手から生まれた新たな赤色が視界に流れる。
 そして直後、地を踏みしめる音が雲水の耳に届いた。
 自分の足から生じたものでは、体勢を立て直したことによるものでは無い。
 次の先手を取れるのはどちらなのか、最早読むまでも無かった。
 ゆえに雲水はすり足を維持したまま、足裏を地面に着けたまま地を蹴り、距離を取ろうとした。
 敵の脳波を読むに、次の行動は先と同じ貫手。
 倒れそうなほどの前傾姿勢から足を地面に勢い良く振り下ろし、その力強さを利用して突進技を繰り出そうとしている。
 相手の回避行動に合わせて、攻め手を変える算段もその踏み込みに含まれている。
 ゆえのすり足。どんな攻撃にも対応するためだ。
 であったのだが、

「!?」

 直後、雲水は驚きに目を見開いた。
 女の脳波が突然変わったのだ。
 それは、思考が切り替わったということ。
 そうだ、混沌にはこれがあった。人格の切り替え、思考回路の切り替えが。
 雲水の体勢が崩れたことを、即座の反撃が不可能になったことを利用し、一定時間後に人格を、考え方を切り替えるように設定してあったのだ。
 つまり、最初に見せたものは、貫手は餌。
 本命は――

(踏み込み動作そのもの?!)

 女の狙いに気付いた雲水は膝を曲げ、重心を下げ始めた。
 が、それは僅かに手遅れであった。
 振り下ろされる女の右足。
 光るその右足は地面と触れる瞬間、その輝きを広がらせた。
 防御魔法を展開したのだ。
 直後に踏み抜かれ、砕ける盾。
 光の波紋と共に、割れた傘の破片が地の上を滑るように前へ散らばる。

「くっ!」

 再び揺らぐ雲水の視界。
 足から伝わる衝撃が痛みに変わった瞬間、雲水の頭の中に声が響いた。

「この速さの戦いに慣れていないようだな」と。

 正しくその通りであった。
 速さに対して人体の強度と重量が足りないのだ。
 この速度の世界で放たれる光魔法は凶器そのもの。
 ゆえに、通常ではありえない行動が強力な攻撃として成立してしまう。
 例えば、

「こんな風に!」

 その言葉が頭の中に響いた直後、雲水の視界は白く染まり、

「ごはっ!」

 前から壁を叩き付けられたかのような衝撃と、浮遊感が身を包んだ。
 女がやったことは単純。
 さらに一歩踏み込みながら右腕を左から水平になぎ払うように振るい、光魔法を広げるように放っただけだ。
 しかも足に魔力を集中させていたゆえに少量。防御魔法を叩き付けたように見えるが、それほどの硬度は無い。
 しかしそれでも雲水の体を押し飛ばすには十分な踏み込み速度であった。
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