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44.俺、親子団欒する

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「……ってな感じで、マルチアに怒られました」
「ふむ、そうか。それにしても、あのマルチアから『ペンペン草』などという単語が飛び出すとはな」
「殿下の知るマルチアは、そういうことを言いそうにないんですか?」

 相変わらず殿下の引き締まった腕の中で横になる俺は、沈黙に耐えられずにマルチアとの会話をぶちまけていた。おい、誰だ、ピロートークとか言ったの。その口を縫い付けてやろうか。

「あれの兄がオレの側近でな。お転婆だと聞いてはいたが、オレの前ではしおらしくしておるので、お転婆なのは幼少の頃のみだと思っていたが……」
「口は達者ですよ。あと、優しいんですが、その優しさがすごくわかりにくくて」
「ふむ、気に入ったか?」
「……性格は好きですけど、異性としてはちょっと」

 いやいや、ツンツンしてるし、分かりにくいし、正直面倒だろ。

「ふむ、そうか。人と魔族がつがうのも面白いと思ったが」
「面白がらないでください」

 殿下がくつくつ笑うので、抱き枕状態の俺の身体も小刻みに揺れる。

「他人の心中を慮るな、とか初めて言われましたよ」
「そうか? オレはよく下の者の気持ちに寄り添い過ぎるな、と怒られるが」
「それは帝王学的なものなんじゃないですか? 意味合いが違うと思います」

 下の者っていうか、殿下にとっては下々の者だろうよ。よくお邸の坊ちゃんも「下々の」とか「下等な」とか「下賤な」とか使ってたな。俺と半分は血が繋がってるとか、今でも考えたくない。

「それで、知りたいか?」
「……はい?」

 ちょっぴり卑屈になっていたせいで、殿下の問いかけに反応するのが遅れてしまった。え、知りたい? 何を?

「オレが王位を欲しているのか否か、だ」
「知りたくないと言えば嘘になりますけど、無理してまで知りたくはないですね」
「そういうものか?」

 殿下の声に、少しだけ意外そうな響きがあるような気がして、俺は理由を告げる。

「だって、それを知ったからって、何も変わりませんから。いつも通り食事作って、掃除して、意識しないままなんか色々吸い取って、たまに隠れて、そういう生活は変わらないですよね?」
「ふむ、そういう考え方もあるのか」

 どうしたんだろう。なんだか元気がなくなってしまったような……? もしかして、俺の返事が良くなかったのか? え、どこが? どこがマズかった?

『パパー』
『父上』

 俺の胸の前で団子のように引っ付いて寝ていたはずのエンとスイが、ぴょこぴょこん、と飛び出した。

『なでなでー』
『頭を失礼します、父上』

 恐ろしくて確認できないんだが、まさか、エンとスイが殿下の頭を撫でているのか!? なにゆえ!?

「あぁ、気にするでない。本当にお前達はいい気性をしているな」
「……殿下、パパとか父上って呼ばれることに抵抗はないんですか?」
「ふむ、気に入らぬ輩ならともかく、二人ともいのでな」

 エンはともかく、スイの属性には直接殿下は関係ないはずなんだけどな? それでも父上呼びなのが不思議なんだが。……まぁ、いいか。別に俺に影響ないし。

「すいません。よく俺がこいつらを撫でてるせいか、二人とも真似したいみたいで」
「構わぬ。誰かに撫でられることなど、ついぞなかったことだ。何やらくすぐったいものだな」

 何がなんだか分からないが、とりあえず殿下の気分も上昇したようなので、よしとしておこう。

「あぁ、お前は気にせんでよいぞ?」
「?」
「俺がどうあろうとも、やることに変わりはないと言い切る者は希有でな。どうも、オレも知らぬうちに権力争いに疲れていたらしい」

 なるほど、そりゃ疲れるよな。相手の発言の裏を読んだりとか、派閥を構成したりだとか、俺には到底無理な話だ。俺にできるのはせいぜい曖昧な態度で濁すことぐらいだよ。

「こうして寝しなにお前と話すのは、良い気分転換になる。ミモの製作している魔道具が完成すれば、この時間もなくなるのかと思うと、少しばかり寂しいな」
「エンかスイを貸しましょうか?」
「それも良いかもしれぬな。これらにはオレを利用しようとする腹もなかろうよ」

 確かに、と俺は笑った。殿下に頬ずりを始めたらしい二人のはしゃぐ声を聞きながら、俺はゆっくりと瞼を閉じた。二人は気が済むまで殿下とじゃれ合ってもらおう。
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