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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ
第四十九話 懐かしき地獄(9)
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「それで私を呼んだわけですか」
理由を聞かされたクラウスは納得し、相談に乗ることにした。
これはアラン様にとっても重要な話かもしれないと思ったからだ。
そしてクラウスのそんな思いを感じ取ったクリスは口を開いた。
「あまり硬く考えないでくれ。厄介なのは確かだが、正直なところ、いざとなればどうとでも出来ると思っている」
これにクラウスは頷きを返した後、尋ねた。
「それで、ガストン殿は何を言ったのですか?」
「それはだな……」
飲み物を一口含んだ後、クリスは再び口を開いた。
「ガストンと会った時、私は彼の中に炎の一族に対しての憎しみがあるのを感じた。そして話を聞くうちに、その憎悪の原因が厄介なものであることが分かった」
クリスの口はそこで一度止まったが、話はすぐに再開した。
「……その感情の原因は大昔にさかのぼる。炎の一族が教会と決別した時だ」
その一言で察したクラウスは口を開いた。
「つまり、ガストン一族が教会側についたのは、炎の一族から気に食わない何かをされたことが原因であると? そしてその感情は命を賭けられるほどに強いものだと?」
クラウスの飲み込みの早さにクリスは頷きを返した後、言葉を付け加えた。
「今回ガストン軍が我々の方に向かってきたのは、サイラス軍に正面から立ち向かえなかったことと、我々に偽装した連中に攻撃されたことが理由であり原因だ。しかしそれは胸の奥に秘められていた感情が爆発する切っ掛けに過ぎなかったというわけだ」
クラウスはその言葉に納得する様子を見せた後、肝心なことを尋ねた。
「……クリス殿はどう思われます? そのような事が本当にあったと思っておられますか?」
これにクリスは首を振って答えた。
「わからない。そんな話、聞いたことも無い」
そしてクリスは間を置かずに口を開いた。
「調べることは出来る。炎の一族はその歴史を事細かに記録し、残している。アランの城にその書類が山積みになっているだろう。王の城にも写しがあるはずだ」
直後、クリスは「だが……」と、言葉を繋げた。
「恐らく、この件については調査しても証拠は出ないだろうな。『そんな事があったかもしれない』程度で終わってしまうはずだ」
それはクラウスもそう思っていた。
ゆえにクラウスは当然のように尋ねた。
「では、どうすれば良いとお考えで?」
クラウスは感じ取っていた。クリスには考えがあることを。だから「どうとでもなる」と言ったことを。
そしてクリスはその考えを答えた。
「手はある。彼らにも同じ疑いの目を持たせればいいのだ」
それはどういうことか、瞬時に理解したクラウスは口を開いた。
「それはつまり、感知を学ばせ、彼らにも同じ影の脅威のことを知ってもらう、ということですな?」
これにクリスは肯定の頷きを返し、口を開いた。
「その通りだ。そうすれば全ての物事に対しての考え方が変わる。我らに集中されている憎しみの念が分散することになる。それだけでも効果は大きい」
そう言った後、クリスは一度目を伏せた。
そしてクリスは一呼吸分ほどの間を置いた後、わざとらしく目を合わせなおしながら尋ねた。
「……と、私は思っているんだが、貴殿はどうだ?」
クラウスは即座に頷きを返した。
「私も悪く無い手だと思います」
しかしその答えはクリスが望んだものでは無く、そしてそれは予想出来ていたことであった。
(やはり『良い』とは言わないか……。確かに、その通りだ。決定打にはならないからな)
クリスがそんな事を思った後、クラウスは機を見て尋ねた。
「では、私はこの後どうすれば?」
クラウスはこの後やるべきことを既に把握していたが、確認のためにあえて尋ねた。
そして直後に返ってきた答えはクラウスが感じ取った通りのものであった。
「アランにこの事を伝えに行ってほしい」
ゆえに、クラウスは「ただちに」と即答した後、一礼と共に場から去って行った。
クリスはその背を見送った後、思った。
(今回の件のような証拠の出ない事、『曖昧』などのはっきりしないものを利用する手は、感知能力者への対策として使える可能性があるな……)
その考えは正解であった。
はっきりしないものは時に連想を生む。証拠が無くとも人々は勝手に想像し、身勝手に解釈してしまう。
その連想は上手く使えば人々の意識を、世論を特定の方向に誘導することが出来る。
それは我々の世界で言うところのプロパガンダであり、感知機能が存在するこの世界でも一定の効果を発揮するのであった。
第五十話 輝く者と色褪せていく者 に続く
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