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54.不安な里帰り(後)

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「あと、ノエルにも羽ペンを買ってきたのだけど……」
「姉上っっ!」

 噂をすれば何とやら。食堂に勢いよく転がり込んできたノエルが、ガシッと抱き着いてきた。

「あー、はいはい。元気だった?」
「姉上ぇぇぇぇ……」

 なんだこの可愛い生きもの。たとえ身長が私よりも大きくても、こんな風に抱き着いてこられたら、お姉ちゃんとしては愛でないわけがない。

「全然手紙をくれないから、怒っているものだと……」
「まぁね。お父様と二人で私を売り飛ばしてくれたわけだしね」

 そうなのだ。父と二人で私をヨナに引き渡したので、手紙は母宛てにしか出していなかったのだ。まぁ、私が元気であることは伝わっていたと思うけど。

「あ、そうだ。お父様にも葉巻を買ってきたの。お母様から渡してあげて」

 ノエルをべりっと引きはがし、私は母に葉巻の入ったケースを差し出した。

「ノエルはこっちね。コカトリスの羽根ペンなの。魔獣素材を使った羽根ペンって、他にもペガサスとかグリフォンとかのものもあるらしいけど、そっちはかなりお高くて」
「コカトリス……石化とかしませんよね?」
「羽根だけだもの、大丈夫よ」

 ノエルは木箱から羽根ペンを取り出し、手に持ってあちこちから眺め、さらには陽の光に透かしてみたりしている。気持ちはすごく分かるわー。魔力が残っているのか、ちょっとキラキラして見えるのよね。

「今日は婚約の話で来ると聞いているけれど、結婚式の日取りまで詰める予定なの?」
「さぁ? どこまで詰めるのかは聞いてないわ。ヨナはできるだけ早く結婚したいって息巻いてたけど。そのくせ、婚約申請のことは頭から抜け落ちてたみたい」
「熱烈ねぇ。リリアンちゃんはそれでいいの?」

 良し悪しを尋ねられると、さすがに即答できないなぁ。いまだに「ごめんなさい」も覚束ないお子ちゃまだし。

「今更拒否できるとは思ってないし、付き合い方のとっかかりも見えてきたしね」
「あら、違うわよ。結婚式の準備とかドレスとか間に合うのかという話よ」

 あー……。なんか遠い目になりそう。別に結婚式に夢もないのよね。そんなのナシに書類だけ纏めればいいんだけど。ダメかなぁ。ダメよねぇ……。

「普通は、どれくらい準備に時間をかけるものなのかしら」
「そうね、私のときには、ドレスはお下がりに手を加えただけだったけれど、それでも半年前には招待状の送付をしていたわね」

 つまり、半年前には日取りと会場と招待客が決まっていた、と。ウェディングドレスって、一から作るとしたらどれだけかかるの? お母様のお下がりってまだ使えるのかしら?

(えー……、だって、ヨナ側の列席者とかどうなるの? 親とも縁が切れてるんでしょ?)

 これは要相談だわ。主に王太子殿下に。
 あとは……、私の存在が明らかになることで、ハイエナ令嬢がどう動くかってところが未知数過ぎて……。

「リリアンちゃん?」
「うん、いや、大変だなぁと」
「だめよ? 他人事になんかしちゃ。一生に一度のことなんだから」
「あー、うん。でも、ちょっとそこに憧れはなくてね?」

 というか、あのイケメンの隣に並びたくない。どれだけ着飾ったところで、視線は全部あっちに行くだろう。……ん? それはそれで構わないのでは? 注目を浴びることはな……いわけがない、か。アレの隣に立ちたいって令嬢の目の敵にされるのは避けられない。

「……だんだんイヤになってきたかも」
「マリッジブルーになるのは早いわよ?」
「そうじゃないのよ。アレでも人気があるみたいだから、やっかみが面倒だな、って」
「……そうなの?」
「そりゃそうよ。アレでも希代の大魔法使いサマよ? それにあのご面相でしょ?」

 母は少し眉根に皺を寄せて考えてから、「まぁ、そういうことも、あるのかも……?」と納得したようなしていないような微妙な声を出した。私と感性が近いようで嬉しいわ。家族全員この結婚に賛成だったらどうしようかと思ったもの。

「でも、だからこそ、リリアンちゃんが選ばれたのね」
「え? どうして?」
「だって、『希代の大魔法使いの妻』も『美貌の夫』も、どうでもいいと思っているんでしょう?」
「それは、まぁ……」

 むしろ、のし付けて誰かに進呈したいぐらいに。とは、さすがに口に出せない。でも、私の言いたいことは分かったんだろう。「そういうところよ」と微笑まれた。

「外側しか見ない人が多いなら、リリアンちゃんは新鮮に映ったんでしょうね。でも、王都にも、リリアンちゃんと似た考えの人は居そうだけれど」
「そういう人は、むしろ逃げるでしょ。ハイエナ令嬢と戦っても得るものがないんだから」
「そうね。いらないもののために面倒事を抱えるなんて、馬鹿らしいものね」
「その馬鹿らしいことを、させられているんだけどね」

 考えれば考えるだけ、イヤになってくるわ。
 望んでもいないもののために、ハイエナ令嬢と戦わないといけないなんて、貧乏くじよね、これ。酒量を増やしてやろうかしら。

「姉上は、あの人が相手では不満なんですか?」
「ギース子爵領にとってのメリットは大きいと思うけど、私にとってのメリットは少ないわね。デメリットも多いし」
「で、でも、王都で一緒に暮らすようになって、相互理解も進みましたよね?」

 一緒に暮らすようになって……ね。
 魂だけ別居してた期間もあるし、ほとんど寝たきりだった期間もある。残念ながら弟の考える甘酸っぱさは皆無だわ。

「お互いに譲れないポイントの確認ぐらいはできたかもね」
「えー……」

 弟よ、この姉に甘い恋愛のアレコレを求めないで欲しい。貴族令嬢として研鑽するよりも、孤児院への慰問や針仕事でのお小遣い稼ぎをしていた姉なんだよ。

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