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惰眠3.惰眠の代償
2.見つかる姫君・後編
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―――違和感があった。
普通に(あくまでこの村の中でだが)考えれば、また赤雪姫がよからぬ実験をしているだけだ。別段、心配するようなことなどない。
ただ、何の変哲もない白い煙、という所に引っかかったのだ。
(あの人なら、そんなつまらないことはしない筈)
翡翠の知る紅雪は、嫌がらせ――当人は他人の驚く顔が見たいとのたまっているが――に血道を上げている。実験をするならするで、事前に周囲の人間に知らせて脅えさせるか、桃色だの紫色だの無駄にカラフルな煙を発生させるぐらいはするだろう。
(それが、異臭も何もない単なる白い煙ですって?)
あり得ない。
それが翡翠の出した結論だ。
ひたすらに足を動かしていくと、煙が紅雪の家ではなく、裏手に流れる川の方から立ち昇っていることが分かった。
(なんでしょう、これは……湯気?)
この季節、この時間に似つかわしくない熱気に身体を包まれ、反射的に口元を覆う。
(いったい川の方で何を煮立てているんですか、あの人は!)
非常識な人間とは分かっていたが、ここまで来たら、とりあえず原因を突き止めないと気が済まない。先の見えない湯気を掻き分け、翡翠はゆっくりと発生源を探し歩く。
ザバァッっという水音、そして間を置かずにじゅわっという蒸発音が聞こえてきた。やはりこの白い煙は湯気で間違いないらしい。
「ん、……しょっ」
疲労を含む女の声と共に、再び水音と蒸発音が聞こえてきた。
「その声、小鈴ですか?」
「? 翡翠さん、ですか?」
再び水音が聞こえ、湯気がもわっと強くなる。
「朝早くから、何をしているんですか? またあの人が何か……」
「違うん、です。雪ねえさまが……」
じょわっと湯気が立ち昇る中、翡翠はようやく小鈴の姿を見つけた。袖を大きくまくり、額に汗するその顔は真っ赤になっていた。
「あの人はどこに?」
湯気を立てる浴槽のようなものを迂回し、小鈴の隣に立った翡翠はぐるりと周囲を見回したが、紅雪らしき人影は見つけられなかった。
「その中です。あ、いけないっ……!」
浴槽を覗いた小鈴が慌てて川の水を汲みに行く。
翡翠もその浴槽の中を覗き、絶句した。
「……これは」
かろうじて言葉を紡ぐと、桶に水をいっぱいにした小鈴が浴槽の中にざばぁっと流し込む。だが、それはすぐにじゅわぁっと音を立てて沸騰、蒸発していく。
「わたしが起きた時にはもう……」
言いかけた小鈴がふらり、とよろける。慌てて足を踏ん張る様子に翡翠はようやく気付いた。
「小鈴、いつからこんなことをやっているんですか? 桶を貸して下さい、私が代わります」
「だ、大丈夫です。合間に頭から水を被っているので、見た目ほど汗はかいてないんですよ」
大丈夫と重ねる小鈴だが、どこか的外れなその答えに、翡翠は無理やり桶を奪い取った。つまり、暑さに耐え切れなくて自分でも水を被ったと。しかも、1度ではなさそうだ。
「そんな顔で何を言いますか。いいから休みなさい。そして状況の説明を」
赤雪姫が何かを『煮込んでいる』のではなく、赤雪姫が『煮込まれている』この状況を説明して欲しい。翡翠は切に願った。
普通に(あくまでこの村の中でだが)考えれば、また赤雪姫がよからぬ実験をしているだけだ。別段、心配するようなことなどない。
ただ、何の変哲もない白い煙、という所に引っかかったのだ。
(あの人なら、そんなつまらないことはしない筈)
翡翠の知る紅雪は、嫌がらせ――当人は他人の驚く顔が見たいとのたまっているが――に血道を上げている。実験をするならするで、事前に周囲の人間に知らせて脅えさせるか、桃色だの紫色だの無駄にカラフルな煙を発生させるぐらいはするだろう。
(それが、異臭も何もない単なる白い煙ですって?)
あり得ない。
それが翡翠の出した結論だ。
ひたすらに足を動かしていくと、煙が紅雪の家ではなく、裏手に流れる川の方から立ち昇っていることが分かった。
(なんでしょう、これは……湯気?)
この季節、この時間に似つかわしくない熱気に身体を包まれ、反射的に口元を覆う。
(いったい川の方で何を煮立てているんですか、あの人は!)
非常識な人間とは分かっていたが、ここまで来たら、とりあえず原因を突き止めないと気が済まない。先の見えない湯気を掻き分け、翡翠はゆっくりと発生源を探し歩く。
ザバァッっという水音、そして間を置かずにじゅわっという蒸発音が聞こえてきた。やはりこの白い煙は湯気で間違いないらしい。
「ん、……しょっ」
疲労を含む女の声と共に、再び水音と蒸発音が聞こえてきた。
「その声、小鈴ですか?」
「? 翡翠さん、ですか?」
再び水音が聞こえ、湯気がもわっと強くなる。
「朝早くから、何をしているんですか? またあの人が何か……」
「違うん、です。雪ねえさまが……」
じょわっと湯気が立ち昇る中、翡翠はようやく小鈴の姿を見つけた。袖を大きくまくり、額に汗するその顔は真っ赤になっていた。
「あの人はどこに?」
湯気を立てる浴槽のようなものを迂回し、小鈴の隣に立った翡翠はぐるりと周囲を見回したが、紅雪らしき人影は見つけられなかった。
「その中です。あ、いけないっ……!」
浴槽を覗いた小鈴が慌てて川の水を汲みに行く。
翡翠もその浴槽の中を覗き、絶句した。
「……これは」
かろうじて言葉を紡ぐと、桶に水をいっぱいにした小鈴が浴槽の中にざばぁっと流し込む。だが、それはすぐにじゅわぁっと音を立てて沸騰、蒸発していく。
「わたしが起きた時にはもう……」
言いかけた小鈴がふらり、とよろける。慌てて足を踏ん張る様子に翡翠はようやく気付いた。
「小鈴、いつからこんなことをやっているんですか? 桶を貸して下さい、私が代わります」
「だ、大丈夫です。合間に頭から水を被っているので、見た目ほど汗はかいてないんですよ」
大丈夫と重ねる小鈴だが、どこか的外れなその答えに、翡翠は無理やり桶を奪い取った。つまり、暑さに耐え切れなくて自分でも水を被ったと。しかも、1度ではなさそうだ。
「そんな顔で何を言いますか。いいから休みなさい。そして状況の説明を」
赤雪姫が何かを『煮込んでいる』のではなく、赤雪姫が『煮込まれている』この状況を説明して欲しい。翡翠は切に願った。
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