人身御供で連れ出された俺が王子の恩人(予定)だって!?

長野 雪

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53.俺、とうとう吐く

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「お前が無属性の魔晶石の生成者だということは分かっている」
「……」

 俺は無言を貫く。

「どうだ? 第一研究所に勤め先を変える気はないか? 第二などとは段違いの好待遇を用意しているぞ?」
「……」

 俺は無言で首を横に振る。
 別に黙秘を貫くつもりはない。口を開けば絶対に笑ってしまう自信があるから、開けないだけだ。
 だって、どう考えても無理だろ。目の前にいるのは第一研究所の偉そうな魔族……ではなく、カエルだ。丸々と太ったコミカルなカエル。あぁ、だから、髭を摘まんで撫でるんじゃない、余計に笑えるだろうが!

「ほう? 下っ端ながらに忠誠心でもあるというのか? どうせアウグスト殿下はもうすぐいなくなるというのに」
「!?」

 俺は耳を疑った。

(アウグスト殿下が、もうすぐいなくなる?)

 心臓の辺りがぎゅっと冷え込む。そのくせバクバクと激しい動悸に気が狂いそうだ。せめて深呼吸ができれば落ち着くんだろうけど、今はそれも難しい。

「顔色が変わったな。……そうだ、お前はアウグスト殿下が助けに来るとでも思っているのかもしれんが、残念ながら殿下はそれどころではないからな。お前ごときにかかずらっている余裕などない」

 そういえば、第一王子の対抗馬に勝手に持ち上げられてるみたいなことを言っていたな。つまり、対抗勢力に何かを仕掛けられたってことだ。

「ふんっ、まぁよいわ。ここで待っていれば、すぐに情勢も変わるだろう。そうなれば、第二研究所そのものも解体される。戻る場所がなくなれば、お前とて第一研究所で雇ってくださいと頭を下げることになるだろうな」

 そうすれば無属性の魔晶石も、そこの精霊もうまく使ってやるわ、と高笑いしたカエルは部屋を出て行った。
 カエルの足音が遠ざかっていったのを確認し、俺は息を吐く。

「きつい……」
『大丈夫ですの?』

 笑うのを堪えるのがこんなにつらいものだとは思わなかった。危ない。髭を撫でながら腹を揺らす姿に、思わず吹き出しかけた。恐るべしカエル。

「……って、そうじゃない! アン、俺のこの縄をほどけるか?」
『解けませんが、外すことはできますの』
「じゃぁ、頼む!」

 アンは影を通じて縄を移動させ、俺はようやく解放される。

「同じようにエンとスイを籠の外に出せるか?」
『できますの!』

 どうやら二人を入れている籠は、あくまで二人の属性を封じているだけのようで、アンの闇の属性の前では無力だったようだ。囚われていた二人を、影を通じて助け出すと、二人は半泣きで俺に飛びついてきた。

『ママ!』
『母上!』

 両頬にむぎゅっとしがみつく二人を宥めながら、俺はアンに移動を頼む。もちろん、第二研究所へ、だ。

「あ、その前に、……アン、闇属性の持ち主について教えてくれるか?」
『それは、――――ですの』

 アンの口にした名前に目眩がした。だが、だからといってどうしようもない。その研究員がそうなのは間違いないんだから。

「……分かった。とにかく移動しよう。第二研究所の所長室へ」
『はいですの!』

 第一研究所と第二研究所はそこそこ距離があったのか、8回の移動を経て、ようやくたどり着いた。もちろん、到着した俺はグロッキーだ。目眩と吐き気と悪寒とその他諸々で立っていられないぐらいには。

「ミケーレ!」

 到着するなり俺の名前を呼ぶ声に、背筋からぞわぞわとしたものが這い上がる。移動による吐き気でいっぱいいっぱいなのに、そんな感覚まで加わったら……

「うぷっ」

 俺は這うようにクズ籠に手を伸ばし、それを遠慮なく抱え込んだ。口から滝のように逆流するのは、半分以上消化された昼食のなれの果て。それを二度、三度と繰り返し、ようやく落ち着いたところで、水の入ったコップを差し出されていることに気がついた。

『おぅ、大丈夫か?』
「あ、あぁ、大丈夫になってきた」

 口の中をすすぎ、心配そうに覗き込むネズミ氏……ではなく、コップを渡してくれたミモさんに礼を告げる。

『体調が悪いとこでナンなんだが、てめぇの力が必要だ。ついでにどこに行ってたのかも説明しろ』
「あぁ、そうだ。急いで伝えなきゃと……アン?」
『私のせいですの!』

 俺の服の裾にしがみついたアンが、涙声で叫んだ。

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