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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十六話 暴風が如く(8)
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止まっていたはずの心臓は活発に動いている。
心臓の周りで星々が煌いている。
その星のうちのいくつかが心臓から離れ、血の溜まった肺に取り付いた。
すると直後、
「げほっ!」
クレアは盛大にその血を吐き出した。
そしてクレアの中から再び声が響いた。
「これで呼吸は問題無い」「心臓をもっと速く動かせ。血が足りない。血の循環速度を上げろ」
声が連鎖し、響き続ける。
「背中の反応が相変わらず鈍い」「この体は脳死状態から何分経っている?」
誰かの質問に誰かが答える。
「脳の回路のいくつかが死んでる」「魂で繋ぎ直せ」「その魂の補給がまだ弱い。修理するならそっちが先だ」
それらの声には焦りが含まれていたが、その色は徐々に薄くなっているようであった。
作業が着実に進んでいる気配が声色から漂っている。
そしてその理由を、直後に誰かが響かせた。
「いいぞ、やはりこの体は相性が良い」と。
響いたその言葉に、
「!」
ルイスは目を見開いた。
そして気付いた。
シャロンが逃げなかった理由を。
『混沌の目的』はどこかで変わったのだ。『戦闘』から『移住』に。
どこからかは定かでは無い。証拠が無い。が、恐らく、カルロの自爆にやられたところからだろう。
混沌は制御が難しくなった女と、そうなるほどの重症を負った体に見切りをつけたのだ。
そして幸いなことに移住可能な肉体は存外近くにあり、それは既に空き家だった。
そこからシャロンの混沌の目的は変わったのだ。
新たに設定された目的、それは恐らく、
(時間稼ぎ、か?)
と、ルイスは尋ねた。
しかし返事は当然無い。
だが、回答の有無はどうでも良かった。そう考えれば全てに辻褄が合うからだ。
時間稼ぎはやらなければならなかったのだ。
「移住」という大きな行動を察知出来なかったのがその根拠の一つ。
雲水が使った「手紙」と同じ手で、虫を少しずつクレアの亡骸の中に移動させたのだ。
しかしこのような一発本番を強いられることになるとは、移住先を看破されるとは予想していなかったのだろう。
移住作業がまだ始まったばかりなのがその証拠。
(ならば、まだ!)
ルイスは自分がやるべきことを叫んだ。
(乗っ取りが完全に完了する前に!)
仕留める、そう考えたルイスは擬態させた虫を、混沌をクレアに向けて放った。
先は矢そのものに擬態させたが、今回の擬態は花粉のようなもの。
そこら中に生えている魂の花、藻のようなものが吐き出している花粉、もしかしたら種かもしれないものだ。
そのようなものに偽装して放たれた混沌は、他のそれらと同じようにまるで風の中に漂うが如く振る舞い、しかし着実にクレアに近付いていった。
が、直後、
(?! 何!?)
それを見たルイスは思わず驚きの声を上げた。
クレアの顔の周りで、脳を守るように大量の虫達が高速旋回を始めたのだ。
魂の尾を糸とするならば、まるで頭が繭に包まれているかのように見えるほどの数と旋回速度。
雲水が放った混沌はその繭に向かって突撃したが、あっさりとぶつかり、止められ、それを察知し集まってきた虫達に食い破られた。
これが女が見出した「擬態」に対する防御手段。
外観などの情報で判断出来ないのであれば、しらみつぶしに動いてぶつかり、捕まえて調べればいいのだ。張り付いて食い破り、中を開いて調べれば、それが偽者であるかどうかは判明する。非効率だが確実だ。
されどこの防御方法では先の矢のような攻撃は防げない。ただの虫では速度を有した重量物は止められないからだ。
だが、機械弓はもう使えない。
ゆえにルイスは、
(ならば!)
と、別の手を打った。
大量の虫を放つ。すなわち、物量作戦。
手加減の無い全力。頭痛がするほどの。
しかしどれも擬態はさせていない。
出来ないのだ。
擬態出来るということはすなわち、自在に変形出来る、ということ。
アランのような特徴を持っていなければ不可能だ。
では、ルイスはどうやったのか?
答えは単純。ナチャから工場をまるごと借りたのだ。
しかしルイスの食堂ではこの工場を維持することは出来ない。徐々に弱っていく。ゆえに当然、制限時間があるだけでなく、擬態の弾数にも限りがある。
そして弾の残数はあと一発。
だから、ルイスはこの物量攻めに期待を込めていた。
が、
(くそ! 駄目か!)
願いは届かず、全て食い止められた。
相手の魂を消耗させる時間稼ぎにしかなっていない。
(……ならばっ!)
次に思いついたのは投石。
魂を込められる大きさがあって、投げられれば何でもいい。最後の一発をそれに込める。
その点で矢束を機械弓のベルトに取り付けていたのは失敗だった。ダーツの要領で投げられる矢が手元に残っていれば、あれを終わらせられただろう。
ルイスはそんなことを考えながら、背後にある瓦礫を両手でまさぐった。
ヒビの入ったものを掴み、力を込める。
「ぐ……!」
しかしびくともしない。
刃を捨てたのも失敗だった。短くとも硬くて細いものがあれば、てこの原理で破壊出来たかもしれない。刃そのものを投げるという手もあった。
そして、これは素手では無理だという、絶望的結論を導き出すまでにさほど時間は要しなかった。
もう手っ取り早そうな手は何も思いつかない。
だから、ルイスは一番選びたくない手を選んだ。
(こうなれば、なんとかして直接……!)
相手が本格的な活動を始める前に、人格が完成する前に、直接なぐりかかる!
覚悟を決めたルイスは、自身を右肩を串刺しにしている鉄棒を両手で掴み、
「ぬうううっ!」
力を込めた。
しかしびくともしない。
棒を引き抜くことは不可能のようであった。
こうして無駄にあがいている間にも女の作業は進んでいる。
既に、人格の基礎は出来上がっていた。
機械的に動くだけならばもうじき出来るようになるだろう。
時間が無い。
こうなればもはや、自分が前へ抜け出すしかない。
そう判断したルイスは両手に込めた力の向きを逆向きに変えた。
棒を手前に引き寄せるように、棒登りの要領で体をずるり、ずるりと、前へ。
「ぐ、おおおおっ!」
右肩の中で棒が擦れる痛みに負けじと、叫ぶ。
その悲痛な声が部屋全体に反響した瞬間、
「!」
ルイスはそれを感じ取った。
瓦礫の中で誰かが動いたのだ。
直後、その者はクレアが開けた穴から勢い良く飛び出した。
そして闇の中に舞い降りたその者は、その男は、リックであった。
心臓の周りで星々が煌いている。
その星のうちのいくつかが心臓から離れ、血の溜まった肺に取り付いた。
すると直後、
「げほっ!」
クレアは盛大にその血を吐き出した。
そしてクレアの中から再び声が響いた。
「これで呼吸は問題無い」「心臓をもっと速く動かせ。血が足りない。血の循環速度を上げろ」
声が連鎖し、響き続ける。
「背中の反応が相変わらず鈍い」「この体は脳死状態から何分経っている?」
誰かの質問に誰かが答える。
「脳の回路のいくつかが死んでる」「魂で繋ぎ直せ」「その魂の補給がまだ弱い。修理するならそっちが先だ」
それらの声には焦りが含まれていたが、その色は徐々に薄くなっているようであった。
作業が着実に進んでいる気配が声色から漂っている。
そしてその理由を、直後に誰かが響かせた。
「いいぞ、やはりこの体は相性が良い」と。
響いたその言葉に、
「!」
ルイスは目を見開いた。
そして気付いた。
シャロンが逃げなかった理由を。
『混沌の目的』はどこかで変わったのだ。『戦闘』から『移住』に。
どこからかは定かでは無い。証拠が無い。が、恐らく、カルロの自爆にやられたところからだろう。
混沌は制御が難しくなった女と、そうなるほどの重症を負った体に見切りをつけたのだ。
そして幸いなことに移住可能な肉体は存外近くにあり、それは既に空き家だった。
そこからシャロンの混沌の目的は変わったのだ。
新たに設定された目的、それは恐らく、
(時間稼ぎ、か?)
と、ルイスは尋ねた。
しかし返事は当然無い。
だが、回答の有無はどうでも良かった。そう考えれば全てに辻褄が合うからだ。
時間稼ぎはやらなければならなかったのだ。
「移住」という大きな行動を察知出来なかったのがその根拠の一つ。
雲水が使った「手紙」と同じ手で、虫を少しずつクレアの亡骸の中に移動させたのだ。
しかしこのような一発本番を強いられることになるとは、移住先を看破されるとは予想していなかったのだろう。
移住作業がまだ始まったばかりなのがその証拠。
(ならば、まだ!)
ルイスは自分がやるべきことを叫んだ。
(乗っ取りが完全に完了する前に!)
仕留める、そう考えたルイスは擬態させた虫を、混沌をクレアに向けて放った。
先は矢そのものに擬態させたが、今回の擬態は花粉のようなもの。
そこら中に生えている魂の花、藻のようなものが吐き出している花粉、もしかしたら種かもしれないものだ。
そのようなものに偽装して放たれた混沌は、他のそれらと同じようにまるで風の中に漂うが如く振る舞い、しかし着実にクレアに近付いていった。
が、直後、
(?! 何!?)
それを見たルイスは思わず驚きの声を上げた。
クレアの顔の周りで、脳を守るように大量の虫達が高速旋回を始めたのだ。
魂の尾を糸とするならば、まるで頭が繭に包まれているかのように見えるほどの数と旋回速度。
雲水が放った混沌はその繭に向かって突撃したが、あっさりとぶつかり、止められ、それを察知し集まってきた虫達に食い破られた。
これが女が見出した「擬態」に対する防御手段。
外観などの情報で判断出来ないのであれば、しらみつぶしに動いてぶつかり、捕まえて調べればいいのだ。張り付いて食い破り、中を開いて調べれば、それが偽者であるかどうかは判明する。非効率だが確実だ。
されどこの防御方法では先の矢のような攻撃は防げない。ただの虫では速度を有した重量物は止められないからだ。
だが、機械弓はもう使えない。
ゆえにルイスは、
(ならば!)
と、別の手を打った。
大量の虫を放つ。すなわち、物量作戦。
手加減の無い全力。頭痛がするほどの。
しかしどれも擬態はさせていない。
出来ないのだ。
擬態出来るということはすなわち、自在に変形出来る、ということ。
アランのような特徴を持っていなければ不可能だ。
では、ルイスはどうやったのか?
答えは単純。ナチャから工場をまるごと借りたのだ。
しかしルイスの食堂ではこの工場を維持することは出来ない。徐々に弱っていく。ゆえに当然、制限時間があるだけでなく、擬態の弾数にも限りがある。
そして弾の残数はあと一発。
だから、ルイスはこの物量攻めに期待を込めていた。
が、
(くそ! 駄目か!)
願いは届かず、全て食い止められた。
相手の魂を消耗させる時間稼ぎにしかなっていない。
(……ならばっ!)
次に思いついたのは投石。
魂を込められる大きさがあって、投げられれば何でもいい。最後の一発をそれに込める。
その点で矢束を機械弓のベルトに取り付けていたのは失敗だった。ダーツの要領で投げられる矢が手元に残っていれば、あれを終わらせられただろう。
ルイスはそんなことを考えながら、背後にある瓦礫を両手でまさぐった。
ヒビの入ったものを掴み、力を込める。
「ぐ……!」
しかしびくともしない。
刃を捨てたのも失敗だった。短くとも硬くて細いものがあれば、てこの原理で破壊出来たかもしれない。刃そのものを投げるという手もあった。
そして、これは素手では無理だという、絶望的結論を導き出すまでにさほど時間は要しなかった。
もう手っ取り早そうな手は何も思いつかない。
だから、ルイスは一番選びたくない手を選んだ。
(こうなれば、なんとかして直接……!)
相手が本格的な活動を始める前に、人格が完成する前に、直接なぐりかかる!
覚悟を決めたルイスは、自身を右肩を串刺しにしている鉄棒を両手で掴み、
「ぬうううっ!」
力を込めた。
しかしびくともしない。
棒を引き抜くことは不可能のようであった。
こうして無駄にあがいている間にも女の作業は進んでいる。
既に、人格の基礎は出来上がっていた。
機械的に動くだけならばもうじき出来るようになるだろう。
時間が無い。
こうなればもはや、自分が前へ抜け出すしかない。
そう判断したルイスは両手に込めた力の向きを逆向きに変えた。
棒を手前に引き寄せるように、棒登りの要領で体をずるり、ずるりと、前へ。
「ぐ、おおおおっ!」
右肩の中で棒が擦れる痛みに負けじと、叫ぶ。
その悲痛な声が部屋全体に反響した瞬間、
「!」
ルイスはそれを感じ取った。
瓦礫の中で誰かが動いたのだ。
直後、その者はクレアが開けた穴から勢い良く飛び出した。
そして闇の中に舞い降りたその者は、その男は、リックであった。
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*荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください
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