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惰眠2.村一番の惰眠好き
6.評価∧監視≒惰眠妨害・後編
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「紅雪ちゃーん、いるかなー?」
外から陽気に声をかけられ、小鈴は慌てて玄関の扉を開けた。
「まぁ、瑠璃さん。うちに来るなんて珍しいですね」
商家の次男坊、瑠璃の姿に小鈴はにっこりと微笑む。瑠璃は、小鈴の敬愛する雪ねえさまと率直に話のできる数少ない人間だ。小鈴の応対も自然、柔らかいものになる。
「小鈴っち、久しぶりー。あ、その簪かわいーね。買ったの?」
小さな花の細工がついた簪を目ざとく見つけた瑠璃は、本来の用事そっちのけで追求を始める。
「あ、これは、その、いただいたものなんですけど、折角だから使わないと勿体無いな、って思いまして」
「そーなんだ。でも似合ってると思うよ。……あ、もしかして琥珀から、とか?」
言い当てられた小鈴は動揺して一瞬だけ顔を強張らせた。
「当たりみたいだね。そっかー、琥珀もこういう手を使うようになったんだな。いやー、都に行くって言った時はどうなるかと思ったけど、放っておいても育つんだね、弟って」
瑠璃は目の前の「弟の想い人」が動揺こそすれ恥じらう様子がないことに気付き、
(あー、ちょっと脈が薄いよね、これ)
と、小さく嘆息した。
「で、ゴメンね、小鈴っち。僕、紅雪ちゃんに用事があるんだ」
その言葉に少し困ったような表情を浮かべた小鈴は、居るには居るんですが、と玄関から来客を招き入れる。
案内された台所で、瑠璃は「あーあ」と軽く肩をすくめた。
卓に突っ伏しているのは、(その口を閉じてさえいれば問題なく)絶世の美女だ。無造作に流れる黒髪が顔にかかるのさえ、美しいという形容詞以外に何も浮かばない。彼女は重ねた手に頬を乗せるようにして夢の中でいい心地になっていた。
「朝食とって、そのまま、って感じだね、こりゃ」
弟・琥珀同様に紅雪の習性を熟知している瑠璃にとって、まさによくある光景だ。
「あの……、瑠璃さん。雪ねえさまに、何か急ぎの御用なんですか?」
小鈴の目が、昨日働いたのだから、今日ぐらいは寝かせてあげたいと語っていたが、瑠璃にも引けない理由がある。
「急用と言えばそうかな。小鈴っちも昨日の話は聞いてるでしょ。その『元凶の破壊』の見届け役が僕になってさ。ほんとは兄ちゃんに振られた役目なのに、兄ちゃんの都合がつかなくてさ」
「翡翠さんが?」
鉱南の長兄の名前を出し、小鈴が驚いた様子を見せた。
「そ、家業の方で色々とあってね。―――あ、小鈴っちにとっては、兄ちゃんに来てもらった方が良かったかもしれないけど」
彼の言葉に、小鈴の顔がうっすらと赤らむ。
(あー、やっぱ脈ないよ、琥珀)
ちょっと複雑だねー、と軽く思いを巡らせる板挟みの次兄。
「……あまり、小鈴をいじめるでないぞ」
さすがに耳元で話されては眠れないのか、紅雪の声が響く。
「あ、紅雪ちゃん、起きた……、って、あれー?」
卓に伏したままの紅雪の顔の前に、紙の人形がゆらゆらと立っていた。
「何をしに来たかは知らぬが、わしの眠りを妨げるでない」
声は、その人形から発されていた。自分で声を出すのも面倒だということなのだろう。瑠璃にしてみれば、人形を動かす方が面倒なように思えるが。
「そんなわけにはいかないよ、紅雪ちゃん。僕は『見届け役』になっちゃったんだから、眠りたいならとっとと元凶片付けてもらわないと。下手に日数かけると、村長から難癖つけられて報酬カットされちゃうよー?」
村長や主だった面々にそんな度胸があるとは思っていないが、紅雪が問題を解決するまで見届けなければならない瑠璃はハッタリをかます。
(って、そもそも紙の人形操る方が疲れるんじゃないのかな)
代わりに受け答えする必要があるのかと不思議に思いつつ、瑠璃の指が人形を摘んだ。
すると、パチリ、と紅雪の目が開き、その『赤雪姫』の名に恥じない赤い瞳が瑠璃を射る。
「面倒じゃが、報酬を減らされるわけにはいかんのぅ」
その言葉に、報酬が支払われれば、やたらとツヤツヤして帰ってくるであろう母親のことを思い、瑠璃は少しだけ複雑な気分になった。
外から陽気に声をかけられ、小鈴は慌てて玄関の扉を開けた。
「まぁ、瑠璃さん。うちに来るなんて珍しいですね」
商家の次男坊、瑠璃の姿に小鈴はにっこりと微笑む。瑠璃は、小鈴の敬愛する雪ねえさまと率直に話のできる数少ない人間だ。小鈴の応対も自然、柔らかいものになる。
「小鈴っち、久しぶりー。あ、その簪かわいーね。買ったの?」
小さな花の細工がついた簪を目ざとく見つけた瑠璃は、本来の用事そっちのけで追求を始める。
「あ、これは、その、いただいたものなんですけど、折角だから使わないと勿体無いな、って思いまして」
「そーなんだ。でも似合ってると思うよ。……あ、もしかして琥珀から、とか?」
言い当てられた小鈴は動揺して一瞬だけ顔を強張らせた。
「当たりみたいだね。そっかー、琥珀もこういう手を使うようになったんだな。いやー、都に行くって言った時はどうなるかと思ったけど、放っておいても育つんだね、弟って」
瑠璃は目の前の「弟の想い人」が動揺こそすれ恥じらう様子がないことに気付き、
(あー、ちょっと脈が薄いよね、これ)
と、小さく嘆息した。
「で、ゴメンね、小鈴っち。僕、紅雪ちゃんに用事があるんだ」
その言葉に少し困ったような表情を浮かべた小鈴は、居るには居るんですが、と玄関から来客を招き入れる。
案内された台所で、瑠璃は「あーあ」と軽く肩をすくめた。
卓に突っ伏しているのは、(その口を閉じてさえいれば問題なく)絶世の美女だ。無造作に流れる黒髪が顔にかかるのさえ、美しいという形容詞以外に何も浮かばない。彼女は重ねた手に頬を乗せるようにして夢の中でいい心地になっていた。
「朝食とって、そのまま、って感じだね、こりゃ」
弟・琥珀同様に紅雪の習性を熟知している瑠璃にとって、まさによくある光景だ。
「あの……、瑠璃さん。雪ねえさまに、何か急ぎの御用なんですか?」
小鈴の目が、昨日働いたのだから、今日ぐらいは寝かせてあげたいと語っていたが、瑠璃にも引けない理由がある。
「急用と言えばそうかな。小鈴っちも昨日の話は聞いてるでしょ。その『元凶の破壊』の見届け役が僕になってさ。ほんとは兄ちゃんに振られた役目なのに、兄ちゃんの都合がつかなくてさ」
「翡翠さんが?」
鉱南の長兄の名前を出し、小鈴が驚いた様子を見せた。
「そ、家業の方で色々とあってね。―――あ、小鈴っちにとっては、兄ちゃんに来てもらった方が良かったかもしれないけど」
彼の言葉に、小鈴の顔がうっすらと赤らむ。
(あー、やっぱ脈ないよ、琥珀)
ちょっと複雑だねー、と軽く思いを巡らせる板挟みの次兄。
「……あまり、小鈴をいじめるでないぞ」
さすがに耳元で話されては眠れないのか、紅雪の声が響く。
「あ、紅雪ちゃん、起きた……、って、あれー?」
卓に伏したままの紅雪の顔の前に、紙の人形がゆらゆらと立っていた。
「何をしに来たかは知らぬが、わしの眠りを妨げるでない」
声は、その人形から発されていた。自分で声を出すのも面倒だということなのだろう。瑠璃にしてみれば、人形を動かす方が面倒なように思えるが。
「そんなわけにはいかないよ、紅雪ちゃん。僕は『見届け役』になっちゃったんだから、眠りたいならとっとと元凶片付けてもらわないと。下手に日数かけると、村長から難癖つけられて報酬カットされちゃうよー?」
村長や主だった面々にそんな度胸があるとは思っていないが、紅雪が問題を解決するまで見届けなければならない瑠璃はハッタリをかます。
(って、そもそも紙の人形操る方が疲れるんじゃないのかな)
代わりに受け答えする必要があるのかと不思議に思いつつ、瑠璃の指が人形を摘んだ。
すると、パチリ、と紅雪の目が開き、その『赤雪姫』の名に恥じない赤い瞳が瑠璃を射る。
「面倒じゃが、報酬を減らされるわけにはいかんのぅ」
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