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38.胡乱な交渉(後)

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「まだ少し、話せるか?」
「疲れているから手短にして欲しいのだけど」

 食後の問い掛けに、少し冷たい返事になってしまったのは仕方がない。結局、私はまだこの大魔法使いサマの謝罪を聞いていないんだから。

「あのとき見た夢について確認したい」
「お断りよ」
「っ、違う。俺はただ……、ただ、お前があんな風に害される悪夢をよく見るのかと」
「……たまに、ね」

 たまに、という言葉は便利だと思う。あくまで主観的な言い方だからだ。ぶっちゃければ、その人がそう思っている限り、一年に一度だろうが、月に一度だろうが「たまに」で済ませられる。

「その悪夢が原因で睡眠不足に陥ることがあるなら、睡眠の魔法でどうにかできる」
「……」

 一度植え付けられた警戒心や猜疑心というものは、そうそう剥がれることはない。それがどんな耳障りの良い提案であろうとも、きっと私は二つ返事で頷くことはできないだろう。

「その魔法で、具体的にどういう眠りになるのか教えてもらえる?」
「一気に深い睡眠状態に入るから夢を見る暇もない。覚醒するときも、あらかじめ時間を設定しておけば、その時間に目覚めることができる。夢は浅い睡眠のときに見ることが多いというからな」
「なるほどね」

 理屈は分かる。前世でも夢は入眠時と覚醒前に見ることが多いって聞いたし、特に覚醒前の夢が記憶に残りやすいとも聞いた。うん、理屈は分かるんだ。
 ただ、その魔法を使わせるということは、目の前の大魔法使いサマに睡眠時間を把握されるどころか委ねるということだ。生霊のときに体を預けていたから、いまさら睡眠時に体をどうこうされても……という気がするけれど、うん、そこまで自分から委ねられるほど信頼はできない。

「ありがとう。あまりにあの夢を見るようなら考えるわ」
「そうか」

 素直に引き下がってくれたので、私は「おやすみなさい」と挨拶して寝室に引っ込む。ベッドに座ると急激に睡魔が襲ってきた。どうやら自分で思う以上に疲れがたまっていたらしい。元々体が本調子ではないし、大魔法使いサマとの会話も気を遣うし、致し方ない。

(少しは、改善したと思っていい……のよね?)

 前科があるだけに信用はできないが、それでも少しは前進したと思いたかった。……ぐぅ。

――――ぐっすり眠った私が起きたときには、既に塔に彼の気配はなかった。

「夜明けとともに出立されましたよ」

 というのはマックさんの言葉だ。ここ一カ月あまり、仕事が滞りがちで本気で仕事が溜まっているらしい。いくつかは他の魔法使いに回したらしいけれど、そもそも彼にふられる仕事は、普通の魔法使いだと複数人必要なものが多いらしく、なかなか他に振るのも難しいのだとか。

(有能なのは間違いないのよね)

 だからこそ、あれだけ傲慢になったんだろうなぁ、と思う。仕事ができるから、魔法使いとして有能だから、そうして誰も本気で叱らなかった結果がアレだ。いや、王太子殿下あたりは、ちゃんと叱っていたかもしれない。逆に言えば、きっと殿下ぐらいしか苦言を呈せなかったんだろう。

(とりあえず、『ごめんなさい』を言える大人にすることが目標、かしら)

 随分と低い目標に思えるかもしれないけれど、今までの彼の言動を考えるとなかなかに高い山だ。だけど、いい年こいた大人なら、「ごめんなさい」と「ありがとう」は必須だろう。

(今後も一緒に暮らさざるをえないのなら、せめてそのスキルは覚えてもらわないと)

 呪法とか薬草とかそんな知識より、コミュニケーション能力を身に着けて欲しい。本人にしてみれば、興味もない上に必要とも思えないから学ばないんだろうけどね。

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