赤雪姫の惰眠な日常

長野 雪

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惰眠3.惰眠の代償

4.煮込まれる姫君・後編

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「……あぁ、これだね」

 奥に頭を突っ込んで心棒のあたりを覗き込んでいた瑠璃は、ほっと安堵した。思っていた以上に単純な装置だ。
 水車が回るのを止めていた竹の棒を、えいやっと引っこ抜いた。

「瑠璃、まだといの方を確認していませんが……」
「いちいち確認するより、やってみた方がいいって。その方が早く装置の問題箇所見つかるし、琥珀も楽になるよね?」
「琥珀はまだまだ元気そうですよ」

 先ほどから両手に桶を持って川と浴槽を往復している彼に視線を移し、翡翠は羨ましそうに眺めた。
 そうこうしている間に、ギシギシと動き始めた水車は、川の流れに急かされるように水を汲み上げ、頂点の辺りに設置された樋に水を流し込む。その水は留まることなく樋を流れ―――

「うぉわっ!」

 突然どぼどぼと水が落ちて来て、琥珀が驚いた声を上げた。

「ちょ、これ汚ぇぞ、瑠璃兄!」
「だいじょーぶだいじょーぶ。どうせ、枯れ葉とか土っしょ? 気になるなら掬ってあげればいいじゃんよー」

 その声に、少し離れた所で(強制的に)休まされていた小鈴が「直ったんですか?」と近づいてきた。

「小鈴、まだ休んでいろって」

 琥珀の制止の声もきかず、小走りで近づいて来た小鈴は、流れ始めた水を見てほぅっとため息をついた。そして、未だぐつぐつ煮えたぎる湯の上でくるくると対流に乗って踊っている枯れ葉をひょいひょいと摘む。

「お、おい、熱いだろ」
「いいえ、日頃の食事の支度で慣れているので、大丈夫です」

 蒸発するより多い水の量が流れて来ているのだろう。湯気は相変わらずだったが、増えた水かさに安心した小鈴は、浴槽の底で微動だにしない紅雪を見つめる。
 豊かな黒髪を水の流れにまかせたままの彼女は、いつもより神秘的に見えた。

「……ねぇ、これって、息とか大丈夫なの?」

 小鈴の隣に来ていた瑠璃が当然の疑問を口にする。

「大丈夫です。以前もこの場所で丸一日浸かってましたから」
「そう言えば、前に聞いたことがありましたね。惰眠を貪っている間は、たまに呼吸をするのも面倒になると」

 事もなげに言う小鈴に、さらに情報を付け加える翡翠。

「ほんっと、紅雪ちゃんらしいね。そういうところはさ」
「まったくだ」

 ぐつぐつと当人が煮込まれる浴槽の周囲で、小さな笑いが漏れる。

「翡翠さん、瑠璃さん、琥珀さん。本当にありがとうございました。何とお礼を……」

 改まって礼を述べる小鈴の身体がぐらり、と傾いだ。慌てて体勢を立て直すが、安心したせいか先程まで心配一色だった表情には、疲労が色濃く浮かんでいた。

「……すみません、何とお礼を言ったら良いか分かりません。私一人では―――」
「お礼は結構ですよ。お騒がせな紅雪が悪いのですから。それよりも小鈴、もう大丈夫ですから休みなさい」
「でも―――」
「琥珀」

 翡翠はちらりと末弟に視線を投げる。それだけで十分だった。

「いいから、休めよ小鈴」

 琥珀は、まだどこかふらついている様子の小鈴の身体を事もなく持ち上げた。

「じゃ、僕らは家に帰ってるから」

 室内に運ばれていく小鈴に、瑠璃が明るく声をかける。
 二人が家の中に消えるのを確認して、翡翠と瑠璃の兄弟はゆっくりと家路に向かう。朝食もすっ飛ばして来たために、空腹も限界だった。

「なー、兄ちゃん」
「なんです?」
「琥珀がオオカミになるとか考えないわけ?」

 問われた翡翠は、小さく眉を上げ、淡々と答えた。

「弱っている女性を襲うような人間に育てたつもりはありません。逆に、琥珀にそこまでの強引さがあれば、あの二人の関係もあんな煮え切らないままにはなっていないでしょう」

 強引に迫ってフラレるにせよ、うまくいくにせよ。

「ま、それもそーか」


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