451 / 586
第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ
第五十話 輝く者と色あせていく者(11)
しおりを挟む◆◆◆
その後、ケビンの不安は現実のものになった。
盗んだ馬で街を出る頃には追っ手がついていた。
その馬が力尽きるまでは順調だった。
しかしそこまでだった。
馬の交換は出来なかった。
徒歩になった直後、追っ手は先回りし、馬屋の監視や、街道の封鎖を行ったからだ。
こうなると後はもう、森などの普通では無い道を進むしか選択肢が無くなっていた。
アランが逃げた時とは違う。追っ手も能力者揃いなのだ。
そしてケビンとリリィが山に、森に逃げ込むことは追っ手も当然予想出来ていた。
二人は追い詰められていた。
能力者であるがゆえに、ケビンはそれを感じ取れていた。
もはや足を止めることは許されない距離。
焦りが自然と込みあがってくる。
そしてその焼け付くような感情はケビンの口をこじ開けた。
「急いで!」
そしてその口から出た言葉は大して意味の無い叫びだった。
しかしリリィはその叫びから察した。
だから、振り返ってしまった。
それを、ケビンは、
「前だけを見て!」
制止したが、手遅れだった。
「!」
それを見たリリィは恐怖の色を滲ませた。
遠方で草木が動いているのが見えたのだ。
何かが草木を掻き分けている。
動物であってほしいとリリィは願ったが、直後にその中から躍り出た影の姿がその希望を打ち砕いた。
足音が届く距離では無い。ゆえに見間違いであってほしいと思った。
しかしリリィの目は悪くなかった。
それは紛れも無く人の形をしていた。
「……っ」
そしてこの瞬間、ケビンの心には二つの選択肢が浮かんでいた。
一つはリリィを置き去りにして自分だけ逃げるというもの。
そしてもう一つは二手に分かれるというもの。
といっても、後者は最初の選択肢と大して差が無い。追われているのはリリィだからだ。
結局リリィは守れない、ケビンはそう考えていたのだが、
「先に行け!」
くそったれ、そんな思いを滲ませながらケビンはそう叫び、つま先を逆方向に向けた。
直後、リリィが足を止めて振り返ろうとしたのを感じ取ったケビンは続けて叫んだ。
「俺のことは心配するな! 危なくなる前にちゃんと逃げる!」
瞬間、ケビンはリリィが感知能力者では無いことを見えない何かに感謝した。
一度交戦状態に入った後に逃げる、それは感知能力者の集団相手には非常に難しいことであることをケビンは良く分かっていたからだ。
この思いを読み取られていたらリリィは足を止めていたかもしれない。
だから良かったと、ケビンは思った。
が、次の瞬間、
「っ!」
耳が痛いほどの轟音と閃光に、その暖かな感情は後悔の色に塗り潰された。
盾にしている木が削り倒されそうなほどの遠距離集中射撃。
感知能力者ならではの芸当だ。
そして敵は実際そのつもりであることを、遮蔽物ごとなぎ倒すつもりであることを感じ取ったケビンは、即座にその場から離れた。
倒木と攻撃の音を背中で感じながら木から木へ、次々と逃げ移る。
その激しさの中で、ケビンは思った。
なんで自分はこんなことを始めてしまったのかと。
この戦いのことじゃない。そも、なぜ自分はリリィを助けたいなどと考えてしまったのかと。
こうなる可能性は予想出来ていた。
なのに自分はどうしてこんな馬鹿なことを、こんな分の悪い賭けに乗ってしまったのか。
原因は一つしか思いつかない。
リリィから放たれるあの暖かな感覚のせいだろう。
自分はリリィに魅入られたのかもしれない。
もしかしたら、ラルフもそうなのかもしれない。
ならば、リリィは魔性の女ということだろうか。
(……いや、それは――)
それは何か違う、何かが足りないと、ケビンは思った。
傍にいるだけで希望の感覚が無条件に湧きあがるとしても、それだけでこんな馬鹿な勝負には乗れない。
その希望の根拠となる可能性が無ければ、未来が描けなければ動けない。
しかし、自分にそんなものは――
(……いや、ある。あった)
直後、ケビンは思い出した。
あの時、都合の良い絵空事、と一笑に付した考えの中に、その未来があったことを。
リリィが上手く逃げ出したらその後どうなるのか。
きっと、いや、間違い無く、アランは上手く利用するだろう。
「……」
それはとても素晴らしいことのようにケビンは思えた。
この国の未来のために必要なことの一つのようにケビンは思えた。
「っ!」
が、直後、その思考は轟音と閃光に遮られた。
鬱陶しい、そう思うよりも早く、ケビンは反撃の光弾を撃っていた。
そしてケビンは自然と叫んだ。
「こいよ、くそったれ! 最期まで付き合ってやるさ!」
いつの間にか、覚悟がケビンの中に生まれていた。
◆◆◆
ケビンは走り回った。
遮蔽物を次々と移り変えながら、反撃を繰り返す。
しかし敵の攻撃が緩まる気配は無い。
それどころか、後続が追いついてきているため火力が増している。
だからより走り回らされている。
そして動き回っているということは、身を相手に晒す時間が増えているということであり、それは当然、
「ぐっ!」
被弾の機会が増すということだ。
そしてケビンの体は既にアザだらけであった。
足も何度か撃たれている。
逃げる計画を立てるのはもはや絶望的だ。
しかし直後、
「!」
場は静寂に包まれた。
ケビンへの射撃が完全に止まったのだ。
逃げるための好機が訪れたかのように思えた。
が、ケビンの感知はそれを即座に否定した。
攻撃が止まった理由、それは、
「……とうとう、おでましか」
ラルフが登場したからであった。
ラルフは味方の射線を遮るように前へ歩み出てきていた。
その足取りから、ケビンはラルフの苛立ちを感じ取った。
しかし直後、それもケビンの感知は否定した。
苛立っているどころでは無い、憎悪の域に達していると。
そして次の瞬間、それが正解であることをラルフは行動で示した。
「っ!」
突然の光る嵐。
相手を驚かせたかったのか、木をなぎ倒したかったのか、それとも苛立ちを何かにぶつけたかっただけなのか、ケビンの理性にはよく分からなかったが、感知は「全部正解だ」と答えた。
そしてその一撃はやはり凄まじかった。
あれだけ生い茂っていた木々が無くなり、青空が良く見えるようになっていた。
だからケビンには、
「……ははっ」
自虐的に笑うしかなかった。
しかし不思議なことに、その笑みがケビンの勇気に火を点けた。
ケビンはその勇気をもって笑みを叫びに変えた。
「一対一をご希望か! ありがたい!」
叫びながらケビンは心に映ったクラウスに問うた。
こんな時、あなたならどうしますか、と。
あなたはどんな気持ちであの怪物に、リーザに立ち向かったのかを。
当然、答えは返って来ない。
されど、ケビンはその答えが自分の考えているもので正解だと勝手に思い込んだ。
そうすれば、彼を自分に重ねることが出来るからだ。彼からさらなる勇気をもらえるからだ。彼に近付けた気がするからだ。
第五十一話 勇将の下に弱卒なし に続く
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
88
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる