52 / 92
52.前途多難な予定(後)
しおりを挟む
「明後日のことですが、元々ヨナ様は休日の予定でした」
マックさんは、ソファに座った私の前にハーブティを置いてくれた。一瞬で熱湯を作ってお茶を入れられるのだから、便利だと思う。そうそう、ここに来てしばらくしてから知ったことなんだけど、マックさんもちゃんと魔法使いだった。王城勤めできる程の腕前らしいのだけど、荒事に対処できないという致命的な欠点があって、解雇されたところをヨナが拾ったのだとか。王城勤めできる程の頭脳とか魔法の腕前があるのに、雑務とか塔の留守番役とかあまつさえ食事を作らせるとか……本当に無駄遣いしている。と、思っていたら、どうやらマックさんの方もできるだけ王城から離れたくない理由があったらしく、ヨナには感謝しているのだとか。詳しい事情は知らないけれど、世の中うまく人材がハマることもあるのだと思ったものだ。
「そこに急遽、転移魔法の許可を脅し取……いえ、ねじ込んで、ギース子爵の元へ行くことにしたと。わたしも昨晩遅くに伺いました」
「急にも程があるわね。訪問先――お父様の許可は出ているのかしら」
これ、絶対、私を眠らせた後に動いたわよね。誰が最終的に転移魔法の許可を出すのかは知らないけれど、ご愁傷様としか言いようがないわ。
「いえ、今朝早く、通達という形でお知らせしましたが……」
「あー……」
言い淀んだマックさんの様子で分かった。いや、分からざるを得ない。一方的な通達よね。ご都合伺いとかじゃないわよね。
「今頃、向こうはてんやわんやになっていそう」
「おそらくは……」
鎮痛な面持ちのマックさん。常識人で良かった。ヨナだったら「俺が行くのなら当然だろう」ってどっしり構えてる。ねぇ、本当にそんな傲慢男が義理の息子になっていいの? お父様に直に質問してみたいわ。
「明後日はリリアン嬢も同行されるとお聞きしております。ご家族に何か買って行かれますか?」
「……え、私も里帰りできるの?」
マックさんが沈痛な表情で大きく大きくため息をついた。
「本当にヨナ様の言葉が足りなくて申し訳ございません」
「いえ、マックさんが謝ることでは。純粋にヨナの問題なので」
私が気にしなくていいと手を振ると、何故かマックさんは目を瞠った。
「名前で、呼ばれるようになったのですね」
「えぇ、まぁ、一応……。多少は周囲の都合を考えてくれるようになったかな、と思いまして」
あ、なんか生温かいものを見るような目を向けられてる気がする。違うから。違うからね? 絆されたとかそんなんじゃないから! 断じて違うから!
「あ、えぇと、手土産ですよね! どうせ手ぶらで行くつもりでしょうから、何かしら用意しないと……って、明後日ですよね」
「わたしのことならお気になさらず。リリアン嬢を塔の外に買い物に行かせることはできませんが、できる限りご要望に沿った品を調達して参ります」
「……」
うん、安定の軟禁だよね。知ってた。
マックさんには申し訳ないけど、せっかくだからおつかいお願いしようかな。
「念のため確認しますけど、ヨナの財布から出るんですよね?」
「もちろんです」
「それでしたら……、母向けに優しい色合いのショールを。できれば花柄の刺繍が施してあればいいですね。でも、肌触り優先でチョイスしてください。父には葉巻――普段は甘めのものを吸っているのですけど、王都ではスパイシーな物があるらしいとボヤいていたので、そういったものを。弟には羽ペン、でしょうか? 地方で手に入る羽ペンはスタンダードなものだけですので、魔獣素材などでお手頃な価格のものがあれば。あとはお茶菓子を、……そうですね、5日程度は日持ちするもので、王都っぽい!繊細!素敵!って雰囲気のものがあれば」
私が淀みなく言うものだから、向かいに座っていたマックさんが慌ててメモを取り始めた。申し訳ない。
「具体的な指示で助かります。それにしても、以前から、ご家族のことを考えられていたのですね。こうもすらすらとご要望が出るなんて……」
「あ、違います。田舎育ちなので、伝え聞く王都の話から『もしお父様が王都に行ったら、こういうものを強請ろう!』という想像を頻繁にしていただけです」
田舎者の王都に対する憧れはハンパない。本当なら、自分の足で探しに行きたかったけれど、それができないからなぁ。先日、お洒落なバーに連れていって貰ったけど、あれ以降は何もないし……。飲み歩き、したいなぁ。
「あとは当日の服装ですが」
「え、もしかして正装するべきかしら?」
「いえ、その逆です。転移魔法は慣れない方は体調を崩すこともありますので、体をあまり締め付けないものをお勧めします」
「……分かりました。考えておきます」
おかしいなぁ。ここへ連れて来られたあの日、軽い二日酔いだったよ? 配慮の「は」の字もなかったよ?
過去のことだからと水に流していい問題なのか、改めて注意すべきことなのか悩みながら、私は自分の部屋へ戻った。
マックさんは、ソファに座った私の前にハーブティを置いてくれた。一瞬で熱湯を作ってお茶を入れられるのだから、便利だと思う。そうそう、ここに来てしばらくしてから知ったことなんだけど、マックさんもちゃんと魔法使いだった。王城勤めできる程の腕前らしいのだけど、荒事に対処できないという致命的な欠点があって、解雇されたところをヨナが拾ったのだとか。王城勤めできる程の頭脳とか魔法の腕前があるのに、雑務とか塔の留守番役とかあまつさえ食事を作らせるとか……本当に無駄遣いしている。と、思っていたら、どうやらマックさんの方もできるだけ王城から離れたくない理由があったらしく、ヨナには感謝しているのだとか。詳しい事情は知らないけれど、世の中うまく人材がハマることもあるのだと思ったものだ。
「そこに急遽、転移魔法の許可を脅し取……いえ、ねじ込んで、ギース子爵の元へ行くことにしたと。わたしも昨晩遅くに伺いました」
「急にも程があるわね。訪問先――お父様の許可は出ているのかしら」
これ、絶対、私を眠らせた後に動いたわよね。誰が最終的に転移魔法の許可を出すのかは知らないけれど、ご愁傷様としか言いようがないわ。
「いえ、今朝早く、通達という形でお知らせしましたが……」
「あー……」
言い淀んだマックさんの様子で分かった。いや、分からざるを得ない。一方的な通達よね。ご都合伺いとかじゃないわよね。
「今頃、向こうはてんやわんやになっていそう」
「おそらくは……」
鎮痛な面持ちのマックさん。常識人で良かった。ヨナだったら「俺が行くのなら当然だろう」ってどっしり構えてる。ねぇ、本当にそんな傲慢男が義理の息子になっていいの? お父様に直に質問してみたいわ。
「明後日はリリアン嬢も同行されるとお聞きしております。ご家族に何か買って行かれますか?」
「……え、私も里帰りできるの?」
マックさんが沈痛な表情で大きく大きくため息をついた。
「本当にヨナ様の言葉が足りなくて申し訳ございません」
「いえ、マックさんが謝ることでは。純粋にヨナの問題なので」
私が気にしなくていいと手を振ると、何故かマックさんは目を瞠った。
「名前で、呼ばれるようになったのですね」
「えぇ、まぁ、一応……。多少は周囲の都合を考えてくれるようになったかな、と思いまして」
あ、なんか生温かいものを見るような目を向けられてる気がする。違うから。違うからね? 絆されたとかそんなんじゃないから! 断じて違うから!
「あ、えぇと、手土産ですよね! どうせ手ぶらで行くつもりでしょうから、何かしら用意しないと……って、明後日ですよね」
「わたしのことならお気になさらず。リリアン嬢を塔の外に買い物に行かせることはできませんが、できる限りご要望に沿った品を調達して参ります」
「……」
うん、安定の軟禁だよね。知ってた。
マックさんには申し訳ないけど、せっかくだからおつかいお願いしようかな。
「念のため確認しますけど、ヨナの財布から出るんですよね?」
「もちろんです」
「それでしたら……、母向けに優しい色合いのショールを。できれば花柄の刺繍が施してあればいいですね。でも、肌触り優先でチョイスしてください。父には葉巻――普段は甘めのものを吸っているのですけど、王都ではスパイシーな物があるらしいとボヤいていたので、そういったものを。弟には羽ペン、でしょうか? 地方で手に入る羽ペンはスタンダードなものだけですので、魔獣素材などでお手頃な価格のものがあれば。あとはお茶菓子を、……そうですね、5日程度は日持ちするもので、王都っぽい!繊細!素敵!って雰囲気のものがあれば」
私が淀みなく言うものだから、向かいに座っていたマックさんが慌ててメモを取り始めた。申し訳ない。
「具体的な指示で助かります。それにしても、以前から、ご家族のことを考えられていたのですね。こうもすらすらとご要望が出るなんて……」
「あ、違います。田舎育ちなので、伝え聞く王都の話から『もしお父様が王都に行ったら、こういうものを強請ろう!』という想像を頻繁にしていただけです」
田舎者の王都に対する憧れはハンパない。本当なら、自分の足で探しに行きたかったけれど、それができないからなぁ。先日、お洒落なバーに連れていって貰ったけど、あれ以降は何もないし……。飲み歩き、したいなぁ。
「あとは当日の服装ですが」
「え、もしかして正装するべきかしら?」
「いえ、その逆です。転移魔法は慣れない方は体調を崩すこともありますので、体をあまり締め付けないものをお勧めします」
「……分かりました。考えておきます」
おかしいなぁ。ここへ連れて来られたあの日、軽い二日酔いだったよ? 配慮の「は」の字もなかったよ?
過去のことだからと水に流していい問題なのか、改めて注意すべきことなのか悩みながら、私は自分の部屋へ戻った。
1
あなたにおすすめの小説
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる