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06.心に浮かぶ想い人
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期末はやりきった。
いや、燃え尽きたとも言う。
幸いに戻ってきた答案は、それほど酷いものじゃなかった。あくまで私の基準で、だけど。
「そういえば、アメリカの学校って、教室の掃除は業者がするらしいよ?」
「そうなの? じゃ、アメリカの学生って掃除しないわけ?」
「自分の部屋ぐらいじゃない?」
「それも、なんだかなぁ、って思わない?」
「うちらはこっちが当たり前だしねー」
残念ながら掃除の班は梓ちゃんと違うので、私は同じ班の佐東さんと話しながら箒をかけていた。
佐東さんは前々から「文系コースに行くから来年は数学とおさらばだ!」と口にして憚らない人で、もう狙っている外語大もはっきりしていて推薦をもらうためにせっせと邁進している。
さばさばしていて付き合いやすい人なんだけど、いかんせん会話の内容が佐東さんの興味ある海外の慣習とかに偏りがちなのが、ちょっとうざ……いや、玉に瑕だ。
「それじゃ、ゴミ捨ててきちゃうね」
「うん、ありがとう、別役さん」
教室の後ろにあるゴミ箱をよっと持ち上げ、私は佐東さんに手を振る。今日は掃除が終わったら、部活だ。今日もまたアグリッパさんを見つめることになるだろうけど……。あ、いっそのこと今日は真正面に陣取っちゃおうかな。たまには一方的に見つめるだけじゃなくて、互いにガンを飛ばし合うのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えながら集積場に向かっていると、後ろから名前を呼ばれた気がして振り向いた。
「あ、やっぱり別役さんだった」
「丹田くん?」
よく七ツ役くんと一緒にいる丹田くんだ。今日は特別教室の掃除だったんだろう。『視聴覚室』とマジックででかでかと書かれたゴミ箱を抱えていた。
「集積場まで行くんでしょ。一緒に行こうよ」
「あ、うん」
珍しい。
丹田くんは、クラスの中でも中心で目立つタイプだ。ひっそりこっそり教室の隅っこにいる私のことなんて、気にもしてないと思ってたのに。
「別役さんって、いつも鹿宮さんと一緒にいるイメージだけど、一人って珍しいね」
「うん、掃除の班は別だから」
「女子って、なんかグループ転々としたり、グループ同士でもくっついたり離れたりしてんのに、別役さんと鹿宮さんって、全然離れないんだもん。仲いいよな」
「そう? 部活も一緒だし、そういうもんじゃない?」
同じ部活でも、些細なきっかけで仲が良くなったり悪くなったりする、それが女子ってもんだから、もしかしたら私と梓ちゃんみたいなのは珍しいのかもしれない。でも、うーん、私と梓ちゃんだしなぁ……。
「だから、こういうふうに別役さんだけと話す機会って、めちゃくちゃ貴重だよね」
「貴重? そんなもんじゃないよー」
ひらひらと手を振りながら、私は勘づいていた。
この流れは、なんとなく先が見える。
梓ちゃんは、ちょっと表情が顔に出にくいところもあるし、物事をズバズバと言っちゃう性格だから、冷たい印象を受ける人が多いかもしれない。
でもね、違うんだよ。
近くで喋ってると分かるんだ。肌とか超綺麗だし、オカッパに切り揃えた髪だって、さらさらで触り心地がいいの。つまり、磨けばもっと光る美人さんなんだよ!
そんな梓ちゃんの魅力に、とうとう丹田くんが気づいちゃったんだ。これはもう、将を射んと欲すればまず馬を射よってことだよね。私経由で好きなものとかハマってることとか聞いちゃって、あわよくば告白の橋渡しも頼んできちゃったりしちゃってもう!
「あのさ、せっかくだから聞きたいんだけど」
「うん、なに?」
多分、この学校で一番、私が梓ちゃんの情報持ってるよ! さぁ、なんだもバッチ来い! 私は(心の中では)鼻息も荒く、丹田くんの次のセリフを待つ。
「僕、別役さんのこと好きなんだ。だから、付き合わない?」
「へぁ?」
……はい、人間って予想外のセリフが来ると、なんていううか間抜けな声が出るもんだよねー。
「なんでって言われるかもしれないけどさ。別役さんって、表に出て何かするっていうことはしないけど、前に出る人のことを考えて、色々準備とかしてくれるじゃん?」
いや、人前に出るのが苦手だから、そんな苦行を買って出てくれるような奇特な人には少しでも楽してもらうようサポートして、私の罪悪感を軽減したりとか、ね?
「それに、学祭のときに、女子に色々髪型いじくられてたじゃん。あれ、結構似合ってたと思うんだ。だから、磨けば光るのに……なんて、ずっと思ってたんだよ」
違う! 違うよ丹田くん! あのときは梓ちゃんも同じように髪をいじくられて、すごいキリッとしてて格好良かったよ! 凛とするってこういうことだなって感動したのに見てないの!?
「だから――――」
「あ、あのあのあの、丹田くん。私、その、好きな人がいるから、ごめ――」
「そうなの? それなら一週間ぐらい考えてみてよ」
「――んなさ、……え?」
え? あの、丹田くん? 私、お断りしたよね? どうして、にっこり笑顔なの?
「好きな人がいるのは分かったよ。でも、ユズのことを好きな僕と付き合うか、振り向いてくれるか分からないその人を思い続けるか、さ。その口振りだと、付き合ってないんでしょ?」
「いや、それはその通りだけど、というか、今、ユズって言った?」
「うん。せっかくだからそう呼ばせてよ。だって、いつも鹿宮さんにそう呼ばれてるじゃん」
もうツッコミどころが多過ぎて、何から反論すればいいのか分からない。
「えぇと、つまり?」
「一週間後に答えを聞かせて?」
「私、他に好きな人がいるって言ったよね?」
「うん。でも付き合ってないなら、僕にもまだ望みはあるじゃん?」
「……前向き過ぎるよ」
眩しい。
丹田くんの考え方が眩し過ぎて困る。というか、どうしてフラれかけている丹田くんが笑顔で、私の方が難しい顔して悩む羽目になってるのか。
いや、燃え尽きたとも言う。
幸いに戻ってきた答案は、それほど酷いものじゃなかった。あくまで私の基準で、だけど。
「そういえば、アメリカの学校って、教室の掃除は業者がするらしいよ?」
「そうなの? じゃ、アメリカの学生って掃除しないわけ?」
「自分の部屋ぐらいじゃない?」
「それも、なんだかなぁ、って思わない?」
「うちらはこっちが当たり前だしねー」
残念ながら掃除の班は梓ちゃんと違うので、私は同じ班の佐東さんと話しながら箒をかけていた。
佐東さんは前々から「文系コースに行くから来年は数学とおさらばだ!」と口にして憚らない人で、もう狙っている外語大もはっきりしていて推薦をもらうためにせっせと邁進している。
さばさばしていて付き合いやすい人なんだけど、いかんせん会話の内容が佐東さんの興味ある海外の慣習とかに偏りがちなのが、ちょっとうざ……いや、玉に瑕だ。
「それじゃ、ゴミ捨ててきちゃうね」
「うん、ありがとう、別役さん」
教室の後ろにあるゴミ箱をよっと持ち上げ、私は佐東さんに手を振る。今日は掃除が終わったら、部活だ。今日もまたアグリッパさんを見つめることになるだろうけど……。あ、いっそのこと今日は真正面に陣取っちゃおうかな。たまには一方的に見つめるだけじゃなくて、互いにガンを飛ばし合うのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えながら集積場に向かっていると、後ろから名前を呼ばれた気がして振り向いた。
「あ、やっぱり別役さんだった」
「丹田くん?」
よく七ツ役くんと一緒にいる丹田くんだ。今日は特別教室の掃除だったんだろう。『視聴覚室』とマジックででかでかと書かれたゴミ箱を抱えていた。
「集積場まで行くんでしょ。一緒に行こうよ」
「あ、うん」
珍しい。
丹田くんは、クラスの中でも中心で目立つタイプだ。ひっそりこっそり教室の隅っこにいる私のことなんて、気にもしてないと思ってたのに。
「別役さんって、いつも鹿宮さんと一緒にいるイメージだけど、一人って珍しいね」
「うん、掃除の班は別だから」
「女子って、なんかグループ転々としたり、グループ同士でもくっついたり離れたりしてんのに、別役さんと鹿宮さんって、全然離れないんだもん。仲いいよな」
「そう? 部活も一緒だし、そういうもんじゃない?」
同じ部活でも、些細なきっかけで仲が良くなったり悪くなったりする、それが女子ってもんだから、もしかしたら私と梓ちゃんみたいなのは珍しいのかもしれない。でも、うーん、私と梓ちゃんだしなぁ……。
「だから、こういうふうに別役さんだけと話す機会って、めちゃくちゃ貴重だよね」
「貴重? そんなもんじゃないよー」
ひらひらと手を振りながら、私は勘づいていた。
この流れは、なんとなく先が見える。
梓ちゃんは、ちょっと表情が顔に出にくいところもあるし、物事をズバズバと言っちゃう性格だから、冷たい印象を受ける人が多いかもしれない。
でもね、違うんだよ。
近くで喋ってると分かるんだ。肌とか超綺麗だし、オカッパに切り揃えた髪だって、さらさらで触り心地がいいの。つまり、磨けばもっと光る美人さんなんだよ!
そんな梓ちゃんの魅力に、とうとう丹田くんが気づいちゃったんだ。これはもう、将を射んと欲すればまず馬を射よってことだよね。私経由で好きなものとかハマってることとか聞いちゃって、あわよくば告白の橋渡しも頼んできちゃったりしちゃってもう!
「あのさ、せっかくだから聞きたいんだけど」
「うん、なに?」
多分、この学校で一番、私が梓ちゃんの情報持ってるよ! さぁ、なんだもバッチ来い! 私は(心の中では)鼻息も荒く、丹田くんの次のセリフを待つ。
「僕、別役さんのこと好きなんだ。だから、付き合わない?」
「へぁ?」
……はい、人間って予想外のセリフが来ると、なんていううか間抜けな声が出るもんだよねー。
「なんでって言われるかもしれないけどさ。別役さんって、表に出て何かするっていうことはしないけど、前に出る人のことを考えて、色々準備とかしてくれるじゃん?」
いや、人前に出るのが苦手だから、そんな苦行を買って出てくれるような奇特な人には少しでも楽してもらうようサポートして、私の罪悪感を軽減したりとか、ね?
「それに、学祭のときに、女子に色々髪型いじくられてたじゃん。あれ、結構似合ってたと思うんだ。だから、磨けば光るのに……なんて、ずっと思ってたんだよ」
違う! 違うよ丹田くん! あのときは梓ちゃんも同じように髪をいじくられて、すごいキリッとしてて格好良かったよ! 凛とするってこういうことだなって感動したのに見てないの!?
「だから――――」
「あ、あのあのあの、丹田くん。私、その、好きな人がいるから、ごめ――」
「そうなの? それなら一週間ぐらい考えてみてよ」
「――んなさ、……え?」
え? あの、丹田くん? 私、お断りしたよね? どうして、にっこり笑顔なの?
「好きな人がいるのは分かったよ。でも、ユズのことを好きな僕と付き合うか、振り向いてくれるか分からないその人を思い続けるか、さ。その口振りだと、付き合ってないんでしょ?」
「いや、それはその通りだけど、というか、今、ユズって言った?」
「うん。せっかくだからそう呼ばせてよ。だって、いつも鹿宮さんにそう呼ばれてるじゃん」
もうツッコミどころが多過ぎて、何から反論すればいいのか分からない。
「えぇと、つまり?」
「一週間後に答えを聞かせて?」
「私、他に好きな人がいるって言ったよね?」
「うん。でも付き合ってないなら、僕にもまだ望みはあるじゃん?」
「……前向き過ぎるよ」
眩しい。
丹田くんの考え方が眩し過ぎて困る。というか、どうしてフラれかけている丹田くんが笑顔で、私の方が難しい顔して悩む羽目になってるのか。
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