Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第三章 アランが己の中にある神秘を自覚し、体得する

第十六話 炎と冷気(1)

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   ◆◆◆

  炎と冷気

   ◆◆◆

 数ヵ月後――

 本格的に冬となったある夜、ディーノは兵舎から少し離れたところにある広場で素振りをしていた。
 もう何千になろうか。ディーノの体からは湯気が立ち昇っていた。

「ふう~っ。今日はこれくらいにしとくか」

 槍斧を下ろし、汗を拭う。
 冬の夜風はディーノの体から汗を引かせると同時に熱を攫っていった。
 心地よかった。だがそれは少しの間だけで、心地よさはすぐに震えと下腹部の嫌悪感に変わった。

「ああ、くそ。冷えたせいでもよおしてきちまった」

 どこか適当なところで済ませてしまおう――そう思ったディーノは都合の良い茂みを探した。
 その時、視界の隅で何かが光った。
 ディーノがそちらへ目を凝らすと、遠くの闇の中で光の線が走っているのが見えた。
 この光の正体を知っていたディーノは別段驚きもせずに呟いた。

「アランか……こんな時間まで光の剣の練習をしてんのか」

 近づいて声を掛けようか、ディーノはそう思ったが、その考えは突如下腹部に走った嫌悪感によってかき消された。

「まあいいや。とりあえず小便小便っと」

 興味よりも尿意が勝ったディーノはその足を再び草むらへと向けた。

 ディーノは一つ勘違いをしていた。
 そこで光の剣を振っていた者はアランでは無かったのだ。

   ◆◆◆

 数ヶ月の時間は、にらみ合いを続けていたクリス達とジェイク達の間に、再び戦いの兆しをもたらしていた。
 それはカルロがこの地を遠く離れたからであった。カルロは南にある平原へと向かっていた。
 平原奪取の任にはアンナとレオン将軍が当たっていたが、敵の戦力が平原に集中しているらしく、その戦況は芳しくなかった。
 平原の守りが安定しなければ、クリス将軍達が守る北の地への補給がままならない。カルロが派遣されるのは致し方ないことであった。
 そしてこの期をジェイクが見逃すはずも無かった。

   ◆◆◆

 翌週――

 押し寄せてきたジェイクの軍をクリス将軍は城の外で迎え撃った。

「お前の親父さんが離れた途端にこれかよ」

 ディーノはうんざりした表情でそう言った。
 傍にいたアランはある場所を指差しながら口を開いた。

「敵に今まで見たことが無い部隊がいるな」

 ディーノは遠くを見るように額に手を当て、アランが指差す方を眺めた。

「……ああ、確かにあの軍旗は見たことねえな」
「敵の増援部隊か」
「そうだろうな。まったく厄介だぜ。こっちはまだ城の修復が済んでねえってのに」
「今城になだれ込まれたらまずいな。守りようが無い」
「そうだな。まあ、こっちの方が数は上だし、何とかなるだろ」

 クリスの城はまだ城壁と門の修復が済んでいない。そして、城内にある兵糧を破壊されれば、この地に留まることすら難しくなる。

 そうしてしばらく敵と見合った後、中央にいるクリスは声を上げた。

「敵を城に近づけるな! 回りこまれないように陣形は広く取れ!」

 クリスは横に広い一列の陣形を取るように指示した。総大将であるクリスの部隊を中央に、右翼にはアランの部隊が、そして左翼にはディーノを含む部隊が配置された。

 この陣形を見たジェイクは誰に話しかけるでもなく口を開いた。

「敵は広く布陣したようだな。城を攻められるのを恐れてのことか」

 そしてジェイクは振り返り、兵士達を見渡しながら声を上げた。

「予想通りだな。全軍、ゆっくりと前進しろ!」

 予想通り、その言葉が示すとおりジェイク達はあることを狙っていた。

   ◆◆◆

 クリスとジェイク、両軍はゆっくりと前進していった。
 互いの陣容を見比べてみると、数はクリスのほうが圧倒的であった。少なく見積もっても、兵力差は二倍以上あった。
 これだけの戦力差があるにも拘らず、何かを仕掛けてくる素振りを見せないジェイク軍の動きをクリスは怪しんでいた。
 しばらくしてクリスは前進を止めた。これには何か理由があるわけではなく、ただの直感であった。
 クリスは背後にある城との距離を気にしていた。前進を止めたのは、これ以上城から離れるのはまずいと感じたからだ。
 その距離感は絶妙であった。どこから奇襲されても防衛が間に合う、そんな距離であった。
 対するジェイクは足を止めたクリス達を見て眉をひそめた。

(もう少し奴らを城から離したいが、動く気配が全く無いな)

 仕方ない、と考えたジェイクは全軍に号令を発した。

「全軍突撃だ! 中央にいる敵大将のクリスを狙うぞ!」

 ジェイクは自身を先頭とした突撃の陣形を組み、クリス目掛けて猛進していった。
 これを見たクリスは自身の部隊を少し後退させ、両翼にいるアランとディーノの部隊をジェイクに差し向けた。
 すさまじい勢いで突撃してくる敵を前にしてもクリスは冷静であった。これまでの激戦が彼の精神を強くしていた。
 そして間もなくアランとディーノ達は交戦を開始した。
 戦況は優勢であった。単純に数で圧倒しているのもあるが、アランとディーノ達が突撃してきたジェイクの軍を左右から挟みこんだことが功を奏していた。このまま何事もなければアランとディーノ達が敵を押しつぶし、それでこの戦いは終わるように思えた。
 しかし、このような有利な状況にも拘らず、クリスは自身の部隊をさらに後方に下げた。

(敵に退く気配が無い。だが、このまま押しつぶされるような愚かな相手とも思えない)

 クリスのこの判断が正しかったことはすぐに明らかになった。

「クリス様! 左方から敵の増援が!」

 言われるよりも早く、クリスの目はそれを捉えていた。
 敵の増援の数はジェイクの部隊よりも多かった。しかしクリスの目はその中のある一点のみを見つめていた。
 クリスが注視していたもの、それは増援部隊の先頭を走る一人の男の姿であった。
 地面の上を高速で滑空するように走るその姿、あんな走り方が出来る人間をクリスは一人しか知らない。

「増援部隊を率いているのはリックだ!」

 クリスは反射的に声を上げた。そしてその名を聞いた兵士達に緊張が走るのをクリスは確かに感じた。
 この時、クリスは一瞬だけ迷った。勝てるのか? その心はほんの僅かだけ萎縮したが、クリスはすぐに気を取り直し、声を上げた。

「奴等の狙いは城だ! これより我が隊は城の防衛に回る! あの敵増援に向かって突撃するぞ!」

 クリスはできる限り力強い声でそう言った。皆をではない、誰よりも自分を奮い立たせるために。

   ◆◆◆

「おい! やべえぞ、アラン!」

 リックに向かって突撃するクリスを見たディーノはそう叫んだ。
 クリスを守らなくてはならない、そう思ったのはディーノだけではなく、アランも同じあった。

「まずいな、早く救援に――」

 言いながらアランは走り出そうとしたが、ディーノがこれを制止した。

「俺のほうが速い! 俺が行く! お前はここの守りを頼む!」

 ディーノはそう言って走り出した。アランはこれに異を唱えなかった。アランよりもディーノのほうが俊足であるのは事実であったからだ。

   ◆◆◆

 間もなくしてクリス達はリックと戦闘を開始した。

「乱戦にもちこませるな!」

 クリスはそう声を上げ、リックの突撃を阻止しようと前面に大盾兵で壁を作った。しかしそれは何の意味も成さなかった。
 リックは一跳びでその壁を飛び越えた。
 地面に降り立つ。そこへ待っていたとばかりに光弾が次々と襲い掛かる。
 リックはそれらをひらりひらりと避け、時に光る拳で叩き払った。
 攻撃が止む。それは僅かな時間だったが、リックにはそれで十分だった。
 一気に接近する。対する兵士は防御魔法を展開したが、助走の乗ったリックの光る拳はこれを貫き、その手を打ち砕いた。
 よろめいたところにとどめの一撃。同時に視線を流し、周囲の確認を行う。
 地を蹴り、次の目標へ。飛んできた光弾を叩き払い、敵の背に回りこむ。
 振り返られる前に一撃。再び周囲の確認を行う。
 クリスの姿がリックの視界に入る。あと三人ほど抜けば辿り着くだろう。
 そして、この勢いに当てられたのか、クリスの傍にいた臣下ハンスが声を上げた。

「クリス様! ここは一旦城にお引き下さい!」

 クリスは怒鳴りつけるように言葉を返した。

「駄目だハンス! いま総大将であるこの私が引くことはできない! これ以上奴を調子付かせてはならぬ!」

 そう言ってクリスは戦闘態勢を取った。これを見たハンスも同様に覚悟を決めた。

(さすがクリス。やはり逃げないか)

 気迫を見せるクリスに対し、リックにはそんなことを考える余裕があった。
 リックがクリスに向かって突撃する。対するクリスは向かってくるクリスに対し炎の魔法を放った。
 クリスが放った炎はクリスの足元に着弾した。広がる炎の波に、リックは足を止めた。

(カルロと俺の戦いを見ていたのか。俺の足を封じる戦法を取る気のようだな)

 クリスは連続で炎を放った。それはリックの足元だけでなく、時にリックを直接狙ったものも含まれていた。
 これをリックは大きな動きで避けた。クリスだけでなく、他の魔法使い達からの攻撃もあったからだ。
 しかしそれでもリックにはまだ余裕があった。リックはクリスの放つ炎を見ながら、どう攻め込むかを考えていた。

(悪くない戦い方だ。しかしクリスよ、お前はひとつ大事なことを忘れている)

 旋回するような動きを取っていたリックは急停止した後、クリスに向かって真っ直ぐに突っ込んだ。
 これをクリスは両腕で放つ最大出力の炎で迎え撃った。
 リックはその炎を前にしながら、

(お前の炎はカルロには遠く及ばん!)

 そう心の中で叫びながら鋭く息を吸い込み、脇の下に引いた右手に魔力を込めた。
 リックはそのまま輝く右手を突き出した。その手の形は掌打。そしてリックは右手を前に出しながら手首をすばやく内側に捻り込んだ。
 結果、その掌打から放たれた光魔法には鋭い回転が加えられた。またその光魔法は光弾と呼べるような丸みをもったものでは無く、防御魔法に近い傘のような形状をしていた。
 回転する「光の傘」はクリスが放った炎を弾くのではなく、巻き込みながら引き裂いていった。
 これは偉大なる大魔道士の一族に伝わる「炎払い」という技であった。その名の通り、防御しづらい炎魔法を防ぐために編み出されたものである。リックの魔力ではカルロやアンナほどの規模の炎魔法には通じないが、クリス相手には十分であった。
 クリスが放った全力の炎はリックの技の前に霧散した。そしてリックは攻撃後の隙を晒すクリスに向かって突撃した。

(もらった!)

 リックは勝利を確信しながら拳に魔力を込めた。
 しかし直後、クリスは思いもよらぬ行動に出た。
 クリスは炎の魔力を込めた自身の右拳を振り下ろし、地面に叩きつけた。
 結果、クリスの右拳を中心に、火柱が舞い上がった。

「!」

 これに驚いたリックは反射的に距離を取った。その火柱は当然のごとくクリス自身を飲み込んでいた。
 そしてしばらくして炎が消えると、そこにはその身を焼かれながらも鋭い眼光で仁王立ちするクリスの姿があった。

「炎の一族をなめるな!」

 クリスはこれまでにない気迫とともにそう言い放った。風に翻るたびに火の粉を撒き散らすマントを背負ったその姿は幻想的であり、威圧感があった。
 直後、場の空気が変わるのを皆が感じた。それは冷たさを含んでいた。
 その空気の発生源はリックであった。
 リックがした事は動きを止め、構えを整えただけである。しかしその表情にはこれまでにない凄みがあった。

(非礼を詫びよう。お前をそのへんの雑魚と同じようにあしらおうとしたことを)

 クリスの気迫に触発されたリックは、敬意と必殺の覚悟を持って挑もうとしていた。

 じり、と、リックが間合いを詰める。

 つま先が地に食い込む。リックの上半身が前傾し、その影が鋭く前へ飛び出ようとした瞬間――

「!」

 耳に飛び込んできた風切音に、思わず足を止める。
 直後、リックが視線を移すよりも早く、彼の目の前に槍斧が突き立った。
 それが飛んできた方向に顔を向ける。そこには大盾を正面に構えながら突進してくるディーノの姿があった。
 迫るディーノに向かって身構える。リックは盾ごと打ち抜く算段であった。
 だが、ただの体当たりがリックに通じないことをディーノは百も承知していた。
 ディーノはリックの間合いに入った瞬間、リックの真横を通り抜けるように軌道を変えた。結果、リックが放った光る拳は空振りとなった。
 そして当然であるが、ディーノが何もせずリックの真横を通り抜けるはずがない。ディーノは走る勢いをそのままに、武器を持っていない空いた右手で真横にいるリックの顔を掴んだ。

「っ!?」

 首が抜けるような激痛にリックは声を漏らしたが、口を塞がれているためかそれは言葉にはなっていなかった。
 ディーノはリックの顔を掴んだ右手をそのまま真下に振り下ろし、その後頭部を地面に叩きつけようとした。
 しかしリックがそんなことを黙って許すはずが無かった。
 リックは自身の顔の前に防御魔法を展開した。盾のように広がった防御魔法はディーノの腕を弾き飛ばした。
 拘束を解いたリックはそのまま体の反りと勢いを利用してバク転し、体勢を立て直した。

(ああ、糞! こうなるだろうと覚悟はしてたが、すげえいてえ!)

 ディーノは痛みを表情に出しながら防御魔法を叩きつけられた右手の状態を確認した。握り締めた右手から伝わる力強さから、戦闘に支障は無いと思われた。
 すぐさま槍斧を拾い直す。そして、ディーノはクリスを庇う様にリックと対峙した。

(まあ、とりあえず危機は脱したか? 今回はクリス様もいるし何とかなるだろ)

 そんな調子のいいことを考えていたディーノであったが、ひとつ気がかりなことがあった。
 アランの方は大丈夫なのか、と――
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