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04.俺、珍獣扱いされる

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「おぉ、起きた起きた」
「へー、黒い目なんだ。黒スグリみたい」
「そんなこと言うなよ、非常食に見えてくるじゃんか」

 俺が目を覚ましたとき、見知らぬ人たちに取り囲まれていた。……ってか、こういうときって、見知らぬ天井を見て「ここどこだ?」ってなるところじゃないの? なんで知らない人の中に転がされてるわけ?

「えぇと……」

 起き上がった俺がきょろきょろと周囲を見回すが、俺を連れて来た男の姿はなかった。代わりに「おぉ、同じ言語?」「アホ。だから共通語って言うんだろ」「角もないのに動いてるー」と周囲が湧く。なに、俺。珍獣扱いなの?

「起きたのなら、殿下のところに連れて行けよ」
「えー、誰が?」
「オレはパス」
「あたしも面倒だしー」

 俺の困惑もよそにジャンケンを始めた周囲の面々の中で、とうとう負けたのは白髪ツインテールのお嬢さんだった。長く整えられた爪が虹色に塗り分けられているのはオシャレの一環……なのかなぁ。

「ちぇー、ちょーめんどー」

 口をつん、と尖らせた彼女は「ついて来てー」と俺に呼びかけると、すたすたと歩き始める。慌てて俺がついていくも、こちらを気にした様子がないのは、本当に案内する気がないのかもしれない。

「殿下―、モルモットが起きたよー」
実験動物モルモット!?)

 思わず半歩下がってしまった俺は悪くない。

「……入れろ」
「はいはーい♪」

 彼女が扉を開けると、黒っぽくて重厚そうな見た目の机に座る、双角の男の姿が見えた。何やら書類をめくっているようでこちらに目を向けもしない。

「そこで座って待て」
「え? あ、はい」

 言われるがままに応接スペースのソファに座る。案内してきた彼女は、いつの間にか戻ってしまっていたので俺一人だ。
 深く沈むソファに居心地の悪さを感じつつ、俺はひたすら待った。しばらく紙をめくる音だけが聞こえるが、それ以外は静かなものだ。

――――俺、どうなるんだろ。
なんかもう、今日一日で色々あってわけわかんなくなってきた。っていうか、まだ今日で合ってるのかどうかもわからんし。
 あー、腹減ったな。朝にうっすい麦粥を食ってから何も……あぁ、騎士サマに干し肉もらったっけ。それだけで急転直下の今日をしのいでいるんだから、俺ってばすごいんじゃないか? いや、でも腹減った。

 もはや鳴りもしない自分の腹を眺めていたら、ぱさり、と書類を置く音がした。

「待たせたな」

 立ち上がった男は、ゆったりとした動作で俺の目の前に座る。深く沈むソファに悠然と身体を預けている様子を見ると、なんだか浅く腰掛けてしまっている自分の小市民っぷりが際立つようだ。

「何から話すか。……あぁ、腹が減っているのか。遠慮せずに食べろ」

 なんで空腹がバレたのかは分からないが、男が手を振った途端にテーブルに出現した果物のカゴ盛りに俺は目を丸くした。だが、食えるときに食っておかないと、というのはあの邸で生活するうちに身に着いた鉄則だ。見知らぬ果物を避けて、リンゴっぽい実をもらうと、そのままかじりついた。じゅわっと口に広がる甘酸っぱい果汁に、口は止まることなく丸々一個を完食する。

「なんだ、本当に腹が減っていたのか」
「……すみません。朝食以降は何も口にできていなかったものですから」
「なるほど? どうやら向こうは余程迅速に動いてくれたらしいな」

 くつくつと笑う男の口振りから察するに、俺を指名した件だと思う。そうだ。どうして俺を指名したのか聞かなければ。そう思って口を開きかけたところ、機先を制された。

「そう焦るな。お前の名は?」
「俺は、ミケーレ、です」
「人の国の王からは、何と言われて連れ出された?」
「何も」
「何も?」

 俺はできるだけ簡潔に、勤めていた邸から王城に連れ出され、王と宰相に会って姿形を確認されただけで、そのまま森まで連れて来られたことを説明した。

「……成程なぁ」

 にやり、と男が笑う。改めてこの男をまじまじと見ると、魔族特有の灰色の肌に立派な角を持っていることを除けば、なかなかの美形の部類なんじゃないかと思えた。そんな男が口の端を持ち上げただけで、随分と魅力的に感じる。いや、俺に男色のケはないけれど。

「オレはアウグスト・レオ・ゲッツィ。お前らの言う魔族を治める王の第二子、まぁ第二王子ってところだ」
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