354 / 586
第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十四話 再戦(11)
しおりを挟む
◆◆◆
何度も何度も、雲水の影が女の周りを往復する。
それに引きずられるように、女の影も速くなっていた。
「ちっ!」
その激しさは女に舌打ちさせるほどであった。
いや、これほどの苛烈さをもってしても、舌打ち程度と言ったほうが正しいのかもしれない。
だが、その小さな成果に雲水の心はさらに猛った。
「ずぇえやっ!!!」
咳と気勢が混じる。
空気を震わすかのような声量とともに、鉄の匂いが充満する。
その赤い香りを掻き消さんと、雲水の影が女に向かって疾走する。
しかし次の瞬間、
「!」「え?」
雲水は目を見開き、同時に間の抜けた男の声が響いた。
雲水の前方に女の仲間が割り込むように飛び込んできたのだ。
しかし雲水の瞳に映るその男は「何故?」とでも言いたげな顔をしている。
それもそのはず、男にこんなことをするつもりは全く無かったからだ。
ただ、飛び交う光弾を避けていただけだ。
なのに、いつの間にかこんな死地に飛び込んでしまっている。
何故? 心に浮かんだその言葉が男の顔に焦りの色を滲ませる。
そしてその背後では対照的に、女が薄い笑みを浮かべ始めている。
まるで、「操る」という行為はお前の専売特許では無い、とでも言いたげなように。
そして男の顔が焦りから恐怖へと変わり始めた瞬間、雲水は右へ地を蹴り直した。
雲水はかなりの速度で動いている。
それは、障害物にぶつかるだけで致命傷になりかねないほど。
ゆえの回避行動であったが、
「!」
次の瞬間、その男は立ちふさがろうとするかのように、進路を変えた雲水の方へ迫ってきた。
まるで体当たりでも仕掛けてきているかのように。
(いや、)
瞬間、雲水は気付いた。
まるで、では無く、正しくその通りなのだと。
ゆえに、雲水は、
「がっ!?」
さらに地を蹴り直し、男の右横を駆け抜けながらその脇腹を撫で斬った。
刀が描く銀色の軌跡に新しい色が加わる。
その鮮明な色の向こう側から、自分のものでは無い、別の光が迫ってきているのを雲水の瞳は見逃さなかった。
単純な切り返しでは間に合わない、そう判断した雲水はその迫る光に向かって左手を振るった。
女の貫手と雲水の手刀がぶつかり合う。
「っ!」
光魔法特有の衝突音と共に、削られたかのような痛みが雲水の左手から頭へ流れ込む。
同時に視界が揺らぎ、左手から生まれた新たな赤色が視界に流れる。
そして直後、地を踏みしめる音が雲水の耳に届いた。
自分の足から生じたものでは、体勢を立て直したことによるものでは無い。
次の先手を取れるのはどちらなのか、最早読むまでも無かった。
ゆえに雲水はすり足を維持したまま、足裏を地面に着けたまま地を蹴り、距離を取ろうとした。
敵の脳波を読むに、次の行動は先と同じ貫手。
倒れそうなほどの前傾姿勢から足を地面に勢い良く振り下ろし、その力強さを利用して突進技を繰り出そうとしている。
相手の回避行動に合わせて、攻め手を変える算段もその踏み込みに含まれている。
ゆえのすり足。どんな攻撃にも対応するためだ。
であったのだが、
「!?」
直後、雲水は驚きに目を見開いた。
女の脳波が突然変わったのだ。
それは、思考が切り替わったということ。
そうだ、混沌にはこれがあった。人格の切り替え、思考回路の切り替えが。
雲水の体勢が崩れたことを、即座の反撃が不可能になったことを利用し、一定時間後に人格を、考え方を切り替えるように設定してあったのだ。
つまり、最初に見せたものは、貫手は餌。
本命は――
(踏み込み動作そのもの?!)
女の狙いに気付いた雲水は膝を曲げ、重心を下げ始めた。
が、それは僅かに手遅れであった。
振り下ろされる女の右足。
光るその右足は地面と触れる瞬間、その輝きを広がらせた。
防御魔法を展開したのだ。
直後に踏み抜かれ、砕ける盾。
光の波紋と共に、割れた傘の破片が地の上を滑るように前へ散らばる。
「くっ!」
再び揺らぐ雲水の視界。
足から伝わる衝撃が痛みに変わった瞬間、雲水の頭の中に声が響いた。
「この速さの戦いに慣れていないようだな」と。
正しくその通りであった。
速さに対して人体の強度と重量が足りないのだ。
この速度の世界で放たれる光魔法は凶器そのもの。
ゆえに、通常ではありえない行動が強力な攻撃として成立してしまう。
例えば、
「こんな風に!」
その言葉が頭の中に響いた直後、雲水の視界は白く染まり、
「ごはっ!」
前から壁を叩き付けられたかのような衝撃と、浮遊感が身を包んだ。
女がやったことは単純。
さらに一歩踏み込みながら右腕を左から水平になぎ払うように振るい、光魔法を広げるように放っただけだ。
しかも足に魔力を集中させていたゆえに少量。防御魔法を叩き付けたように見えるが、それほどの硬度は無い。
しかしそれでも雲水の体を押し飛ばすには十分な踏み込み速度であった。
何度も何度も、雲水の影が女の周りを往復する。
それに引きずられるように、女の影も速くなっていた。
「ちっ!」
その激しさは女に舌打ちさせるほどであった。
いや、これほどの苛烈さをもってしても、舌打ち程度と言ったほうが正しいのかもしれない。
だが、その小さな成果に雲水の心はさらに猛った。
「ずぇえやっ!!!」
咳と気勢が混じる。
空気を震わすかのような声量とともに、鉄の匂いが充満する。
その赤い香りを掻き消さんと、雲水の影が女に向かって疾走する。
しかし次の瞬間、
「!」「え?」
雲水は目を見開き、同時に間の抜けた男の声が響いた。
雲水の前方に女の仲間が割り込むように飛び込んできたのだ。
しかし雲水の瞳に映るその男は「何故?」とでも言いたげな顔をしている。
それもそのはず、男にこんなことをするつもりは全く無かったからだ。
ただ、飛び交う光弾を避けていただけだ。
なのに、いつの間にかこんな死地に飛び込んでしまっている。
何故? 心に浮かんだその言葉が男の顔に焦りの色を滲ませる。
そしてその背後では対照的に、女が薄い笑みを浮かべ始めている。
まるで、「操る」という行為はお前の専売特許では無い、とでも言いたげなように。
そして男の顔が焦りから恐怖へと変わり始めた瞬間、雲水は右へ地を蹴り直した。
雲水はかなりの速度で動いている。
それは、障害物にぶつかるだけで致命傷になりかねないほど。
ゆえの回避行動であったが、
「!」
次の瞬間、その男は立ちふさがろうとするかのように、進路を変えた雲水の方へ迫ってきた。
まるで体当たりでも仕掛けてきているかのように。
(いや、)
瞬間、雲水は気付いた。
まるで、では無く、正しくその通りなのだと。
ゆえに、雲水は、
「がっ!?」
さらに地を蹴り直し、男の右横を駆け抜けながらその脇腹を撫で斬った。
刀が描く銀色の軌跡に新しい色が加わる。
その鮮明な色の向こう側から、自分のものでは無い、別の光が迫ってきているのを雲水の瞳は見逃さなかった。
単純な切り返しでは間に合わない、そう判断した雲水はその迫る光に向かって左手を振るった。
女の貫手と雲水の手刀がぶつかり合う。
「っ!」
光魔法特有の衝突音と共に、削られたかのような痛みが雲水の左手から頭へ流れ込む。
同時に視界が揺らぎ、左手から生まれた新たな赤色が視界に流れる。
そして直後、地を踏みしめる音が雲水の耳に届いた。
自分の足から生じたものでは、体勢を立て直したことによるものでは無い。
次の先手を取れるのはどちらなのか、最早読むまでも無かった。
ゆえに雲水はすり足を維持したまま、足裏を地面に着けたまま地を蹴り、距離を取ろうとした。
敵の脳波を読むに、次の行動は先と同じ貫手。
倒れそうなほどの前傾姿勢から足を地面に勢い良く振り下ろし、その力強さを利用して突進技を繰り出そうとしている。
相手の回避行動に合わせて、攻め手を変える算段もその踏み込みに含まれている。
ゆえのすり足。どんな攻撃にも対応するためだ。
であったのだが、
「!?」
直後、雲水は驚きに目を見開いた。
女の脳波が突然変わったのだ。
それは、思考が切り替わったということ。
そうだ、混沌にはこれがあった。人格の切り替え、思考回路の切り替えが。
雲水の体勢が崩れたことを、即座の反撃が不可能になったことを利用し、一定時間後に人格を、考え方を切り替えるように設定してあったのだ。
つまり、最初に見せたものは、貫手は餌。
本命は――
(踏み込み動作そのもの?!)
女の狙いに気付いた雲水は膝を曲げ、重心を下げ始めた。
が、それは僅かに手遅れであった。
振り下ろされる女の右足。
光るその右足は地面と触れる瞬間、その輝きを広がらせた。
防御魔法を展開したのだ。
直後に踏み抜かれ、砕ける盾。
光の波紋と共に、割れた傘の破片が地の上を滑るように前へ散らばる。
「くっ!」
再び揺らぐ雲水の視界。
足から伝わる衝撃が痛みに変わった瞬間、雲水の頭の中に声が響いた。
「この速さの戦いに慣れていないようだな」と。
正しくその通りであった。
速さに対して人体の強度と重量が足りないのだ。
この速度の世界で放たれる光魔法は凶器そのもの。
ゆえに、通常ではありえない行動が強力な攻撃として成立してしまう。
例えば、
「こんな風に!」
その言葉が頭の中に響いた直後、雲水の視界は白く染まり、
「ごはっ!」
前から壁を叩き付けられたかのような衝撃と、浮遊感が身を包んだ。
女がやったことは単純。
さらに一歩踏み込みながら右腕を左から水平になぎ払うように振るい、光魔法を広げるように放っただけだ。
しかも足に魔力を集中させていたゆえに少量。防御魔法を叩き付けたように見えるが、それほどの硬度は無い。
しかしそれでも雲水の体を押し飛ばすには十分な踏み込み速度であった。
0
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
新約・精霊眼の少女
みつまめ つぼみ
ファンタジー
孤児院で育った14歳の少女ヒルデガルトは、豊穣の神の思惑で『精霊眼』を授けられてしまう。
力を与えられた彼女の人生は、それを転機に運命の歯車が回り始める。
孤児から貴族へ転身し、貴族として強く生きる彼女を『神の試練』が待ち受ける。
可憐で凛々しい少女ヒルデガルトが、自分の運命を乗り越え『可愛いお嫁さん』という夢を叶える為に奮闘する。
頼もしい仲間たちと共に、彼女は国家を救うために動き出す。
これは、運命に導かれながらも自分の道を切り開いていく少女の物語。
----
本作は「精霊眼の少女」を再構成しリライトした作品です。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
炎光に誘われし少年と竜の蒼天の約束 ヴェアリアスストーリー番外編
きみゆぅ
ファンタジー
かつて世界を滅ぼしかけたセイシュとイシュの争い。
その痕跡は今もなお、荒野の奥深くに眠り続けていた。
少年が掘り起こした“結晶”――それは国を揺るがすほどの力を秘めた禁断の秘宝「火の原石」。
平穏だった村に突如訪れる陰謀と争奪戦。
白竜と少年は未来を掴むのか、それとも再び戦乱の炎を呼び覚ますのか?
本作は、本編と並行して紡がれるもう一つの物語を描く番外編。
それぞれに選ばれし者たちの運命は別々の道を進みながらも、やがて大いなる流れの中で交わり、
世界を再び揺るがす壮大な物語へと収束していく。
【完結】領主の妻になりました
青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」
司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。
===============================================
オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。
挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。
クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。
新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。
マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。
ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。
捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。
長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。
新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。
フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。
フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。
ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。
========================================
*荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください
*約10万字で最終話を含めて全29話です
*他のサイトでも公開します
*10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします
*誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる