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82.素人目線なアドバイス(後)

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「やはり、リリアンの発想は素晴らしいな」
「いや、至って普通よ? 素人考えだから的外れなことだって言うこともあるし」
「それでも、俺にはできなかった考え方だ。……俺も刺繍に励めばできるようになるのか?」

 独り言のようにぽつりと言ったセリフに、つい噴き出しそうになった。色々な人から憧れられ畏れられる大魔法使いサマが針と糸を持つ姿がちょっとツボってしまったのだ。

「……うん、色々なことに興味を持つのはいいことだと、思う、よ?」

 私は変なことを言っていないはずなのに、何故かヨナの視線が私から外れない。そんなにじっと見つめられると、さすがに気になるんですけど?

「えー、と、何か、気に障ることを言っちゃった?」
「……いや、ますますリリアンを手放せないと再確認しただけだ」
「そんな大層なことはしていない筈なんだけど」

 素人なりに頑張ってプロの言うことを理解しようと試みて、その上でお試し意見を言ってみただけよ?

「俺は今まで、刺繍のことなど考えたことがない」
「でしょうね」

 そりゃ、ずっと魔法一筋だろうし?

「お前に尋ねられるまで、城下にどんな店があるかなど考えてもみなかった」
「雑貨屋とか仕立て屋とかは、特に男性は興味ない人も多いでしょ」
「――――こうして、リリアンと話すようになって、俺の世界は確実に広がった」
「……世界?」

 世界、とは。

「俺には魔法だけだった。それで良いと思っていた。だが、リリアンを通して、今まで気にも留めていなかったことが色鮮やかに次々と入ってくる」
「あ、のね? それは別に私じゃなくても良かったはずよ? 他人との会話を通して、自分が今まで知らなかった分野について興味を持つようになるのなんて、よくあることだし」

 だから私一人に依存せず、他の人とも交流を持てば……と続けようとしたところ、ヨナの真っ黒な瞳に射抜かれて言葉を失った。それほど、ひたむきで真っすぐな眼差しだった。

「リリアンだけでいい」
「っ」

 反則だと叫びたい。イケメンが本気の顔をしてそんなことを言うのは、絶対に反則なんだと。

「今までは魔法だけだった。それで良かった。そんな俺を変えたのはリリアンだ。新しい興味もリリアンの言動に関連づけられる。それでいい。それ以外に興味も持てそうにない」
「……絶対、他の人と交流を持った方が、世界はずっとずっと広がると思うのよ」

 私の声は、もはや弱々しいものになっていた。説得できる気もしない。押し切られる気しかしないからだ。現に、いつの間にか物理的に距離を縮めてきたヨナが、私の手を取っている。

「リリアン。覚えているか? 俺の夢がお前に伝わってしまったときがあっただろう」
「あー……、あのグロい夢を見たときのこと?」

 思い出すと今でもげんなりとする。前世では描写のグロいスプラッタも存在したけど、あれだって、虚構だからこそ許せる話だ。

「あのときまで、リリアンは俺の魔法を使って人を殺すことなど考えていなかっただろう」
「それは確かに、うっかりしていたとしか」

 今なら、周辺諸国や国内の不穏分子に向けた示威行為に使える力だと理解できる。いや、以前から『抑止力』として理解していたはずだ。ただ、当時の私が具体的に『抑止力』とはどういうものなのか思い至らなかったのは、単に平和ボケしていたからだろう。

「俺の世界を広げるのなら、そんな優しいリリアンを通して広げたい」
「~~~~~っ!」

 両手で顔を覆って座り込みたいのに、私の手がヨナに取られてしまっているせいで、それができない。いやホント。無理。無理だから。

「俺の発言でそんな顔になっていると思うと嬉しいものだな」
「……このドS」
「ん?」
「なんでもない。手、放してくれる?」
「嫌だ」

 なんだ、本当にドSに開眼したのかこのヤロウ。今日の夕食にチリペッパー増量してやろうか。
 心の中で悪態をつくけれど、私にできることはそこまでだ。明らかに顔が赤くなっているところを見られて、もはや逃げ道もない。それでも、素直にヨナのところに飛び込めるほど、若くない。いや、若い。若いんだけどね? どうしても前世の最期がトゲになって深く食い込んでいるせいで、心のままに動けない自覚はある。

「……放して」
「仕方ないな」

 もっとゴネられるかと思ったのに、素直に従ってくれたな……と思った私が油断した。確かに手を放してくれたけれど、その直後、まるで私を閉じ込めるように抱きしめてきた。

「ヨナ!?」
「抱きしめるな、とは言われてないな」
「貴方、分かってやっているでしょう!」
「当然だ。俺のせいでうろたえるリリアンが可愛いからな」
「……っ、だから、やめてって!」

 後になってふと、考える。
 私がこのとき、素直にヨナに気持ちを吐露していたら。そもそも、ちゃんと自分の気持ちから目を背けずに認めていたら。
 後になっての「たら」「れば」なんて感傷でしかないけれど、思わずにはいられなかった。
 私にしか積極的にコミュニケーションを取ろうとしない人間が、どれほど私に依存しているのか。その重さを理解できていなかった。
 圧倒的な力を持つ大魔法使いの暴走。権力の第一線に立つ王太子夫妻も、その危険性を感じていたからこそ、あれだけ優遇してくれていたのだと、私は後から思い知ることになる。

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