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55.まともな譲歩(前)
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「リリアンお嬢様、旦那様がお呼びです」
「私だけ?」
「奥様とノエル様も同席して構わないと聞いております」
私を呼びに来たジギーの返答に、お母様が私の肩をぽんと叩いてくれる。
「行きましょう? どんな条件になったのか、私も確認したいもの」
「ありがとうございます、お母様。ノエルはどうするの?」
「僕も行くに決まっているじゃないですか。姉上の結婚に関わる話ですし、ギース子爵領の将来にも深く関係してくるでしょうから」
ごめん、ノエル。ヨナの性格からして、あまりギース子爵領に利益とか還元されるとは思えないんだ。お父様がどういう条件を出したかは知らないけどさ。
そんなわけで、3人連れだって応接間に向かうと、ちょっと疲れた様子のお父様と、無表情で何を考えているか分からないヨナが合い向かいに座っていた。
お母様がお父様の隣に座ったので、私は仕方なくヨナの隣に腰を下ろす。ノエルは誕生席の一人掛けのソファに落ち着いた。
「お父様、条件はまとまりましたの?」
「……まぁ、な」
なんだ、歯切れ悪いじゃないか。余程不利な条件でも突きつけられたか?
私は許可を得て、最終稿であるという婚約申請書を確認する。普通はここに結納金であるとか、共同事業の出資比率とか、二人の間に生まれた子の扱いとか、色々と細かい取り決めが書かれると聞いている。もちろん、本物を見るのは初めてだ。
「……なるほど?」
ざっと内容を確認した私の感想は「悪くない」だ。国一番の魔法使いを相手に、地方の一子爵がこれ以上望めようか。
「ヨナはこれでいいの?」
「殿下からの許可は取った。というか、推奨された」
あ、なんか納得した。そうよね。ヨナが言い出すような条件ではないものね。
『ギース子爵領有事の際、転移魔法を含む移動手段により迅速に駆け付ける』
つまり、自然災害とか、周辺との小競り合いとか、とにかくヤバいことが起きたら、助けてくれるってことだ。ぶっちゃけ破格の条件だと思う。
「それなのに、どうしてお父様は渋い顔をしているの?」
「……遡及申請だ」
絞り出すような低い声に、私は書類の日付を確認した。うん、3カ月前になってるね。こういう手段で来たか。
「しかも、結婚式を挙げるつもりはないと」
「えっ」
「え?」
私とお母様の声が重なった。ちなみにお母様は「とんでもない!」という驚きの、私は「やった、ラッキー」という気持ちをこめてのものだ。
「大々的に広めると面倒な虫が湧いて出るだろう。調べてみたらもう結婚していた、ぐらいで丁度いい」
「で、ですが、結婚式は一生に一度、女性が夢に見る憧れのイベントですのよ?」
「それがどうした? 身の安全の方が大事だろう」
お母様の反論をにべもなく切り捨てる様子に、私は「相変わらずブレないなぁ」という感想しか抱かない。もう慣れた。
「リリアンちゃん? リリアンちゃんはそれでいいの?」
「そうですね……。ヨナの言うことも一理あると思いますわ。今も、限られた区域から外に出ないことで、面倒な嫉妬から逃れられていますし」
いまだに王都での同性の話し相手が、王太子妃殿下しかいないし。ちょっと寂しいが、身の安全が第一というヨナの言いたいことも分かる。話を聞いているだけでも、ハイエナ令嬢怖い。
「子爵領も、ヨナと姻戚関係にあると分かれば、周囲から余計なやっかみを買いますよね?」
「その可能性はある。ある、が……」
あれ、もしかしてお父様も、娘の結婚式に夢見てる人だった? それは申し訳ないことをした。こんな夢も希望もない娘でごめん。
「限られた区域から出ない、ですって? リリアンちゃん、どういうことなの?」
「そのままの意味です。基本的に住まいからは出ません。たまに王太子妃殿下とお茶会はしてますけど」
「おうたいし、ひ、でんか……?」
「あ、手紙に書いていなかったかも。手紙が検閲されてたらイヤだな、と思いましたので、日常の話ばかり書いてました」
あ、お母様がぷるぷる震えてる。その隣のお父様も目をそんなに見開いて、目玉落ちちゃわないかな。
「姉上! 王太子妃殿下とお茶をできるほどスゴくなったんですね!」
弟よ。それはちょっと違う。軟禁生活がヤバくならないように、抑止力としてお茶会させていただいてるだけだから。だからそんなに尊敬の眼差しを向けないで。
「リリアン。結婚式に夢があるのか?」
「うーん、私はそういうのとは無縁なんだけど、お父様とお母様の反応を見ると、式だけでも挙げた方がいいのかな、って気がしてきたわ。列席者を限定しまくって、挙式する?」
「……」
あ、黙った。きっと面倒だと思ってるんだろうな。
そうかと思えば、ヨナはお父様の方に視線を向けた。
「ギース子爵、貴殿が結婚したときの式の規模と場所は?」
「あ、あぁ、ここの聖堂を使って、両家の親族と近隣の領主を呼んで催しました。その後、領民へもお披露目を」
「では、ここの聖堂で、式を挙げる。ただし呼ぶのは家族のみだ」
「私だけ?」
「奥様とノエル様も同席して構わないと聞いております」
私を呼びに来たジギーの返答に、お母様が私の肩をぽんと叩いてくれる。
「行きましょう? どんな条件になったのか、私も確認したいもの」
「ありがとうございます、お母様。ノエルはどうするの?」
「僕も行くに決まっているじゃないですか。姉上の結婚に関わる話ですし、ギース子爵領の将来にも深く関係してくるでしょうから」
ごめん、ノエル。ヨナの性格からして、あまりギース子爵領に利益とか還元されるとは思えないんだ。お父様がどういう条件を出したかは知らないけどさ。
そんなわけで、3人連れだって応接間に向かうと、ちょっと疲れた様子のお父様と、無表情で何を考えているか分からないヨナが合い向かいに座っていた。
お母様がお父様の隣に座ったので、私は仕方なくヨナの隣に腰を下ろす。ノエルは誕生席の一人掛けのソファに落ち着いた。
「お父様、条件はまとまりましたの?」
「……まぁ、な」
なんだ、歯切れ悪いじゃないか。余程不利な条件でも突きつけられたか?
私は許可を得て、最終稿であるという婚約申請書を確認する。普通はここに結納金であるとか、共同事業の出資比率とか、二人の間に生まれた子の扱いとか、色々と細かい取り決めが書かれると聞いている。もちろん、本物を見るのは初めてだ。
「……なるほど?」
ざっと内容を確認した私の感想は「悪くない」だ。国一番の魔法使いを相手に、地方の一子爵がこれ以上望めようか。
「ヨナはこれでいいの?」
「殿下からの許可は取った。というか、推奨された」
あ、なんか納得した。そうよね。ヨナが言い出すような条件ではないものね。
『ギース子爵領有事の際、転移魔法を含む移動手段により迅速に駆け付ける』
つまり、自然災害とか、周辺との小競り合いとか、とにかくヤバいことが起きたら、助けてくれるってことだ。ぶっちゃけ破格の条件だと思う。
「それなのに、どうしてお父様は渋い顔をしているの?」
「……遡及申請だ」
絞り出すような低い声に、私は書類の日付を確認した。うん、3カ月前になってるね。こういう手段で来たか。
「しかも、結婚式を挙げるつもりはないと」
「えっ」
「え?」
私とお母様の声が重なった。ちなみにお母様は「とんでもない!」という驚きの、私は「やった、ラッキー」という気持ちをこめてのものだ。
「大々的に広めると面倒な虫が湧いて出るだろう。調べてみたらもう結婚していた、ぐらいで丁度いい」
「で、ですが、結婚式は一生に一度、女性が夢に見る憧れのイベントですのよ?」
「それがどうした? 身の安全の方が大事だろう」
お母様の反論をにべもなく切り捨てる様子に、私は「相変わらずブレないなぁ」という感想しか抱かない。もう慣れた。
「リリアンちゃん? リリアンちゃんはそれでいいの?」
「そうですね……。ヨナの言うことも一理あると思いますわ。今も、限られた区域から外に出ないことで、面倒な嫉妬から逃れられていますし」
いまだに王都での同性の話し相手が、王太子妃殿下しかいないし。ちょっと寂しいが、身の安全が第一というヨナの言いたいことも分かる。話を聞いているだけでも、ハイエナ令嬢怖い。
「子爵領も、ヨナと姻戚関係にあると分かれば、周囲から余計なやっかみを買いますよね?」
「その可能性はある。ある、が……」
あれ、もしかしてお父様も、娘の結婚式に夢見てる人だった? それは申し訳ないことをした。こんな夢も希望もない娘でごめん。
「限られた区域から出ない、ですって? リリアンちゃん、どういうことなの?」
「そのままの意味です。基本的に住まいからは出ません。たまに王太子妃殿下とお茶会はしてますけど」
「おうたいし、ひ、でんか……?」
「あ、手紙に書いていなかったかも。手紙が検閲されてたらイヤだな、と思いましたので、日常の話ばかり書いてました」
あ、お母様がぷるぷる震えてる。その隣のお父様も目をそんなに見開いて、目玉落ちちゃわないかな。
「姉上! 王太子妃殿下とお茶をできるほどスゴくなったんですね!」
弟よ。それはちょっと違う。軟禁生活がヤバくならないように、抑止力としてお茶会させていただいてるだけだから。だからそんなに尊敬の眼差しを向けないで。
「リリアン。結婚式に夢があるのか?」
「うーん、私はそういうのとは無縁なんだけど、お父様とお母様の反応を見ると、式だけでも挙げた方がいいのかな、って気がしてきたわ。列席者を限定しまくって、挙式する?」
「……」
あ、黙った。きっと面倒だと思ってるんだろうな。
そうかと思えば、ヨナはお父様の方に視線を向けた。
「ギース子爵、貴殿が結婚したときの式の規模と場所は?」
「あ、あぁ、ここの聖堂を使って、両家の親族と近隣の領主を呼んで催しました。その後、領民へもお披露目を」
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