赤雪姫の惰眠な日常

長野 雪

文字の大きさ
14 / 42
惰眠2.村一番の惰眠好き

6.評価∧監視≒惰眠妨害・後編

しおりを挟む
「紅雪ちゃーん、いるかなー?」

 外から陽気に声をかけられ、小鈴は慌てて玄関の扉を開けた。

「まぁ、瑠璃さん。うちに来るなんて珍しいですね」

 商家の次男坊、瑠璃の姿に小鈴はにっこりと微笑む。瑠璃は、小鈴の敬愛する雪ねえさまと率直に話のできる数少ない人間だ。小鈴の応対も自然、柔らかいものになる。

「小鈴っち、久しぶりー。あ、その簪かわいーね。買ったの?」

 小さな花の細工がついた簪を目ざとく見つけた瑠璃は、本来の用事そっちのけで追求を始める。

「あ、これは、その、いただいたものなんですけど、折角だから使わないと勿体無いな、って思いまして」
「そーなんだ。でも似合ってると思うよ。……あ、もしかして琥珀から、とか?」

 言い当てられた小鈴は動揺して一瞬だけ顔を強張らせた。

「当たりみたいだね。そっかー、琥珀もこういう手を使うようになったんだな。いやー、都に行くって言った時はどうなるかと思ったけど、放っておいても育つんだね、弟って」

 瑠璃は目の前の「弟の想い人」が動揺こそすれ恥じらう様子がないことに気付き、

(あー、ちょっと脈が薄いよね、これ)

 と、小さく嘆息した。

「で、ゴメンね、小鈴っち。僕、紅雪ちゃんに用事があるんだ」

 その言葉に少し困ったような表情を浮かべた小鈴は、居るには居るんですが、と玄関から来客を招き入れる。
 案内された台所で、瑠璃は「あーあ」と軽く肩をすくめた。
 卓に突っ伏しているのは、(その口を閉じてさえいれば問題なく)絶世の美女だ。無造作に流れる黒髪が顔にかかるのさえ、美しいという形容詞以外に何も浮かばない。彼女は重ねた手に頬を乗せるようにして夢の中でいい心地になっていた。

「朝食とって、そのまま、って感じだね、こりゃ」

 弟・琥珀同様に紅雪の習性を熟知している瑠璃にとって、まさによくある光景だ。

「あの……、瑠璃さん。雪ねえさまに、何か急ぎの御用なんですか?」

 小鈴の目が、昨日働いたのだから、今日ぐらいは寝かせてあげたいと語っていたが、瑠璃にも引けない理由がある。

「急用と言えばそうかな。小鈴っちも昨日の話は聞いてるでしょ。その『元凶の破壊』の見届け役が僕になってさ。ほんとは兄ちゃんに振られた役目なのに、兄ちゃんの都合がつかなくてさ」
「翡翠さんが?」

 鉱南の長兄の名前を出し、小鈴が驚いた様子を見せた。

「そ、家業の方で色々とあってね。―――あ、小鈴っちにとっては、兄ちゃんに来てもらった方が良かったかもしれないけど」

 彼の言葉に、小鈴の顔がうっすらと赤らむ。

(あー、やっぱ脈ないよ、琥珀)

 ちょっと複雑だねー、と軽く思いを巡らせる板挟みの次兄。

「……あまり、小鈴をいじめるでないぞ」

 さすがに耳元で話されては眠れないのか、紅雪の声が響く。

「あ、紅雪ちゃん、起きた……、って、あれー?」

 卓に伏したままの紅雪の顔の前に、紙の人形ひとがたがゆらゆらと立っていた。

「何をしに来たかは知らぬが、わしの眠りを妨げるでない」

 声は、その人形から発されていた。自分で声を出すのも面倒だということなのだろう。瑠璃にしてみれば、人形を動かす方が面倒なように思えるが。

「そんなわけにはいかないよ、紅雪ちゃん。僕は『見届け役』になっちゃったんだから、眠りたいならとっとと元凶片付けてもらわないと。下手に日数かけると、村長から難癖つけられて報酬カットされちゃうよー?」

 村長や主だった面々にそんな度胸があるとは思っていないが、紅雪が問題を解決するまで見届けなければならない瑠璃はハッタリをかます。

(って、そもそも紙の人形操る方が疲れるんじゃないのかな)

 代わりに受け答えする必要があるのかと不思議に思いつつ、瑠璃の指が人形を摘んだ。
 すると、パチリ、と紅雪の目が開き、その『赤雪姫』の名に恥じない赤い瞳が瑠璃を射る。

「面倒じゃが、報酬を減らされるわけにはいかんのぅ」

 その言葉に、報酬が支払われれば、やたらとツヤツヤして帰ってくるであろう母親のことを思い、瑠璃は少しだけ複雑な気分になった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...