人間、平和に長生きが一番です!~物騒なプロポーズ相手との攻防録~

長野 雪

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81.素人目線なアドバイス(前)

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 本日はヨナのお休みの日……だけれど、完全放置なので自由でもある。塔の結界の改良と再構築はなかなか大変なものらしいので。
 放置と言っても、城下に出られるわけもなく、手慰みにちくちくと刺繍をするしかないのが残念なところ。
 そろそろヨナへのご機嫌取りのハンカチも飽きてきたので、自分用のハンカチに刺繍をすることにしたんだけど、図案がさっぱり思いつかないので、漢字を刺繍してみてる。画数が少ないと図案として物足りないので、色々と考えた結果、選んだ言葉は『漢道』。ネタに走りました。大丈夫大丈夫。知らなければ幾何学模様に見えるだろうし、むしろ幾何学模様に見えるように字も崩すし。

「楽しそうだな」
「……あ、もう終わったの? 刺繍自体は好きだから楽しいわよ?」

 あ、なんだか眉間にしわが寄っている。これはまだ終わってないな。
 刺繍の枠と針をテーブルに置くと、案の定、ぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。あーはいはい。これもう、でっかい子供かな。

「視覚を歪ませるだけならともかく、気配を断つとなると、魔法式が難解になり過ぎる……」

 悩みが専門的過ぎて、私にはアドバイスできないよ? というか、どれだけ堅牢にしたいの。どこを目指してるの。

「えーと、私で良ければ聞くけど、的確なアドバイスは求めないでね? 気分転換とか、情報整理に付き合う程度だと思って?」
「……確かに、話をすれば情報の再確認ができるか。リリアン、いいか?」
「ちんぷんかんぷんでも、相槌を打つぐらいはできるから」

 そして始まった魔法講義は、ぶっちゃけ難解過ぎて無理ってなった。
 そもそも、私の魔法知識は五大要素に働きかける基礎中の基礎しかない。結界を張るだけでも十分高度な内容なのに、そこにさらに別の魔法を織り込む? 混ぜ込む? うん、わけが分からない。

「うーん? ねぇ、ヨナ、質問してもいい?」
「どうした?」
「前に結界って網みたいなものって話していたじゃない? その網に視覚を歪ませる効果を付けようとするっていうのは、別の糸で結界の網に絡ませながら似たような網を作るっていう認識で合ってる?」
「確かに網の例えで言うなら、間違いではないな。相互に干渉し合うから、そこまで簡単なものではないが」
「その二つの網って、絡ませ合わないといけないの?」
「うん? どういうことだ?」

 私は「ちょっと待ってて」と言い置くと、布小物なんかを入れている引き出しから、布のバッグを取り出した。ヨナと城下に行ったときに、小物屋さんで買ったバッグだ。そっけない無地のバッグだったが、今は大振りの刺繍をしてある。チューリップの花束をイメージしてみたが、なかなか良い出来になった。

「これ、覚えてる? 城下に出かけたときに買ってもらったものなんだけど」
「……買った、か?」
「元々、刺繍はなかったわ。便箋なんかを買ったお店で、買ったものを入れるようにって」
「あぁ、そういえばそんなものもあったな」

 良かった。一応記憶には残っていたらしい。
 本題はそこじゃないんだけどね。

「時間を見つけてちょっと刺繍してみたんだけど、見て欲しいのは裏なの」

 ちょっと凝った図案にしたから、中に何か入れたときに、裏の糸が引っ掛かってしまうんじゃないかと思って、刺繍の裏に布を張ったのだ。前世だったらアイロンでくっつく接着芯があって便利だったんだけど、残念ながらそんなものはない。色味の近い糸で目立たないように縫ってある。

「こんなふうに、部分的に布……結界の網に別の魔法の網を重ねるってできないの?」
「……」

 あ、やっぱり、素人考えだったみたい。微妙な顔になってる。

「えーと、ごめんね。やっぱりそんな簡単にはいかな――――」
「いや、可能かもしれん」

 え、なんで私、両手をぎゅっと握られてるの?

「そうだ。別に相互干渉さえ防げばいいのだから、ある程度の距離をおいて別の魔法を展開すればいい。なぜこんなことに気付けなかったのか。となると、結界自体は基本構成はそのままで強度だけ上げるとして、いや、密度を上げるとかえって効率が悪くなるか? 密度はそのままに外側からの干渉に対して反撃の魔法式を這わせるとして、それとは別に屋上を中心として視覚認識の阻害と囮の気配を発するような――そうだな、鳥のさえずり程度で構わないな。どうせ攪乱かくらんできればそれで十分なのだから。それと……」

 す、すごい。小声の早口でなんか考えをまとめていくスピードが半端ないんですけど。しかも、指を小さく動かしながら、その指先で目の粗いガーゼみたいな淡い光の布が二重三重に重なっていく幻影なのか、モノホンの結界なのか、とにかくよく分かんないけど、高度なことをやっているんだろうと想像がつく。
 置いてけぼりになってるけど、本人が楽しそうだからまぁいいか。そんなことをぼんやり考えながらヨナの指先から発せられる光を眺めていたら、ふいにヨナが私の方に向き直った。
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