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83.職権乱用な招待(前)
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「……あの、こういったご招待は非常に困ります」
私が非常に困り果てて、それでも何とか声を絞り出したというのに、目の前の御方は興味深そうな視線を向けるだけだった。
毎度毎度、胃の痛くなる王太子妃殿下とのお茶会を終えて、グース卿を先導兼護衛に塔に戻る途中のことだった。突然、目も開けていられない程の突風が吹いたと思ったら、私はこの部屋に居た。あの覚えのある特有の浮遊感は、きっと転移魔法によるものだ。この室内の調度品と合わせて考えられる目の前の人の正体は、……うん、非常によろしくない気がする。
「ほぅ、ご令嬢に『困る』などと言われたのは初めてだ。なかなか新鮮なものだな」
しみじみと感想を述べられても、本当に困るとしか言えない。
私は息を大きく吐いて、改めて室内を失礼にならない程度に確認した。どっしりとした黒檀の執務机を挟んで座る男性は、年は40代か50代ぐらい。綺麗に整えられたヒゲと、右耳に付けられたエメラルドっぽいピアス、外見にちゃんと気を払っていると思うのだけれど、残念ながら目の下の隈が睡眠不足と疲労を主張している。彼の背後にある書棚には魔法書と思しきものが何冊も並んでいるし、ケースに入った大きな魔石からは、魔法のことをほとんど知らない私でも分かるぐらいの圧を感じる。
「妃殿下とのお茶会以外では、外出をしないという約束を破ることになってしまいます」
「その茶会の帰りだったのだから、特に問題ないのではないかな? それに、その約束相手は王都から離れた場所にいるから問題ないだろう」
あぁ、やっぱり。
確かに今朝ヨナは「急な遠征が入った」とボヤきながら出勤していった。それってさ、目の前のこの人が仕組んでいたりしないかな?
「長く拘束するつもりはない。先日、こちらの監督不行き届きで不快な思いをさせたのではないかと思ってな」
「いったい、何のお話でしょうか」
「エイブラハム・ダッカードが君に失礼なことをしたのではないかね」
「……そのお名前に聞き覚えがありませんので、答えかねます」
名前……聞き覚えがあるような、ないような?
でも、これで間違いなく王城勤めの魔法使いだと断言できる。あとは、どういう地位の人なのか、というところなんだけど。
「ふむ……? 地方の子爵の娘と聞いていたが、随分と強気に見える」
「大変申し訳ございませんが、このような強引な招待を受けて、さらにご自身のお名前も名乗られない方に、どのような礼を取ればよいのか分からないものですから」
一応オブラートに包んで『誘拐まがいなことをした上に名乗らねーヤツになんて目上にするような態度はとれないよ?』と言ったつもりなのだけど、何故だか、一瞬、目を丸くして、めちゃくちゃ笑い出した。
……ねぇ、どこに笑いのツボがあったの。教えて。
「はっはっはっ、いや、失礼。これでも城内で顔を知られていると思っていたのだが、地方の令嬢であれば致し方あるまい。これはこちらの不明だな」
ようやく笑いの発作が落ち着いた御仁は、私にも見えるようメダルを掲げて見せた。それはヨナも持っている叡智の錫杖のメダルだが……その縁に施された装飾があまりにも違い過ぎる。つまり、それは――――
「王城魔法使いの筆頭、エリヤ・グルムスだ。そしてここは我が執務室。今は偶然余人はいないが、そのうち補佐も戻ってくる頃だろう」
「……それは、筆頭様とも知らず、失礼な言をいたしましたこと、どうぞお許しくださいませ」
あー……めんど。やっぱり、ヨナの上司だった。
いや、この部屋と、拉致された状況と、諸々を考えて魔法使いじゃないと考える方が不自然だし、それなら相手は……ってねぇ。
「いや、不躾な招待をしたのはむしろこちらだ。だが、どうしてもあのヨナを変えたきっかけが知りたくてな。――――リリアン嬢、貴女がヨナを変えたんだろう?」
「変えた、などとは思っておりません。ただ、ヨナ様から、非常に強引な手段でお誘いを受けたものですから、安易に選んだその手段が、以下に相手を不快にさせるかということをご説明させていただきました。ついでに、人として守るべき最低限の礼儀についても」
挨拶ってさ、コミュニケーションの基本だと思うのよ。「こんにちは」もそうだけど、「ありがとう」と「ごめんなさい」は特に。
私が非常に困り果てて、それでも何とか声を絞り出したというのに、目の前の御方は興味深そうな視線を向けるだけだった。
毎度毎度、胃の痛くなる王太子妃殿下とのお茶会を終えて、グース卿を先導兼護衛に塔に戻る途中のことだった。突然、目も開けていられない程の突風が吹いたと思ったら、私はこの部屋に居た。あの覚えのある特有の浮遊感は、きっと転移魔法によるものだ。この室内の調度品と合わせて考えられる目の前の人の正体は、……うん、非常によろしくない気がする。
「ほぅ、ご令嬢に『困る』などと言われたのは初めてだ。なかなか新鮮なものだな」
しみじみと感想を述べられても、本当に困るとしか言えない。
私は息を大きく吐いて、改めて室内を失礼にならない程度に確認した。どっしりとした黒檀の執務机を挟んで座る男性は、年は40代か50代ぐらい。綺麗に整えられたヒゲと、右耳に付けられたエメラルドっぽいピアス、外見にちゃんと気を払っていると思うのだけれど、残念ながら目の下の隈が睡眠不足と疲労を主張している。彼の背後にある書棚には魔法書と思しきものが何冊も並んでいるし、ケースに入った大きな魔石からは、魔法のことをほとんど知らない私でも分かるぐらいの圧を感じる。
「妃殿下とのお茶会以外では、外出をしないという約束を破ることになってしまいます」
「その茶会の帰りだったのだから、特に問題ないのではないかな? それに、その約束相手は王都から離れた場所にいるから問題ないだろう」
あぁ、やっぱり。
確かに今朝ヨナは「急な遠征が入った」とボヤきながら出勤していった。それってさ、目の前のこの人が仕組んでいたりしないかな?
「長く拘束するつもりはない。先日、こちらの監督不行き届きで不快な思いをさせたのではないかと思ってな」
「いったい、何のお話でしょうか」
「エイブラハム・ダッカードが君に失礼なことをしたのではないかね」
「……そのお名前に聞き覚えがありませんので、答えかねます」
名前……聞き覚えがあるような、ないような?
でも、これで間違いなく王城勤めの魔法使いだと断言できる。あとは、どういう地位の人なのか、というところなんだけど。
「ふむ……? 地方の子爵の娘と聞いていたが、随分と強気に見える」
「大変申し訳ございませんが、このような強引な招待を受けて、さらにご自身のお名前も名乗られない方に、どのような礼を取ればよいのか分からないものですから」
一応オブラートに包んで『誘拐まがいなことをした上に名乗らねーヤツになんて目上にするような態度はとれないよ?』と言ったつもりなのだけど、何故だか、一瞬、目を丸くして、めちゃくちゃ笑い出した。
……ねぇ、どこに笑いのツボがあったの。教えて。
「はっはっはっ、いや、失礼。これでも城内で顔を知られていると思っていたのだが、地方の令嬢であれば致し方あるまい。これはこちらの不明だな」
ようやく笑いの発作が落ち着いた御仁は、私にも見えるようメダルを掲げて見せた。それはヨナも持っている叡智の錫杖のメダルだが……その縁に施された装飾があまりにも違い過ぎる。つまり、それは――――
「王城魔法使いの筆頭、エリヤ・グルムスだ。そしてここは我が執務室。今は偶然余人はいないが、そのうち補佐も戻ってくる頃だろう」
「……それは、筆頭様とも知らず、失礼な言をいたしましたこと、どうぞお許しくださいませ」
あー……めんど。やっぱり、ヨナの上司だった。
いや、この部屋と、拉致された状況と、諸々を考えて魔法使いじゃないと考える方が不自然だし、それなら相手は……ってねぇ。
「いや、不躾な招待をしたのはむしろこちらだ。だが、どうしてもあのヨナを変えたきっかけが知りたくてな。――――リリアン嬢、貴女がヨナを変えたんだろう?」
「変えた、などとは思っておりません。ただ、ヨナ様から、非常に強引な手段でお誘いを受けたものですから、安易に選んだその手段が、以下に相手を不快にさせるかということをご説明させていただきました。ついでに、人として守るべき最低限の礼儀についても」
挨拶ってさ、コミュニケーションの基本だと思うのよ。「こんにちは」もそうだけど、「ありがとう」と「ごめんなさい」は特に。
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