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第三章 アランが己の中にある神秘を自覚し、体得する
第十五話 武を磨く者達(1)
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武を磨く者達
◆◆◆
その頃、負傷のため戦地を離れたリックは故郷の地に足を踏み入れていた。
大陸のほぼ中央に位置し、山に囲まれた堅牢(けんろう)なこの地には、戦火をまぬがれた古い建造物が多く建ち並んでいた。
それらは偉大なる大魔道士の時代に建てられた歴史あるものであった。そのどれもが天を目指さんとするかのような高層建築ばかりであり、当時の偉大なる大魔道士の力の大きさを伺い知ることができた。
しかしいずれの建物にも人の気配は無かった。この地は魔法信仰の聖地であり、これらの建造物は全て文化遺産として保護されていた。
そんな古く威厳ある遺跡を抜けた先にある少し開けた場所に、明らかに時代の違う、建築様式が異なる屋敷がぽつんとあった。
煌(きら)びやかで古びたところもないその屋敷は周りから浮いていたが、この屋敷こそリックの生まれ育った家であった。
◆◆◆
屋敷に戻ったリックを出迎えたのはたくさんの従者達と、愛する家族であった。
「おかえりなさい、あなた」
妻が夫を笑顔で迎えると、傍にいた小さな男の子も同じ顔を見せた。
「おかえりなさい、父上!」
「元気にしていたか息子よ。少し背が伸びたか?」
従者達が見守る中、リックは一人の父として家族の出迎えに笑みを浮かべた。
しかしその直後、空気が変わるのをその場にいた全員が感じた。その緊張の波は屋敷の中から伝わってきていた。
場に集まっていた従者達は一斉に姿勢を変え、ある方向に向き直った。その方向には一人の女性が立っていた。
それを見たリックはその場で跪き、口を開いた。
「ただいま戻りました。母上」
「よく無事で戻りました。息子よ」
彼女の名はクレア。リックの母であり、そしてこの家の当主であった。
「カルロとまた戦ったと聞きましたが」
「はい。力及ばず、また敗れました。申し訳ありません、母上」
頭を垂れたまま謝罪の弁を述べる息子に対し、クレアは口を開いた。
「そんなことは良いのです。お前が生きて帰ってきてくれただけで十分です」
クレアは息子を立ちあがらせ、穏やかな表情を浮かべながら口を開いた。
「こんなところで立ち話しをしていては怪我に障ります。みやげ話は屋敷の中で聞かせてちょうだい」
クレアはそう言いながら屋敷の奥へと歩みを進め、他の者達もこれに続いた。
◆◆◆
広間と呼べるほど天井が高い応接間に入ったクレアは、付き添っていた従者達を部屋の外に下がらせ、柔らかな長椅子に腰掛けた。息子であるリックはテーブルを挟んだ向かい側の席に座り、妻と息子はリックの隣に並んで座った。
クレアは視線を上下させ息子の怪我の様子を探ったあと、口を開いた。
「それで、傷の具合はどうなのです」
リックは母を心配させまいと、はっきりした口調で答えた。
「たいしたことはありません。カルロから受けた傷は既に治りかけています」
リックはそう言ったが、クレアはリックのある箇所を見つめながら口を開いた。
「その腕の傷はどうしたのです」
まずいところを突かれたのか、リックは包帯が巻かれたその腕を隠すような仕草を一瞬見せた。
「……カルロの息子、名を確かアランと言う者に付けられた斬り傷です」
「剣による斬り傷? 不意でも突かれたのですか?」
ただの剣に息子が傷つけられるはずがない、そう信じている母は首を傾げた。
「……不意を突かれたわけではありません。その者は剣に光魔法を纏わせておりました」
リックの弁に納得したのか、表情を元に戻したクレアは口を開いた。
「光魔法を剣に、ですか。珍しい戦い方をするのですね、カルロの息子は」
クレアは一言ずつ飲み込んでいくかのように言葉を短く切りながらそう言った。そしてクレアはおもむろに立ち上がり、壁のほうへと歩いていった。
その壁には一枚の絵があった。その絵は並んで立つ二人の男性、偉大なる大魔道士と炎の一族の長の姿を描いていた。
クレアはその絵を見つめながらゆっくりと口を開いた。
「カルロとその息子アラン、そして娘のアンナも戦場に出ていると聞きます。戦いが激化すれば彼ら『炎の一族』の者と相見える機会は増えるでしょう」
リックは母の背を見つめながら黙ってその言葉に耳を傾けた。
「彼ら『炎の一族』と我らの間には古く深い縁があります。彼らとこうして戦うことになってしまったこの現状を我らの祖先達は悲しんでいるかもしれません」
クレアはどこか憂いたような表情を浮かべながら言葉を続けた。
「彼ら『炎の一族』が魔法信仰と決別したとき、我らもついていくべきだったのかもしれません。ですが、我らを慕う信徒達はあくまでも我らを象徴として崇め、離そうとはしなかった」
この時、クレアは注意していなければわからないほどの小さなため息を吐いた。
「今の魔法信仰はどこか歪んでいます。それをどうにもできない我らのなんと無力なことか」
クレアはかなり危険なことを喋っていた。信仰の象徴たるものがそれを非難しているのだ。
「……無駄話が過ぎましたね」
これ以上は良くないと思ったのか、クレアはそう言って話を止めた。そしてクレアは気持ちを切り替えるように笑みを作り、口を開いた。
「つまらない話はこれくらいにして、お前のみやげ話を聞かせてもらうことにしましょう」
そう言いながらクレアは長椅子に戻り、リックに視線を向けた。これにリックは少し困った様子で答えた。
「何を話せば良いのか……あまりおもしろい話は思いつきませんが」
「この屋敷の外で見聞きしたことであれば何でも良いのです。屋敷から離れる機会が少ない私にとって、外の世界の話はただそれだけで面白いものです」
「わかりました……では、」
リックがいざ語らんと息を軽く吸い込んだのと同時に、クレアは手をかざしてそれを制止した。
「待って。せっかくだから茶と菓子でもつまみながらにしましょう」
そう言ってクレアは手を叩き、外に控えている従者を呼んだ。
その後、リック達はたわいもない話に花を咲かせた。菓子をつまみながら談笑する、それは何ら特別なことは無い家族の団欒であった。
◆◆◆
次の日――
リックは朝早くに屋敷の裏にある訓練場へと足を運んでいた。
元は採石場であったその場所は、むきだしの岩肌ばかりの荒涼(こうりょう)とした風景が広がっていた。
そこには既に先客がいた。その者の姿は訓練場に作られた人工池の「上に」あった。実際に目にしなければこの光景を信じられる人間はいないであろう、その先客は水面の上に「立って」いた。
その者――クレアの足元はぼんやりと光っており、水面には彼女を中心に波紋が広がっていた。
リックの存在に気付いたクレアはそちらの方に向き直り、まるで何事もないかのように水面の上を「歩いて」いった。
クレアが水面に足を置くたびに小さな波が立ち、新しい波紋となって広がっていった。それはうっすらと発光しており、光る輪が水面に広がっていく様はとても幻想的であった。
クレアが何事も無く池の上を渡りきった後、リックは声を掛けた。
「母上、こんな早くに起きてきて大丈夫なのですか?」
「私のことよりも自分のことを心配なさい。怪我を治すほうが先でしょう」
「申し訳ありません。ですが、今の私には腕が鈍ってしまうことが何よりも恐ろしいのです」
「そうだろうと思ってここで待っていたのです。私がいなければいつものようにこの岩場を飛び回るつもりだったのでしょう?」
図星だったためか、リックは黙ったまま何も答えなかった。
「怪我が完治するまでは許しませんよ。魔法制御の訓練だけにしておきなさい」
そう言ってクレアは手の平にちょうど収まるくらいの石を拾い、リックに手渡した。
「浮かせてみなさい」
言われたリックは石を乗せた手の平に意識を集中させた。リックの手の平が発光すると同時に、乗せてあった石がふわりと浮き上がった。
「その状態を維持させなさい」
言われたリックは石を浮かせた状態で静止させた。しかし暫くして石が振動し始めたかと思うと、突然何かにはじかれたかのようにどこかに飛んでいってしまった。
「……体術の訓練ばかりやっているからそうなるのです。お前は体捌きには天賦の才がありますが、だからといって魔法制御の訓練をおろそかにしてはなりません」
クレアは新しい石をリックに手渡しながら口を開いた。
「続けなさい。ここで見ていてあげますから」
リックは母に見守られながら訓練を続けた。
しかしそれは優しいものではなく、時に冷たい言葉が飛ぶものであった。
◆◆◆
一ヵ月後――
傷が癒えたリックはなまった筋肉に活を入れるため、訓練場で激しく体を動かしていた。
突きや蹴りに始まる武術の型、リックはそれを何度も繰り返した。
体に熱がこもり全身に汗が流れ始めた頃、突然耳に入った足音にリックは振り返った。
「体の調子はどうですか、息子よ」
そこにはこちらに歩いてくる母、クレアの姿があった。
「もう問題はありません、母上」
そう答えながらリックはクレアの手に剣が握られていることに気付いた。
「その剣はどうしたのですか、母上」
そう尋ねながらもリックはクレアが考えていることに察しがついていた。「その剣でどうしたいのか」と尋ねたほうがわかりやすかったかもしれない。
クレアはリックの問いかけに何も答えず、両手で持った剣の刃を顔の正面に置き、静かに目を閉じた。
その姿はまるで剣に祈りを捧げているかのようであった。しばらくすると剣が発光し始め、クレアは目を閉じたまま独り言を喋るように口を開いた。
「暴れ馬の手綱(たづな)を握っているような感覚です」
そう言ってクレアは剣を片手に持ち替えた。すると発光にちらつきが見え始め、刃が振動するようになった。
「私でも片手で安定させるのは難しいですね」
クレアは剣を鎮(しず)めたあと、目を開いて言葉を続けた。
「これを使いこなしているということは、そのアランという者はかなりの使い手なのでしょう」
当然アランはクレアのような卓越した技を有してはいない。クレアは「刀」の存在を知らないためそう勘違いしたのである。アランは「刀」のおかげで「光の剣」を扱うというただ一点においてはクレアと同等の領域に達していた。
母の言葉にリックはただ沈黙した。腕に残った刀傷の痕(あと)を見ながら、アランとの対峙に油断があったことを戒めていた。
「では始めましょうか」
突然耳に入った母の言葉にリックは顔を上げた。そこには剣を構える母の姿があった。
「多少ですが剣の心得はあります。そのアランという者とまた戦うことがあるやもしれません。剣に慣れておいて損は無いでしょう」
こうなることがわかっていたリックは何も言わずに戦闘体勢を取った。
◆◆◆
訓練が始まってすぐ、クレアの口から叱咤が飛んだ。
「刃から目を逸(そ)らしてはなりません! 重要なのは刃を受け流す技術では無く、それを恐れない心だと知りなさい!」
リックはクレアが放つ「光る剣」を「光る拳」で受け流し、時に避けたが、その動きは最初ぎこちないものであった。
しかしリックはすぐに慣れを見せた。クレアが放つ剣閃を小さな動きで、かつ柔軟に捌さばくようになった。
クレアの剣は徐々に速さを増していったが、リックはこれを特に問題なく捌いていった。リックの目の良さと体捌きの柔軟さは間違いなく天性のものであった。
二人の訓練はいつまでも続くかと思われた。しかしリックの顔が徐々に紅潮こうちょうしていったのに対し、クレアの顔からは血の気が引き蒼白そうはくになっていった。
そして三十分ほど経ったところでクレアが突然手を止めた。クレアはその場に崩れるように膝を突き、激しく咳せき込み始めた。
これを見たリックはクレアに駆け寄り、その背をさすった。しばらくして落ち着きを取り戻したクレアは口を開いた。
「時々この弱い体が恨めしくなります。せめて人並みに丈夫な体であれば、お前の代わりに戦場に出てやれるというのに」
「母上、今日はもう部屋に戻って御休みください。私が御体を支えますゆえ……」
リックはクレアの体に手を添えその体重を支えた。クレアは自身の貧弱さに悔しさを覚えながら訓練場を後にした。
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