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最終章

第五十五話 逢魔の調べ(7)

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「えぃやっ!」

 騎兵が気勢と共に輝くランスを突き出す。
 これに対し、キーラは飛び込んだ。
 まるで自ら串刺しになろうとしているかのように。
 しかし違うことは次の瞬間に明らかになった。
 繰り出された貫手がランスの先端から開く傘に穴を開ける。
 そしてキーラは即座にその貫手を掌底打ちのような形に変えながら魔力を放出。
 破れた傘とランスをその輝く手の平で受け流した後、その手から網を展開。

「っ!?」

 成す術も無く感電し、声無き悲鳴を騎手が上げる。
 神業のような三手の流れ作業。
 しかしその芸術を赤色で終わらせようと、二つの騎兵が飛び上がったキーラの落下地点に合わせて左右から挟撃を狙う。
 それを感じ取ったキーラは即座に網を切り離し、その手で通り過ぎる馬の尾を掴んだ。

「ッ!」

 驚いた馬が尾を引く異物を排除せんと、後ろ足を振り上げ始める。
 しかしその後ろ足に速度が乗るよりも早く、キーラは振り上げられつつある蹄に向かって輝く右足を振り下ろした。

「「な?!」」

 そしてキーラが見せた動きに二騎は驚きの声を上げた。
 馬の蹴り上げを利用して跳躍する、そんな動きを見たのは初めてだったからだ。
 同時に二騎は焦った。
 このままだと真上を跳び越されるからだ。

 騎兵には明確な弱点が存在した。
 急な減速と方向転換が弱いということだ。

 下段にランスを構えていたゆえに、対空迎撃も間に合わない。
 ゆえに騎手は真上に向かって防御魔法を展開。
 これに対してキーラは網を下に広げた。
 騎手が展開した盾はその網に対して馬まで守るには小さすぎた。

「「――ッ!」」

 感電した馬が姿勢を崩す。
 そして進路を乱した二騎はそのまま互いに激突した。
 その轟音を聞きながら、キーラは使っていなかった片手で練成しておいた爆発魔法を投げた。
 その爆発によって安全を確保しながら着地。

「「「……っ!」」」

 その先ほどまでとは違いすぎる一連の動きに、騎兵達は息を呑んだ。
 これがキーラの実力。
 仲間を守っている状態ではこんな戦い方は出来ない。
 遠目には今の彼女は生き生きとしているように見えた。
 しかしそうでは無いことを騎兵達は感じ取っていた。
 その心が赤く燃えていることを。
 キーラが反撃の狼煙を上げていることを。
 そしてキーラはその心の色のままに走り始めた。
 ゆえに、そのつま先は退路では無く、別の方向を指していた。
 その意識の線を感じ取ったのは、

「!」

 レオン。
 明らかな隊長格狙い。
 そしてそれだけでは無い事をレオンは感じ取った。
「お前はもう一人の女の方よりも弱そうだ」という思いが込められているのを。
 挑発めいた内容であったが、レオンは特に動じることは無かった。
 それは事実であり、弱いやつから狙うのもまた戦場の定石であったからだ。
 ゆえにレオンは、

「親衛隊、集合しろ!」

 自身の周りだけ繚乱陣形を解除し、騎馬の密度を増して防御を固めた。
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