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39.ブラックな職場(前)

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「いただきま……お帰りなさい?」
「……あぁ」

 間が悪いとはまさにこのことだと思う。マックさんの運んできたボリッジを前に手を合わせたタイミングでの大魔法使いサマの帰還だ。ちょっと先に食べるのを躊躇うけれど、冷めたボリッジほど不味いものはないので、気を取り直してスプーンを手に取る。

「食前だ」
「……なるほど?」

 タン、と置かれたのはショットグラスに注がれた薬草酒。純粋に心配してくれているのは間違いないようなので、そこはちゃんと飲むことにする。うん、相変わらずのシロップ味。
 改めて私はボリッジをふーふー冷ましながら攻略する。塩とミルクと少しのチーズ。いつもだったら物足りないと感じるだろうけれど、今日は一日読書に費やしてしまったので、たいして疲れてもいないから、このぐらいでちょうどいい。胃もまだ本調子じゃないし。

「……何? 先に食べられるのがいや?」
「そうではない。ただ、動くお前の方が何万倍もいいと実感していただけだ。俺のメシもそのうち届く」
「ふぅん?」

 ちゃんと確認したわけじゃないけれど、この口振りからするに、私が体を預けていた間、『おイタ』はされていないようだとホッとする。呪法を使うと決めたときに覚悟はしたが、何もない方がいいに決まっている。

「お前の意見を聞きたいことがある」
「意見?」

 これはどういう話題の導入だろう、と身構えたところに、マックさんが入室を求める声がした。大魔法使いサマの食事を持って来たらしい。今日はスープパスタっぽいな。ちょっとうらやましい。
 すると、マックさんが私のボリッジのお皿の隣に、一口サイズにカットされたオレンジを置いてくれた。

「いいんですか?」
「医師からの許可は出ていますから」
「ありがとうございます」

 少しずつ回復が実感できることはいいことだ。マックさんを見送って、にまにまとオレンジを眺めていたら、憮然とした表情の大魔法使いサマに気が付いた。

「何か?」
「お前はそれだけでそんなに喜ぶのか」
「あ、勘違いしないで。フルーツは確かに好きだけど、食べる許可が出るぐらいに体が回復してきてるのが嬉しいっていう方が強いから」
「……そうか」

 うん、なんとなく分かってきた。基本的に気持ちの裏を読むことをしないから、しっかり言葉で説明した方が誤解が少なくなる。

「えぇと、それでなんだっけ? あぁ、意見を聞きたいとか」
「今日の遠征が大量発生した魔物の間引きだったんだが」

 そうして始まった説明に、私はちょっとだけ気が遠くなった。本題はともかく、国境付近の森まで日帰りで行って大量に魔物の間引きをして帰って来たらしい。相変わらず規格外過ぎて困る。転移をホイホイ使えるなら、そりゃアレコレ仕事を押し付けられるわけだ。
 それはともかく、相談内容はこういうことだった。森で特定の種類の魔物だけが大量発生したと。原因は不明だが、対処として指示通りにその種類の魔物を減らしたそうだ。ただ、今後のことも考えれば、原因を追究して再発防止に努めた方がいい。原因について、私ならどう考えるのか、と。

「ねぇ、これって学者案件じゃないの? 魔物の研究者とかさ」
「報告書はそっちにも上がっているだろう。ただ、城お抱えの研究者連中は現場に出ることもなく報告書をこねくり回すだけだ。在野の研究者の方がまだフィールドワークに出ることが多いから、そちらの方が信用できる」

 そんなことを声に出してしまう目の前の人は、宮仕え、もとい、王城勤務に向いていないんじゃないだろうか。実態を知らない私の偏見だけど、城お抱えの研究者たちは権力闘争の勝者ってだけで有能な研究者じゃないだろう。そして、それを口にしてしまう目の前の大魔法使いサマは、そういう権力争いができない。城勤めに向かないタイプだ。でも、これだけ有能な大魔法使いサマを王家が手放すことはしないんだろうな。
 いや、前に貴族らしい引っかけを仕掛けてきたこともあったな。そういう擬態は上手いのか。

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