Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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最終章

第五十八話 おとぎ話の結末(12)

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   ◆◆◆

「せえやっ!」「ぐぅえっ!」

 気勢と悲鳴が混じって響き、

「雄ォ!」「がはっ!」

 勇気と絶望が目まぐるしく交錯する。

「破っ!」

 その中にアランのものも混じる。
 されど誰の刃も届かない。
 いくら気勢をぶつけても冷や汗が止まらない。
 アランの本能はずっと同じ声を上げ続けていた。
 相手の力が圧倒的すぎる、と。

「……っ!」

 自然と奥歯に力がこもる。
 いまアランの心を埋め尽くしている感覚、それは懐かしいものであった。
 かつてカルロと一対一で戦った時の感覚。
 全力をぶつけても勝機が見えなかった時の感覚。
 ゆえに、

(否!)

 アランの理性はあの時と同じ声を上げた。
 勝ち筋はある、と。知っている、と。
 アランは直後にそれを見せた。
 味方に時間を稼いでもらいながら、後方に地を蹴る。
 そうして距離を取りながら、アランは刃に手を当てた。
 輝きを移すかのように、光る手で撫でる。
 それは調律では無かった。
 大量の虫を刃に纏わせるための行為。
 魂を感じ取れるものには、銀の粉をまぶしているように見える。
 虫の名の通り蠢く(うごめく)ため、その輝きはまるで陽炎のよう。
 しかし直後にその輝きは消えた。
 感知能力者には影が差したように見えた。
 クラウスから伝授された絶望、無明剣。
 そしてアランはその刃を完全に黒く染めた後、

「疾ッ!」

 オレグの頭蓋を貫く勢いの踏み込みで突き出した。
 これに、オレグは後方への回避を選択。

「鋭ぃっや!」

 手から虫を補充し続けながら、踏み込んで刃を振るう。
 これもオレグは回避。

「斬!」

 されどアランは刃を止めない。
 刃が銀の軌跡を描くたびに光の粒子が散る。
 まるで剣風でつむじ風を起こしているかのように、放たれた虫達が渦を形作りながらオレグにまとわりつく。
 そしてその数は雲水のそれよりも圧倒的。
 桜吹雪が張り付くように、オレグの頭が白い花びらにまみれる。

「っ!」

 そして直後、オレグは表情を歪ませながら肩を震わせた。
 絶望による迷いと倦怠感、そこから誘発される焦りと恐怖が体の操縦を狂わせる。
 今のオレグを操縦しているのは大工。
 ゆえに脳から発せられる感情は行動の決定権をもたない。判断材料にならない。
 されど、本能の管轄である条件反射は筋肉に機能してしまう。
 だから普段は脳と体の接続を切っている。首のところで遮断している。
 が、その部分に付着した大量の虫がそれを邪魔していた。
 抗ってもどうにもならない。数が多すぎる。
 別の部分を切っても即座に対応される。
 そしてそれらによって生じた隙を、

「破ッ!」

 アランは文字通り突いた。
 その一撃をオレグは再び後ろに退いて回避しようとしたが、

「ぐっ!?」

 ついに、その先端はオレグの胸に届いた。
「がり」と、先端が胸骨を削る感覚。
 しかしそれ以上の感覚は得られなかった。
 赤く、そしてやや太い糸を引きながら先端が抜き離れる。

「今だ!」「かかれ!」

 それを見た兵士達が一斉に突撃を開始。
 光弾が奔り、続いて兵士達の剣がオレグを切り裂かんと弧を描く。
 それらをオレグはこれまでと同じように捌き、時に回避したが、

「……っ!」

 その動きは明らかに苦しげであった。
 ゆえにアランは、押し切れる? と一瞬思った。
 が、直後、「否」と、心の中で声が響いた。
 それはリックの声だった。
 そしてリックは叫んだ。

“来るぞ!”と。

 それはまず耳に届いた。

「雄ォッ!」

 感情表現が少ないオレグにしては珍しい気勢。
 その声に含まれていたのは覚悟。
 どうせ無理矢理接続されてしまうのならば、という思い。
 すなわち脳の機能をあえて完全に復活させるという意思表示。
 それでは精神汚染の影響が強くなる。
 が、その対処法は直後に滲み出た。
 それは赤い感情、激しい怒り。
 そして狂気に至るほどの快楽が後を追うようにあふれ出る。
 痛みを消すために分泌された大量の脳内麻薬によるもの。
 その三つの強く激しい感覚が混じりあい、そして生じた複雑で大きな波が絶望の感覚を飲み込む。
 さざ波が奇妙な形の大波に飲み込まれるように。
 そして小さな波は全てその意味を失う。
 精神汚染をさらなる激情で覆い隠す、古典的だが有効な手。
 オレグはその激情に突き動かされるまま、

「雄オオオォッ!」

 吼えた。
 それは正に獣の咆哮だった。

「あがっ!」「げぇっは!」

 心を萎縮させるかのようなその叫びと共に振るわれた豪腕が、襲い掛かってきた兵士達を次々となぎ倒す。
 オレグらしくない、がむしゃらな、ただ力任せな振り回し。
 その動きもやはり獣のようであったが、

「!」

 直後にオレグはアランの目の前で人間に戻った。
 アランは感じ取れた。だから驚いた。
 オレグの脳から痛みが消えたのを。
 そして不要になった快楽と怒りが消えたのを。
 脳は活動している。しかしもう精神攻撃は効かない。
 そのように脳を手術したからだ。痛みなどの感覚や、戦闘において必要性の薄い感情を焼き切ったからだ。だから痛かった。
 そしてオレグは人間らしいがどこか冷たい表情で構えを作り直した直後、アランに向かって踏み込んだ。

「っ?!」

 そして瞬間、アランの体に衝撃が走った。
 リックが受けたものと同じ五連撃。
 そして結果も同じであった。
 一撃目で刃が叩き払われ、残りの四発が炸裂。
 そのうちの一発目はリックの魂がその技を見せた。
 よってアランは骨が砕ける音が三つ響いたと同時に吹き飛んだ。
 そしてその浮遊感の中で、高速演算によって緩慢になった時間の中で本能は口を開いた。

“このままだと次の攻撃で――”

 その先は聞かずともわかった。
 ゆえに、自然とアランの口からこぼれ出た。

(死――)

 しかしその口は理性の力によって無理矢理閉じられた。
 痛みを堪えるために歯を食いしばりながら思考を巡らせる。
 どうすればいい、と。

“……”

 だが誰も答えない。
 リックの時もそうだったように、誰にも分からない。
 しかし少し違うところはあった。
 声は上がった。
 しかしそれは状況を変えるための提案では無かった。
 相手が悪すぎる、というオレグの強さを認める声。
 奴は人間を越えている、という信仰にも似た賞賛。
 その声を消し払い、有益な声を引き出すためにアランはもう一度尋ねた。
 使えるものは無いか? と。周りにある道具でも何でもいい、状況を有利に傾けられるものは何か無いか? と。
 されど、

“……”

 声は返ってこない。
 少し経ってようやく、

(首の周りの虫達はまだ力を失っていない)

 と、初めての建設的意見が響いた。
 確かに、まだ使い道はあるようにアランにも思えた。
 だが、オレグの感情を司る神経網は跡形も無く焼き尽くされている。先と同じ手では駄目だ。
 ならば――

「っ!」

 瞬間、アランは目を見開いた。
 その表情に滲んだ色、それは後悔。
 それは、なぜもっと早くこれを思いつかなかったのか、という理由からでは無かった。
 あの虫達を撤収させていれば、彼は、

「ぅ雄ぉっ!」

 クラウスはこんな無茶をすることは無かったかもしれない、という思いからであった。
 背後から飛び掛ったクラウスがオレグの後頭部目掛けて刃を突き出す。
 しかし同時に放たれたものがあった。
 それはクラウスの魂。
 虫の群れでは無い。写しでも無い。本体そのもの。
 アランとクラウスは同時に思いついたのだ。
 神経網を焼き尽くされたのであれば、自分のものをそのまま移植すればいいでは無いか、と。
 だが、自分の魂では移植するだけで精一杯。
 だから、攻撃命令を受けたままの虫がまだ残っていることが、とても都合が良かったのだ。
 まさに魂を賭けた、全てを込めた一撃。
 であったが、その動きはオレグにとってはあくびが出そうなものであった。
 ゆえに、オレグは、

「破っ!」

 余裕を持って振り返り、迎撃の一撃を放った。
 閃光のような拳が放たれたクラウスの魂を打ち砕く。
 さらに頭蓋を串刺そうとする刃の軌道を押しそらし、

「が……っは!」

 クラウスの胸に深々と突き刺さった。
 そしてアランは地に落ちながら感じ取った。
 クラウスの心臓が止まったのを。

「クラウスーッ!」

 だから叫んだ。
 しかし鼓動は戻らない。
 アランは一つ間違えていた。
 この手を思いついていなくても、自分はあなたを助けるために飛び掛ったと。
 そう、クラウスの声が頭の中に響いた。
 オレグに砕かれたクラウスの魂が、アランのところに辿り着いた破片がその思いを語っていた。
 そして直後に脳裏に映ったのはある記憶の映像であった。
 それは懐かしい記憶。
 かつて皆の面前で父と一対一で戦った時の記憶。
 クラウスは感じ取っていたのだ。
 アランが自身の敗北を、死を意識したのを。
 だからクラウスはアランが立ち上がった場面で叫んだ。

“立ち上がってください! あの時のように!”と。

 そしてクラウスが最後の力を使って最後の一言を添えた。

“勝ってください! アラン様!”と。

 その一言を最後に、クラウスは消えた。
 自分の中で写しが組み立てられていくのを感じる。
 しかしそれは今のアランにとって何の慰めにもならなかった。
 だからアランはあの時のように立ち上がりながら叫んだ。

「くそおおおおぉぉーッ!」

 それは正に魂からの叫びであった。
 オレグに力及ばぬ自分に対しての怒り。
 だからアランはそれを叫んだ。

「俺の力が足りぬというのであれば!」

 誰かが頭の中で言った。やつは人を超えている、と。
 だからアランは叫んだ。

「人を超えねばお前に勝てぬというのであれば!」

 そしてその問いに対しての答えは至極単純だった。

「人間など、やめてやるーッ!」
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