赤雪姫の惰眠な日常

長野 雪

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惰眠1.どこでもマイペースな惰眠

2.彼女はどこで眠る・後編

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「いないのか?」
「あの、おそらく雪ねえさまは、お昼寝をしているのだと思うのですけど」

 都から程々に離れた村の小さな家。その玄関口で応対に出たのは、『赤雪姫』と共に暮らしている小鈴こすずという娘だった。

「悪いが、家の中を探させてもらえるか?」

 琥珀の言葉に、小鈴は少し躊躇を見せた。姉が本気を見せれば、おそらく彼らに見つかることはない。それはつまり、家の中を他人に引っ掻き回されるということだ。

「すまない、小鈴」

 彼女と知らない仲ではない琥珀は頭を下げる。すると、彼女も決心がついたようだ。

「あの、最近、雪ねえさまが好んで昼寝をしていらっしゃるところがあるので、そこかもしれません」

 小鈴のその言葉に、後ろでやり取りを窺っていた御者が驚いたように顔を上げた。おそらく、共に暮らしている小鈴が『赤雪姫』を裏切るような発言をしたことが信じられないのだろう。
 だが、琥珀は知っている。
 自分の知る『赤雪姫』は本気で隠れているのなら、とうてい自分達には見つけられないということは。
 小鈴に教えてもらった通り、住居の裏手にある納屋へ足音を忍ばせて向かう。ここで見つけられなければ、おそらく今回の任務は失敗だと覚悟をした。
 琥珀は王都で宮城の守りをする武官だ。不審者や刺客やらが跳梁跋扈ちょうりょうばっこする宮城では、人の気配を察知する技術がなければとても勤めていられない。

―――だが、結局琥珀は、武官としての能力を発揮することはなかった。

「……」

 彼は、納屋に置かれた行李こうりをジト目で睨みつけた。竹で編まれたそれは、網目が細かいため、中の様子まで知ることはできない。

「…………」

 すぴすぴと間抜けな寝息はそこから聞こえていた。
 一歩、二歩と近づき、その行李のフタに手をかける。
 琥珀は物音を立てないよう慎重に、そのフタを持ち上げ……。

(屈葬かよ!)

 思わず大声でツッコミを入れたくなった。膝を抱えて眠る黒髪の美女がそこで寝ていたのだ。
 新手の罠かもしれないと疑ったが、相手が人事不省に陥っているのなら、と小鈴に事情を話し、行李ごと馬車に積んで運ぶことにした。

―――結局、そのまま彼女は宿に到着するまで目覚めることもなかったというわけだ。

「小鈴には事情を話して前金を渡してある」

 琥珀の出した名前に、美女=赤雪姫は軽く眉を動かした。

「それで、小鈴は何て言っておった?」
「お前が拒否するなら前金を返す。だから、お前が戻って来るまでは金に手をつけないと言っていた」

 琥珀が淡々と伝えると、彼女はそこで初めて微笑みを浮かべた。

「小鈴らしい。……さて、そうすると、ちぃっと困ったことになるのぅ。わしは占いに使う道具すら持たずに来たのじゃが」

 古風な物言いは彼女の常だ。今更驚くことではない。むしろ琥珀にとって大事なのは、占具がないという彼女の発言だ。

「……道具など、特に必要もないくせに何を言う」
「ほぅ、それが人にものを頼む態度か?」
「いや、必要なものがあれば準備する。赤雪姫殿は道具に縛られないだろう?」

 琥珀の言葉に何を思ったか、美女はふん、と鼻をならした。

「お前に赤雪姫などと呼ばれると調子が狂うわ。……良かろう。小鈴に贅沢のひとつもさせてやらぬとな。―――では琥珀、紙と小刀と筆を用意せい。今すぐにじゃ」

 そう言うと、彼女はまるで駄々をねる子供のように、バンバンと卓を叩いた。
 今すぐに、と言われて焦ったが、琥珀は自らの荷物から注文のものを取り出す。

紅雪くれゆき、何をするつもりだ?」
「その名を呼ぶのも、もう数えるほどしかおらぬな」

 琥珀の目の前で、筆でさらさらと何かを書き付けると、小刀でその紙にいくつかの切れ目を入れ、迷いなく折りたたむと鳥の形になった。

「大したことではない。かわいい小鈴に心配いらぬよう文を飛ばすだけよ」

 紅雪が紙の鳥に息を吹きかけると、それは一瞬のうちに本物の鳥となり、窓の外へと飛び立って行った。
 相変わらず見事な仙術に目を奪われていた琥珀だが、ふいに部屋の扉へと目を向けた。

「そこにいるのは―――」
孫洵そんじゅんと言ったか? 夕餉の膳が冷めぬうちに早う持ってこんか」

 紅雪に声をかけられ、おそるおそる扉が開く。気弱な御者が二人分の膳部を持って来たところだった。

(相変わらず、無駄に万能だ)

 琥珀は誰にも気取られぬよう、小さくため息をついた。


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