2 / 57
02.俺、連行される
しおりを挟む
俺は主が下女に手をつけて生まれた不義の子だ。邸の主に無理やり手籠めにされた俺の母は、俺を産んですぐ亡くなったと聞いている。外聞を気にしてか外に放り出されることはなかった俺だが、その代わりに都合の良い労働力に仕立て上げられた。育てた恩を傘に、雀の涙ほどの薄給でこきつかわれる毎日を送っていた。
ただでさえ運の悪い生い立ちの俺だったが、その日は輪をかけて運が悪かった。
変な夢を見たのか、飛び起きた拍子にギシギシと音の鳴る粗末な寝台から転げ落ちてしまい、したたかに腰を打っただけでなく、左手小指の爪を割るというコンボに朝からへこんだ。
洗濯をしていた下女と廊下でぶつかり、転んだ拍子に相手の抱えていた洗濯物の、よりによって奥様の下着に爪をひっかけてしまい、繊細なレースの糸をほつれさせてしまうという失態を犯し、延々とねちねち説教をされた。そもそも本当に俺のせいでレースがほつれたのかも分からないというのに、だ。
罰としてただっぴろい庭園で雑草を抜くことを命じられ、せっせと励んでいたら旦那様の猟犬に吠えられて尻もちをついてズボンが汚れてしまったし、床を磨いていたら奥様付きのメイドが桶に躓いてひっくり返してくれやがった。しかも、人が通る場所に桶を置くなという説教までセットだ。どう掃除しろと言うんだ。
昼過ぎ、くうくうと鳴る腹を抱えていた俺に声を掛けてきたのは、この邸の坊ちゃんだった。昼飯抜きで坊ちゃんの部屋の掃除をしろと。この時点で嫌な予感しかしない。
坊ちゃんはいわゆる男色に興味を持ってしまった残念な跡取りで、男娼を買いに行く金がないときは手近なところで済ませようと考えるような下衆だった。不穏な気配を察知するたびに何とか逃げて来たが、今日は逃げる口実も思いつかない。
午前中、体調が優れないと言っていたので油断していた。どうやら仮病の類だったらしい。
坊ちゃんの悪趣味を止められる奥様は茶会に出席、そして旦那様は商談で不在。坊ちゃん自身も学友のところに出かける用事があると聞いていたが、体調不良を理由に部屋で寝ていた……はずだった。
(まぁ、この様子じゃ、本当に用事があったのかどうかも疑わしいがな)
俺はとうとう諦めるときなのかと項垂れた。正直、まだ女を知らないのに掘られるとか勘弁して欲しいんだが。
俺の諦念を悟ったのか、坊ちゃんがにやり、と口元を歪めたのが見えた。まともにしていれば見られなくもない顔の筈だが、性格が顔に出ると途端に醜い顔になる。
坊ちゃんの生温かい吐息が、俺の耳をくすぐり、走る悪寒に肌が粟立った。だが、それでも逃げる動きはみせられない。
決して、好き好んで目の前の男に身体を明け渡すわけではない。ささやかな矜持が無様に逃げるのをよしとしなかったし、今後の保身もあった。ここを追い出されたら本気で行く場所もないし、野垂れ死ぬ未来しか見えない。
ガンガンガン!
ドアを壊さんばかりのノックの音に、身体を震わせたのは、俺だけでなく坊ちゃんもだった。
「あの下郎はここに居るの? 開けなさい!」
響いた甲高い声は、紛れもなく奥様のものだ。もちろん、ドアを叩いているのは従僕だろう。
渋々といった様子で坊ちゃんが部屋の鍵を開けると、悪鬼羅刹のような形相の奥様がそこに立っていた。
「お前! いったい何をしたんだいっ!?」
ふしだらな男。淫売と罵られることを予想していたが、奥様が叫んだ内容には首を傾げることしかできなかった。
そこまで怒られることは何もしていないが、反論する間もなく従僕に引っ張られるようにして馬車に押し込められ、向かった先はこの国を治める王の住まう、城だった。
そこで待ち受けていたのは邸の旦那様だ。父親だなんてこれっぽっちも考えたことはない。
ピシリと整った姿の旦那様と、茶会に行くために着飾っていた奥様。その二人に連れられる俺は、着古したお仕着せのままで、どうにも城の内観にそぐわない。萎縮する俺を引きずるように向かった謁見の間で待っていたのは、俺も絵姿で見たことのあるこの国の王、その人だった。
ただでさえ運の悪い生い立ちの俺だったが、その日は輪をかけて運が悪かった。
変な夢を見たのか、飛び起きた拍子にギシギシと音の鳴る粗末な寝台から転げ落ちてしまい、したたかに腰を打っただけでなく、左手小指の爪を割るというコンボに朝からへこんだ。
洗濯をしていた下女と廊下でぶつかり、転んだ拍子に相手の抱えていた洗濯物の、よりによって奥様の下着に爪をひっかけてしまい、繊細なレースの糸をほつれさせてしまうという失態を犯し、延々とねちねち説教をされた。そもそも本当に俺のせいでレースがほつれたのかも分からないというのに、だ。
罰としてただっぴろい庭園で雑草を抜くことを命じられ、せっせと励んでいたら旦那様の猟犬に吠えられて尻もちをついてズボンが汚れてしまったし、床を磨いていたら奥様付きのメイドが桶に躓いてひっくり返してくれやがった。しかも、人が通る場所に桶を置くなという説教までセットだ。どう掃除しろと言うんだ。
昼過ぎ、くうくうと鳴る腹を抱えていた俺に声を掛けてきたのは、この邸の坊ちゃんだった。昼飯抜きで坊ちゃんの部屋の掃除をしろと。この時点で嫌な予感しかしない。
坊ちゃんはいわゆる男色に興味を持ってしまった残念な跡取りで、男娼を買いに行く金がないときは手近なところで済ませようと考えるような下衆だった。不穏な気配を察知するたびに何とか逃げて来たが、今日は逃げる口実も思いつかない。
午前中、体調が優れないと言っていたので油断していた。どうやら仮病の類だったらしい。
坊ちゃんの悪趣味を止められる奥様は茶会に出席、そして旦那様は商談で不在。坊ちゃん自身も学友のところに出かける用事があると聞いていたが、体調不良を理由に部屋で寝ていた……はずだった。
(まぁ、この様子じゃ、本当に用事があったのかどうかも疑わしいがな)
俺はとうとう諦めるときなのかと項垂れた。正直、まだ女を知らないのに掘られるとか勘弁して欲しいんだが。
俺の諦念を悟ったのか、坊ちゃんがにやり、と口元を歪めたのが見えた。まともにしていれば見られなくもない顔の筈だが、性格が顔に出ると途端に醜い顔になる。
坊ちゃんの生温かい吐息が、俺の耳をくすぐり、走る悪寒に肌が粟立った。だが、それでも逃げる動きはみせられない。
決して、好き好んで目の前の男に身体を明け渡すわけではない。ささやかな矜持が無様に逃げるのをよしとしなかったし、今後の保身もあった。ここを追い出されたら本気で行く場所もないし、野垂れ死ぬ未来しか見えない。
ガンガンガン!
ドアを壊さんばかりのノックの音に、身体を震わせたのは、俺だけでなく坊ちゃんもだった。
「あの下郎はここに居るの? 開けなさい!」
響いた甲高い声は、紛れもなく奥様のものだ。もちろん、ドアを叩いているのは従僕だろう。
渋々といった様子で坊ちゃんが部屋の鍵を開けると、悪鬼羅刹のような形相の奥様がそこに立っていた。
「お前! いったい何をしたんだいっ!?」
ふしだらな男。淫売と罵られることを予想していたが、奥様が叫んだ内容には首を傾げることしかできなかった。
そこまで怒られることは何もしていないが、反論する間もなく従僕に引っ張られるようにして馬車に押し込められ、向かった先はこの国を治める王の住まう、城だった。
そこで待ち受けていたのは邸の旦那様だ。父親だなんてこれっぽっちも考えたことはない。
ピシリと整った姿の旦那様と、茶会に行くために着飾っていた奥様。その二人に連れられる俺は、着古したお仕着せのままで、どうにも城の内観にそぐわない。萎縮する俺を引きずるように向かった謁見の間で待っていたのは、俺も絵姿で見たことのあるこの国の王、その人だった。
0
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完】BLゲームに転生した俺、クリアすれば転生し直せると言われたので、バッドエンドを目指します! 〜女神の嗜好でBLルートなんてまっぴらだ〜
とかげになりたい僕
ファンタジー
不慮の事故で死んだ俺は、女神の力によって転生することになった。
「どんな感じで転生しますか?」
「モテモテな人生を送りたい! あとイケメンになりたい!」
そうして俺が転生したのは――
え、ここBLゲームの世界やん!?
タチがタチじゃなくてネコはネコじゃない!? オネェ担任にヤンキー保健医、双子の兄弟と巨人後輩。俺は男にモテたくない!
女神から「クリアすればもう一度転生出来ますよ」という暴言にも近い助言を信じ、俺は誰とも結ばれないバッドエンドをクリアしてみせる! 俺の操は誰にも奪わせはしない!
このお話は小説家になろうでも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
幼子家精霊ノアの献身〜転生者と過ごした記憶を頼りに、家スキルで快適生活を送りたい〜
犬社護
ファンタジー
むか〜しむかし、とある山頂付近に、冤罪により断罪で断種された元王子様と、同じく断罪で国外追放された元公爵令嬢が住んでいました。2人は異世界[日本]の記憶を持っていながらも、味方からの裏切りに遭ったことで人間不信となってしまい、およそ50年間自給自足生活を続けてきましたが、ある日元王子様は寿命を迎えることとなりました。彼を深く愛していた元公爵令嬢は《自分も彼と共に天へ》と真摯に祈ったことで、神様はその願いを叶えるため、2人の住んでいた家に命を吹き込み、家精霊ノアとして誕生させました。ノアは、2人の願いを叶え丁重に葬りましたが、同時に孤独となってしまいます。家精霊の性質上、1人で生き抜くことは厳しい。そこで、ノアは下山することを決意します。
これは転生者たちと過ごした記憶と知識を糧に、家スキルを巧みに操りながら人々に善行を施し、仲間たちと共に世界に大きな変革をもたす精霊の物語。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜
犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。
この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。
これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。
独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活
髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。
しかし神は彼を見捨てていなかった。
そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。
これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる