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52.前途多難な予定(後)
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「明後日のことですが、元々ヨナ様は休日の予定でした」
マックさんは、ソファに座った私の前にハーブティを置いてくれた。一瞬で熱湯を作ってお茶を入れられるのだから、便利だと思う。そうそう、ここに来てしばらくしてから知ったことなんだけど、マックさんもちゃんと魔法使いだった。王城勤めできる程の腕前らしいのだけど、荒事に対処できないという致命的な欠点があって、解雇されたところをヨナが拾ったのだとか。王城勤めできる程の頭脳とか魔法の腕前があるのに、雑務とか塔の留守番役とかあまつさえ食事を作らせるとか……本当に無駄遣いしている。と、思っていたら、どうやらマックさんの方もできるだけ王城から離れたくない理由があったらしく、ヨナには感謝しているのだとか。詳しい事情は知らないけれど、世の中うまく人材がハマることもあるのだと思ったものだ。
「そこに急遽、転移魔法の許可を脅し取……いえ、ねじ込んで、ギース子爵の元へ行くことにしたと。わたしも昨晩遅くに伺いました」
「急にも程があるわね。訪問先――お父様の許可は出ているのかしら」
これ、絶対、私を眠らせた後に動いたわよね。誰が最終的に転移魔法の許可を出すのかは知らないけれど、ご愁傷様としか言いようがないわ。
「いえ、今朝早く、通達という形でお知らせしましたが……」
「あー……」
言い淀んだマックさんの様子で分かった。いや、分からざるを得ない。一方的な通達よね。ご都合伺いとかじゃないわよね。
「今頃、向こうはてんやわんやになっていそう」
「おそらくは……」
鎮痛な面持ちのマックさん。常識人で良かった。ヨナだったら「俺が行くのなら当然だろう」ってどっしり構えてる。ねぇ、本当にそんな傲慢男が義理の息子になっていいの? お父様に直に質問してみたいわ。
「明後日はリリアン嬢も同行されるとお聞きしております。ご家族に何か買って行かれますか?」
「……え、私も里帰りできるの?」
マックさんが沈痛な表情で大きく大きくため息をついた。
「本当にヨナ様の言葉が足りなくて申し訳ございません」
「いえ、マックさんが謝ることでは。純粋にヨナの問題なので」
私が気にしなくていいと手を振ると、何故かマックさんは目を瞠った。
「名前で、呼ばれるようになったのですね」
「えぇ、まぁ、一応……。多少は周囲の都合を考えてくれるようになったかな、と思いまして」
あ、なんか生温かいものを見るような目を向けられてる気がする。違うから。違うからね? 絆されたとかそんなんじゃないから! 断じて違うから!
「あ、えぇと、手土産ですよね! どうせ手ぶらで行くつもりでしょうから、何かしら用意しないと……って、明後日ですよね」
「わたしのことならお気になさらず。リリアン嬢を塔の外に買い物に行かせることはできませんが、できる限りご要望に沿った品を調達して参ります」
「……」
うん、安定の軟禁だよね。知ってた。
マックさんには申し訳ないけど、せっかくだからおつかいお願いしようかな。
「念のため確認しますけど、ヨナの財布から出るんですよね?」
「もちろんです」
「それでしたら……、母向けに優しい色合いのショールを。できれば花柄の刺繍が施してあればいいですね。でも、肌触り優先でチョイスしてください。父には葉巻――普段は甘めのものを吸っているのですけど、王都ではスパイシーな物があるらしいとボヤいていたので、そういったものを。弟には羽ペン、でしょうか? 地方で手に入る羽ペンはスタンダードなものだけですので、魔獣素材などでお手頃な価格のものがあれば。あとはお茶菓子を、……そうですね、5日程度は日持ちするもので、王都っぽい!繊細!素敵!って雰囲気のものがあれば」
私が淀みなく言うものだから、向かいに座っていたマックさんが慌ててメモを取り始めた。申し訳ない。
「具体的な指示で助かります。それにしても、以前から、ご家族のことを考えられていたのですね。こうもすらすらとご要望が出るなんて……」
「あ、違います。田舎育ちなので、伝え聞く王都の話から『もしお父様が王都に行ったら、こういうものを強請ろう!』という想像を頻繁にしていただけです」
田舎者の王都に対する憧れはハンパない。本当なら、自分の足で探しに行きたかったけれど、それができないからなぁ。先日、お洒落なバーに連れていって貰ったけど、あれ以降は何もないし……。飲み歩き、したいなぁ。
「あとは当日の服装ですが」
「え、もしかして正装するべきかしら?」
「いえ、その逆です。転移魔法は慣れない方は体調を崩すこともありますので、体をあまり締め付けないものをお勧めします」
「……分かりました。考えておきます」
おかしいなぁ。ここへ連れて来られたあの日、軽い二日酔いだったよ? 配慮の「は」の字もなかったよ?
過去のことだからと水に流していい問題なのか、改めて注意すべきことなのか悩みながら、私は自分の部屋へ戻った。
マックさんは、ソファに座った私の前にハーブティを置いてくれた。一瞬で熱湯を作ってお茶を入れられるのだから、便利だと思う。そうそう、ここに来てしばらくしてから知ったことなんだけど、マックさんもちゃんと魔法使いだった。王城勤めできる程の腕前らしいのだけど、荒事に対処できないという致命的な欠点があって、解雇されたところをヨナが拾ったのだとか。王城勤めできる程の頭脳とか魔法の腕前があるのに、雑務とか塔の留守番役とかあまつさえ食事を作らせるとか……本当に無駄遣いしている。と、思っていたら、どうやらマックさんの方もできるだけ王城から離れたくない理由があったらしく、ヨナには感謝しているのだとか。詳しい事情は知らないけれど、世の中うまく人材がハマることもあるのだと思ったものだ。
「そこに急遽、転移魔法の許可を脅し取……いえ、ねじ込んで、ギース子爵の元へ行くことにしたと。わたしも昨晩遅くに伺いました」
「急にも程があるわね。訪問先――お父様の許可は出ているのかしら」
これ、絶対、私を眠らせた後に動いたわよね。誰が最終的に転移魔法の許可を出すのかは知らないけれど、ご愁傷様としか言いようがないわ。
「いえ、今朝早く、通達という形でお知らせしましたが……」
「あー……」
言い淀んだマックさんの様子で分かった。いや、分からざるを得ない。一方的な通達よね。ご都合伺いとかじゃないわよね。
「今頃、向こうはてんやわんやになっていそう」
「おそらくは……」
鎮痛な面持ちのマックさん。常識人で良かった。ヨナだったら「俺が行くのなら当然だろう」ってどっしり構えてる。ねぇ、本当にそんな傲慢男が義理の息子になっていいの? お父様に直に質問してみたいわ。
「明後日はリリアン嬢も同行されるとお聞きしております。ご家族に何か買って行かれますか?」
「……え、私も里帰りできるの?」
マックさんが沈痛な表情で大きく大きくため息をついた。
「本当にヨナ様の言葉が足りなくて申し訳ございません」
「いえ、マックさんが謝ることでは。純粋にヨナの問題なので」
私が気にしなくていいと手を振ると、何故かマックさんは目を瞠った。
「名前で、呼ばれるようになったのですね」
「えぇ、まぁ、一応……。多少は周囲の都合を考えてくれるようになったかな、と思いまして」
あ、なんか生温かいものを見るような目を向けられてる気がする。違うから。違うからね? 絆されたとかそんなんじゃないから! 断じて違うから!
「あ、えぇと、手土産ですよね! どうせ手ぶらで行くつもりでしょうから、何かしら用意しないと……って、明後日ですよね」
「わたしのことならお気になさらず。リリアン嬢を塔の外に買い物に行かせることはできませんが、できる限りご要望に沿った品を調達して参ります」
「……」
うん、安定の軟禁だよね。知ってた。
マックさんには申し訳ないけど、せっかくだからおつかいお願いしようかな。
「念のため確認しますけど、ヨナの財布から出るんですよね?」
「もちろんです」
「それでしたら……、母向けに優しい色合いのショールを。できれば花柄の刺繍が施してあればいいですね。でも、肌触り優先でチョイスしてください。父には葉巻――普段は甘めのものを吸っているのですけど、王都ではスパイシーな物があるらしいとボヤいていたので、そういったものを。弟には羽ペン、でしょうか? 地方で手に入る羽ペンはスタンダードなものだけですので、魔獣素材などでお手頃な価格のものがあれば。あとはお茶菓子を、……そうですね、5日程度は日持ちするもので、王都っぽい!繊細!素敵!って雰囲気のものがあれば」
私が淀みなく言うものだから、向かいに座っていたマックさんが慌ててメモを取り始めた。申し訳ない。
「具体的な指示で助かります。それにしても、以前から、ご家族のことを考えられていたのですね。こうもすらすらとご要望が出るなんて……」
「あ、違います。田舎育ちなので、伝え聞く王都の話から『もしお父様が王都に行ったら、こういうものを強請ろう!』という想像を頻繁にしていただけです」
田舎者の王都に対する憧れはハンパない。本当なら、自分の足で探しに行きたかったけれど、それができないからなぁ。先日、お洒落なバーに連れていって貰ったけど、あれ以降は何もないし……。飲み歩き、したいなぁ。
「あとは当日の服装ですが」
「え、もしかして正装するべきかしら?」
「いえ、その逆です。転移魔法は慣れない方は体調を崩すこともありますので、体をあまり締め付けないものをお勧めします」
「……分かりました。考えておきます」
おかしいなぁ。ここへ連れて来られたあの日、軽い二日酔いだったよ? 配慮の「は」の字もなかったよ?
過去のことだからと水に流していい問題なのか、改めて注意すべきことなのか悩みながら、私は自分の部屋へ戻った。
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