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02.物騒なプロポーズ(後)

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「り、リリアンちゃん!?」

 この上なく動揺しきった表情を浮かべてこちらを見ているのは、お母様。ちょっと口うるさいけれど、別に悪い人じゃない。ここまで慌てているのは初めて見るけれど。

「り、リリアン。その、この方といったいどこで知り合いになったんだね……!?」

 震えているのは驚きか怒りか。よく分からないけれど、お父様も狼狽しきっている。

「どうやら俺のお姫様は、少しばかり寝坊助のようだね」

 両親の隣に立つ、長身の黒髪の人は……誰だろう?

「申し訳ありません、お父様、お母様。昨晩は少し遅くまで読書していたので、少しばかり寝過ごしてしまいました」

 部屋で水分は補給したけれど、お腹は空っぽ。だから朝ごはんにしたいのだけれど。
 そう思って、ちらりと食堂を見たけれど、誰も私の意を汲んでくれない。初対面のお客様の前で、お腹空いたなんてさすがに言えないのに。

「それで、えぇと、申し訳ありませんが、どちらからいらした方でしょうか?」

 首を傾げて問いかけると、長身の男性はニヤリ、と笑みを浮かべた。にこりではない、ニヤリ、だ。半歩退いてしまった私は悪くない。

「昨晩、オニクマ酒場に居合わせたのだが、覚えていないのか?」
「……オニクマ酒場? 申し訳ありません、そういった場所へ足を運んだことはなくて……」

 内心では脂汗をだらだらと流しながら、私はすっとぼけて見せた。さすがに下町の酒場など淑女が行っていい場所じゃない。

「――――なるほど?」

 男性はあごに手をやって、ニヤニヤとこちらを眺めている。ちなみに「オニクマ酒場」という単語にお母様は顔を赤くして、お父様は逆に顔を青くしている。なんだか器用なものだ、と他人事のように思ってしまった。

「あの、大変申し訳ないのですけれど、私、朝食をいただいてもよろしいかしら?」
「あぁ、俺に構うことはない。運ばせろ」

 なぜお前が命令するんだ、とツッコミを入れたくなったが、とりあえずお腹ぺこぺこだったので、曖昧に微笑んで何もなかったことにする。お父様とお母様は何か言いたげな顔だけれど、それもスルーだ。

「ギース子爵、夫人、ご令嬢と二人で話す時間をもらいたいのだが?」
「し、しかし……」
「構いません。ただし、メイドは控えさせていただきます」
「配慮感謝する」

 私が目の前に置かれた朝食のプレートに瞳を輝かせている間に、お父様とお母様は部屋を出て行ってしまった。残されたのは朝食とお客人と私。……あと、給仕してくれたメイド……というか、うちにメイドは一人しかいない。いつも口うるさいメイドのジギーは、今は神妙な顔で壁際に控えている。

「朝食をいただいてもよろしいかしら?」
「あぁ、もちろん」

 何故かニコニコと私の食事する様子を見守るお客人。正直、すごい食べにくい。けれど、食べないという選択肢はない。今日の朝食はライ麦パンと腸詰入りスープに目玉焼き。目玉焼きをライ麦パンの上に乗せたい衝動を堪え、ナイフとフォークでしずしずと食べる。

「えぇと、それで、オニクマ酒場、でしたかしら?」
「あぁ、悪いことをしたな。お前の父親はしっかり護衛をつけていたようだが、母親の方は全く知らなかったようだ」
「……」

 すん、と表情が無になってしまったかもしれない。

(え、お父様、知ってたの……?)

 ということは、今まで治安が良いから絡まれることもほとんどなく夜歩きができていたと思っていたのは、護衛がつけられていたから、ってこと?
 え、待って。っていうことは、酒場でのあんな姿とかこんな愚痴とか、全部お父様に筒抜けだったかもしれないってこと? 待って待って、私今までに何やらかしたっけ……?

「表情は変わらないのに、瞳の輝きだけがくるくると変わるな」
「……へぁい?」
「混乱している様子も面白い、という話だ」
「……まぁ、随分と趣味がよろしいのね」

 もぐもぐとライ麦パンを咀嚼してスープで流し込む。お行儀が悪いと言うなかれ。だって、いい加減にこの人と対決しないといけないみたいだから。

「とりあえず、お名前、まだ伺ってないんですけど」
「あぁ、そうだったな。俺の名前はヨナ・パークスだ。そういえば、昨晩は名乗る隙もなかったな」
「昨晩……オニクマ酒場に?」
「あぁ、お前の隣に座っていた」
「……隣?」

 私はこめかみを揉んだ。そうしている間にメイドのジギーがプレートを片付けて紅茶を入れてくれる。しかもレモンまで浮かべてくれた。ちょっと二日酔い気味の頭にはありがたい。
 いや違う。昨晩の話だ。確かに私はカウンターで飲んでいた。そのとき隣に座っていたのは、酒場なのに帽子を脱げないハゲのおっさんだったはず。

「何を考えているか当てようか」
「いえ、結構です」
「隣に座っていたのは、ハゲを帽子で隠した姑息な男だったはず、と思っているだろう」
「だから結構ですってば!」

 どうしてだろう。すごく嫌な予感しかしない。

「俺はただ単に帽子を脱がないと言っただけなのに、上機嫌で酔っていたお前が勝手にハゲと勘違いしただけだ。おかげで、別の酔っ払いに酒をおごってもらうはめになった」
(それは逆に感謝してる、っていうことかな?)

 ちなみに私だったら喜ぶ。行きずりの酒場で一杯タダ酒が飲めるなら、ハゲだと誤解されてもいい。

「顔が売れているから隠していただけなのにな。おかげでくそ不味い下町の酒を飲まされた」
「ちなみに何を?」
「さぁ、テリマスだかテリミスだとか言っていたか?」
「それは申し訳ありませんでした」

 オニクマ酒場のような下町の酒場では、いくつかの銘柄をブレンドしたものが出されることも多い。テリミスはその中でも、パンチの効いたヤツをそう呼んでいる。ちなみに味は毎回違うらしい。私は一度飲んだだけで、もう絶対飲まないと思った。パンチが効きすぎた。絶対に適当に混ぜたら不味くなったからジンジャーエキスとチリペッパーでごまかしたヤツだと思う。

「それで、こちらへはその愚痴に?」
「まさか」

 ヨナ・パークスと名乗った青年は、私の手を取り、何故か跪いた。

「俺の妻になってくれ」
「は?」

 何をバカな。酒場で隣の席に座って管巻いていただけで、惚れる男がどこにいる。
 私が胡乱な目で見ているのに気が付いたのだろう。彼はひどく物騒な笑みを浮かべた。

「この手を取ってもらえなければ、俺は世界を滅ぼしてしまうかもしれない」

 プロポーズの後に脅迫とか、いったいどういう思考回路をしているんだ。
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