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惰眠3.惰眠の代償
1.見つかる姫君・前編
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その朝、小鈴は寝苦しさのあまりに目を覚ました。
山間のこの村では、朝方に寒さで目を覚ますことはあっても、暑さで目を覚ますことは滅多にない。
小鈴は寝汗でじっとりとした上衣の胸元をくつろげ、はしたなくもパタパタと扇いで風を作る。
「……雪ねえさま?」
いつもなら、はしたないと注意をしてくる姉の声はなかった。どんなに惰眠を貪っていたとしても、そういうところは厳しい姉なのだ。
むわっとした空気の中、小鈴は異変を感じて寝台から降りた。そして、その熱気の強い方へと何かに突き動かされるように足を向ける。
「雪ねえさま!」
彼女の叫びは明け方の静かな空気を破るように響いた。
◇ ◆ ◇
史家は言う。
この灯華国には、神仙の加護があると。
建国の祖である皇帝・章。彼は火を自在に操ることを得意とする神仙に師事した。
彼は群なす兵を薙ぎ倒し、小国同士の諍いの絶えないこの地を統一した。
彼の傍らには、花をこよなく愛する仙女が侍っていたと伝えられている。彼女は敵味方関係なく、戦死した者のために涙を落とし、花を贈った。
火を操る皇帝。花を咲かせる仙女。
皇帝は国に名前をつけなかったが、誰からともなく、火と花の国、灯華国と呼ばれるようになった。
時を下った今もなお、皇帝の血筋は絶えることなく、その権威が失墜することなく国は存続している。
時に愚帝が権力を握ることもあったが、そうした際にはどこからともなく、神仙が現れ、後始末をつけていったという。ある時は失政の尻拭い、ある時は愚帝の暗殺、そういった形をとって。
神仙は権威の象徴でもあり、反権威の象徴でもあった。だが、その仙女は有事の際を除き、人前に姿を現すことはないと言う。
それゆえ、仙女が存在するか否かは史家の議論の的となるのである。
◇ ◆ ◇
村で商いを営む鉱家の長男、翡翠は顔を洗いに外へ出た所でその異変に気付いた。
「何ですか、あれは……?」
村の一角から、白い煙がもくもくと上がっている。
この村に焼畑をする者はいない。そもそも火事にしては、特有の焦げ臭さもなかった。
「いつものあの人の悪ふざけですか?」
その方角にある家を思い出し、翡翠は肩を小さく竦めて背を向けた。
鳥肌が立つほどの冷たい水で顔を洗い、肩にかけた手巾で水滴を拭う。どこかぼんやりとしていた頭がカチカチといつも通りに動き出す。
「……」
考え込む翡翠の眉間にしわが寄った。
「あー……、兄ちゃん、はよ~っす」
弟が同じように顔を洗いに出てきたのを見て、彼の心は決まった。
「瑠璃、私は念のため様子を見に行ってきます」
「うえ~? あぁ、また紅雪ちゃんが何かやってんのー?」
「……だといいんですけどね」
手巾を弟に放り、翡翠は足早に煙の立つ方へと足を動かした。
「う~ん? ま、いっか?」
ふわりと落ちてきた手巾をキャッチし、瑠璃は柄杓に手を伸ばした。
山間のこの村では、朝方に寒さで目を覚ますことはあっても、暑さで目を覚ますことは滅多にない。
小鈴は寝汗でじっとりとした上衣の胸元をくつろげ、はしたなくもパタパタと扇いで風を作る。
「……雪ねえさま?」
いつもなら、はしたないと注意をしてくる姉の声はなかった。どんなに惰眠を貪っていたとしても、そういうところは厳しい姉なのだ。
むわっとした空気の中、小鈴は異変を感じて寝台から降りた。そして、その熱気の強い方へと何かに突き動かされるように足を向ける。
「雪ねえさま!」
彼女の叫びは明け方の静かな空気を破るように響いた。
◇ ◆ ◇
史家は言う。
この灯華国には、神仙の加護があると。
建国の祖である皇帝・章。彼は火を自在に操ることを得意とする神仙に師事した。
彼は群なす兵を薙ぎ倒し、小国同士の諍いの絶えないこの地を統一した。
彼の傍らには、花をこよなく愛する仙女が侍っていたと伝えられている。彼女は敵味方関係なく、戦死した者のために涙を落とし、花を贈った。
火を操る皇帝。花を咲かせる仙女。
皇帝は国に名前をつけなかったが、誰からともなく、火と花の国、灯華国と呼ばれるようになった。
時を下った今もなお、皇帝の血筋は絶えることなく、その権威が失墜することなく国は存続している。
時に愚帝が権力を握ることもあったが、そうした際にはどこからともなく、神仙が現れ、後始末をつけていったという。ある時は失政の尻拭い、ある時は愚帝の暗殺、そういった形をとって。
神仙は権威の象徴でもあり、反権威の象徴でもあった。だが、その仙女は有事の際を除き、人前に姿を現すことはないと言う。
それゆえ、仙女が存在するか否かは史家の議論の的となるのである。
◇ ◆ ◇
村で商いを営む鉱家の長男、翡翠は顔を洗いに外へ出た所でその異変に気付いた。
「何ですか、あれは……?」
村の一角から、白い煙がもくもくと上がっている。
この村に焼畑をする者はいない。そもそも火事にしては、特有の焦げ臭さもなかった。
「いつものあの人の悪ふざけですか?」
その方角にある家を思い出し、翡翠は肩を小さく竦めて背を向けた。
鳥肌が立つほどの冷たい水で顔を洗い、肩にかけた手巾で水滴を拭う。どこかぼんやりとしていた頭がカチカチといつも通りに動き出す。
「……」
考え込む翡翠の眉間にしわが寄った。
「あー……、兄ちゃん、はよ~っす」
弟が同じように顔を洗いに出てきたのを見て、彼の心は決まった。
「瑠璃、私は念のため様子を見に行ってきます」
「うえ~? あぁ、また紅雪ちゃんが何かやってんのー?」
「……だといいんですけどね」
手巾を弟に放り、翡翠は足早に煙の立つ方へと足を動かした。
「う~ん? ま、いっか?」
ふわりと落ちてきた手巾をキャッチし、瑠璃は柄杓に手を伸ばした。
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