人間、平和に長生きが一番です!~物騒なプロポーズ相手との攻防録~

長野 雪

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37.胡乱な交渉(前)

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 マックさんが運んでくれた夕食のトレイを前に、いっただっきまーす!しようとした直後、私の向かいに座る大魔法使いサマが小さなショットグラスを目の前に置いた。

「え?」
「味の保証はしないぞ」

 何が、と問うよりも先に、黒い瓶から注がれる琥珀色の液体。ふわりと鼻腔をくすぐる香りは、前世の父が愛飲していた赤い箱入りの薬用酒を思い起こさせる。

「複数の薬種を漬けた酒だ。血の巡りの改善や食欲不振に効果がある」
「魔法薬、ではないの?」
「現段階では強い薬はかえって逆効果だと医師が言った。回復を助ける程度で十分らしい」

 驚きだ。何が驚きって、私を気遣って薬を用意してくれようとしたことや、医師にも確認したということが驚きだ。

「ありがとう。いただくわ」

 一瞬だけ、本当にそういう薬なのか、別の危険なものが混ざっているんじゃないかという疑念を持ったけれど、そこは振り切った。私が塔に戻ってからここまでの大魔法使いサマの態度を見る限り、反省をしているように思う。もしこれが演技だと言うのなら、騙された私が愚かだったということだろう。
 ぐい、と一息に飲み下す。予想より甘い味だった。例えて言うなら子供向けの咳止めシロップみたいな感じ。薬臭さはあるけれど、飲めないことはない。お酒と言うだけあって、胃のあたりが少しポカポカしてきた。

「薬っぽさはあるけれど、ひどい味ではないわね」
「……そうか」

 明らかにホッとした様子の大魔法使いサマの前にも夕食のトレイがあるのに、何故かボリッジを口に運ぶ私を見つめるばかりで、食べようとする気配がない。

「貴方は食べないの?」
「……食べる」

 視線は感じるけれど、一応フォークを持ってくれたので良しとする。ボリッジは優しい味付けで美味しかったし、カップに入れられたスープも野菜の甘さが良い味わいだった。コンソメに近い味だったけど、どうやって出汁を取ってるんだろう。ちょっと気になる。

「明日」
「ん?」
「明日は夜遅くまで戻って来られない。何かあればマックを呼べ」
(あら、まぁ……)

 随分と進化したじゃない? 気遣いができるようになったのは、本当にすごい進歩だと思う。

「ありがとう。そうさせてもらうわ」
「あと、今後のことだが」

 大魔法使いサマが、少し視線を彷徨わせる。

「緊急時の避難について、あの呪法を使うことは禁止する」
「……」

 禁止、と来たか。私は黙って続きを待つ。

「後日、殿下から渡されると思うが、護身用の腕輪を作った。相手が誰であっても、意に添わない強引なことをされたときに使え。装着者一人を覆う程度のサイズだが、障壁を作れる」
「……想定される相手には貴方も含まれるんだけど、貴方の作った腕輪の障壁は、貴方にも有効なの?」
「正しくは俺の作った腕輪に、他の魔法使いが一工夫加えているらしい。詳細は聞いていないが、俺にも通用するはずだ」
「……はず?」

 不穏な言葉尻を拾い上げた私は悪くない。彼に会ってから色んなことが起こり過ぎているから、どうしたって疑心暗鬼になってしまう。

「本体がない以上、実験はしていない。理論上はそうなると聞いている」
「とりあえず、了解したわ。ちなみに、腕輪を支給された後に本当に貴方にも効くのか実験をするつもり?」

 私の確認に、大魔法使いサマは思案する素振りを見せた。

「そうだな。そうした方が互いに安心だろう」

 ここで少し私は悩む。問題は目の前の大魔法使いサマが、自他共に認める天才だということだ。しかも単なる天才ではない。探求心の強い天才である。私(の生霊)を取り戻すために、専門外であるはずの呪法を独学し始めるぐらいには。
 頭をよぎるのは、前世で読んだことのある不朽の名作バトル漫画だ。星座に導かれた戦士たちの言うことには――――同じ技は二度通用しない、と。

「その実験について、確認したいのだけど」
「なんだ?」
「その実験結果から、他の魔法使いが加えた一工夫を解析したり、とか」

 疑問を口にしてすぐに後悔した。目の前の大魔法使いサマの口の端が上がっているのだ。

「実験は却下します」

 私の判断はきっと間違っていない。

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