赤雪姫の惰眠な日常

長野 雪

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惰眠1.どこでもマイペースな惰眠

1.彼女はどこで眠る・前編

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 多くの人が行き交う灯華とうか国の都、さらにその中心にそびえる宮城へと向かう荷馬車があった。
 だが、その御者は不景気な顔を隠さず、手綱を握っている。
 その隣で、これまた不機嫌を絵に描いたような若い男が見るからに頑丈そうな軍馬に跨っていた。

「これ、犯罪じゃないッスかねぇ」

 御者が何度目かの呟きを洩らすと、「違う」とすぐさま若い男が応じた。

「本人はともかく、妹とはきっちり話がついている。……犯罪なんかであるものかっ!」

ガタゴト、ガタゴト

 夕焼けに赤く染まった空の先、今夜の宿場が見えると、再び御者が「本当に犯罪じゃないッスか?」と同じことを呟いた。

「そろそろ口を慎め。変に思われるだろう」

 男に睨まれ、御者は細く長いため息をついた。


 ◇  ◆  ◇


 史家は言う。
 この灯華国には、神仙の加護があると。
 建国の祖である皇帝・しょう。彼は火を自在に操ることを得意とする神仙に師事した。
 彼は群なす兵を薙ぎ倒し、小国同士の諍いの絶えないこの地を統一した。
 彼の傍らには、花をこよなく愛する仙女が侍っていたと伝えられている。彼女は敵味方関係なく、戦死した者のために涙を落とし、花を贈った。
 火を操る皇帝。花を咲かせる仙女。
 皇帝は国に名前をつけなかったが、誰からともなく、火と花の国、灯華国と呼ばれるようになった。
 時を下った今もなお、皇帝の血筋は絶えることなく、その権威が失墜することなく国は存続している。
 時に愚帝が権力を握ることもあったが、そうした際にはどこからともなく、神仙が現れ、後始末をつけていったという。ある時は失政の尻拭い、ある時は愚帝の暗殺、そういった形をとって。


 ◇  ◆  ◇


 外界が夕闇に沈む頃、都に構えるその宿の中で最も高級な部屋には、何やら剣呑な雰囲気が漂っていた。
 室内は灯りが多く配され、決して暗くはない。

「とりあえず、話を聞こうか、琥珀こはく

 艶のある長い黒髪を無造作に流した美女が、卓の向かいに座る男を半眼で睨みつけた。だが、その赤い瞳には怒りの色はない。むしろ、からかうような輝きさえうかがえる。
 小心者の御者は、二人に茶を入れると、すぐさま自分に割り当てられた部屋へ逃げていったので、今は二人きりだ。
 琥珀と呼ばれた若い男は、目の前の美女に気圧されないように、睨み返す。こちらは顔の造作こそ悪くないものの、目つきが悪い、というか悪人顔だ。睨み合う迫力では負けていない。

「皇帝陛下から直々の呼び出しだ」
「―――ほう」

 この国の最高権力者に呼ばれたというのに、全く動じる気配すらない美女は、さらに目を細める。嘘偽りは許さないというその視線に、琥珀は負けまいと話を続けた。

「当たると評判の占い師、『赤雪姫』を連れて来いってな」
「なるほど、お前は皇帝の命令があれば、眠っている女を誘拐することも辞さないということか?」
「いちいち説明している時間が惜しかったんだ。……というか、そもそも何であんなところにいたんだ」

 琥珀は短く切りそろえた栗色の髪をがしがしと掻いた。
 美女――赤雪姫を誘拐した・・・・のは半日前の出来事だった。


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