人間、平和に長生きが一番です!~物騒なプロポーズ相手との攻防録~

長野 雪

文字の大きさ
2 / 92

02.物騒なプロポーズ(後)

しおりを挟む
「り、リリアンちゃん!?」

 この上なく動揺しきった表情を浮かべてこちらを見ているのは、お母様。ちょっと口うるさいけれど、別に悪い人じゃない。ここまで慌てているのは初めて見るけれど。

「り、リリアン。その、この方といったいどこで知り合いになったんだね……!?」

 震えているのは驚きか怒りか。よく分からないけれど、お父様も狼狽しきっている。

「どうやら俺のお姫様は、少しばかり寝坊助のようだね」

 両親の隣に立つ、長身の黒髪の人は……誰だろう?

「申し訳ありません、お父様、お母様。昨晩は少し遅くまで読書していたので、少しばかり寝過ごしてしまいました」

 部屋で水分は補給したけれど、お腹は空っぽ。だから朝ごはんにしたいのだけれど。
 そう思って、ちらりと食堂を見たけれど、誰も私の意を汲んでくれない。初対面のお客様の前で、お腹空いたなんてさすがに言えないのに。

「それで、えぇと、申し訳ありませんが、どちらからいらした方でしょうか?」

 首を傾げて問いかけると、長身の男性はニヤリ、と笑みを浮かべた。にこりではない、ニヤリ、だ。半歩退いてしまった私は悪くない。

「昨晩、オニクマ酒場に居合わせたのだが、覚えていないのか?」
「……オニクマ酒場? 申し訳ありません、そういった場所へ足を運んだことはなくて……」

 内心では脂汗をだらだらと流しながら、私はすっとぼけて見せた。さすがに下町の酒場など淑女が行っていい場所じゃない。

「――――なるほど?」

 男性はあごに手をやって、ニヤニヤとこちらを眺めている。ちなみに「オニクマ酒場」という単語にお母様は顔を赤くして、お父様は逆に顔を青くしている。なんだか器用なものだ、と他人事のように思ってしまった。

「あの、大変申し訳ないのですけれど、私、朝食をいただいてもよろしいかしら?」
「あぁ、俺に構うことはない。運ばせろ」

 なぜお前が命令するんだ、とツッコミを入れたくなったが、とりあえずお腹ぺこぺこだったので、曖昧に微笑んで何もなかったことにする。お父様とお母様は何か言いたげな顔だけれど、それもスルーだ。

「ギース子爵、夫人、ご令嬢と二人で話す時間をもらいたいのだが?」
「し、しかし……」
「構いません。ただし、メイドは控えさせていただきます」
「配慮感謝する」

 私が目の前に置かれた朝食のプレートに瞳を輝かせている間に、お父様とお母様は部屋を出て行ってしまった。残されたのは朝食とお客人と私。……あと、給仕してくれたメイド……というか、うちにメイドは一人しかいない。いつも口うるさいメイドのジギーは、今は神妙な顔で壁際に控えている。

「朝食をいただいてもよろしいかしら?」
「あぁ、もちろん」

 何故かニコニコと私の食事する様子を見守るお客人。正直、すごい食べにくい。けれど、食べないという選択肢はない。今日の朝食はライ麦パンと腸詰入りスープに目玉焼き。目玉焼きをライ麦パンの上に乗せたい衝動を堪え、ナイフとフォークでしずしずと食べる。

「えぇと、それで、オニクマ酒場、でしたかしら?」
「あぁ、悪いことをしたな。お前の父親はしっかり護衛をつけていたようだが、母親の方は全く知らなかったようだ」
「……」

 すん、と表情が無になってしまったかもしれない。

(え、お父様、知ってたの……?)

 ということは、今まで治安が良いから絡まれることもほとんどなく夜歩きができていたと思っていたのは、護衛がつけられていたから、ってこと?
 え、待って。っていうことは、酒場でのあんな姿とかこんな愚痴とか、全部お父様に筒抜けだったかもしれないってこと? 待って待って、私今までに何やらかしたっけ……?

「表情は変わらないのに、瞳の輝きだけがくるくると変わるな」
「……へぁい?」
「混乱している様子も面白い、という話だ」
「……まぁ、随分と趣味がよろしいのね」

 もぐもぐとライ麦パンを咀嚼してスープで流し込む。お行儀が悪いと言うなかれ。だって、いい加減にこの人と対決しないといけないみたいだから。

「とりあえず、お名前、まだ伺ってないんですけど」
「あぁ、そうだったな。俺の名前はヨナ・パークスだ。そういえば、昨晩は名乗る隙もなかったな」
「昨晩……オニクマ酒場に?」
「あぁ、お前の隣に座っていた」
「……隣?」

 私はこめかみを揉んだ。そうしている間にメイドのジギーがプレートを片付けて紅茶を入れてくれる。しかもレモンまで浮かべてくれた。ちょっと二日酔い気味の頭にはありがたい。
 いや違う。昨晩の話だ。確かに私はカウンターで飲んでいた。そのとき隣に座っていたのは、酒場なのに帽子を脱げないハゲのおっさんだったはず。

「何を考えているか当てようか」
「いえ、結構です」
「隣に座っていたのは、ハゲを帽子で隠した姑息な男だったはず、と思っているだろう」
「だから結構ですってば!」

 どうしてだろう。すごく嫌な予感しかしない。

「俺はただ単に帽子を脱がないと言っただけなのに、上機嫌で酔っていたお前が勝手にハゲと勘違いしただけだ。おかげで、別の酔っ払いに酒をおごってもらうはめになった」
(それは逆に感謝してる、っていうことかな?)

 ちなみに私だったら喜ぶ。行きずりの酒場で一杯タダ酒が飲めるなら、ハゲだと誤解されてもいい。

「顔が売れているから隠していただけなのにな。おかげでくそ不味い下町の酒を飲まされた」
「ちなみに何を?」
「さぁ、テリマスだかテリミスだとか言っていたか?」
「それは申し訳ありませんでした」

 オニクマ酒場のような下町の酒場では、いくつかの銘柄をブレンドしたものが出されることも多い。テリミスはその中でも、パンチの効いたヤツをそう呼んでいる。ちなみに味は毎回違うらしい。私は一度飲んだだけで、もう絶対飲まないと思った。パンチが効きすぎた。絶対に適当に混ぜたら不味くなったからジンジャーエキスとチリペッパーでごまかしたヤツだと思う。

「それで、こちらへはその愚痴に?」
「まさか」

 ヨナ・パークスと名乗った青年は、私の手を取り、何故か跪いた。

「俺の妻になってくれ」
「は?」

 何をバカな。酒場で隣の席に座って管巻いていただけで、惚れる男がどこにいる。
 私が胡乱な目で見ているのに気が付いたのだろう。彼はひどく物騒な笑みを浮かべた。

「この手を取ってもらえなければ、俺は世界を滅ぼしてしまうかもしれない」

 プロポーズの後に脅迫とか、いったいどういう思考回路をしているんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...