赤雪姫の惰眠な日常

長野 雪

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惰眠3.惰眠の代償

7.暴かれる姫君・前編

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―――生まれ落ちた瞬間から、彼女は赤雪姫だった。
 かつて赤雪姫だった母体は、その瞬間から赤雪姫の記憶を持つだけの只人になった。
 次代の赤雪姫は、かつての赤雪姫が人としての暮らしに慣れる頃に、離れていく。その時の年齢が5歳であろうとも、例外なく。
 赤雪姫は過去の全ての赤雪姫の記憶を持ち、その全能の力を引き継ぎ、やがて娘の姿で成長を止める。
 母体の記憶はあるし、母体がいかに父親となった男を愛し、共に歩む決断をしたかを知っている。だがそこに、情熱を燃やした記憶はあれど、感情が伴うことはない。例えて言うならば、小説を読み終えただけだ。いくばくかの感情移入こそあれ、それは当代の赤雪姫自身の感情ではない。
 過去の赤雪姫がそれぞれに人間を愛し、永遠と全能を捨て、人となる決意をしても、それは当代の赤雪姫ではない。
 ただ、彼女は『赤雪姫』としての使命を果たすため、その力を振るうのである。

「まぁ、全能というのも、退屈なことであってな」

 言葉をなくしている様子の翡翠を見ながら、自嘲するような笑みを浮かべる。

「知ろうと思えば、わしは小鈴の寿命も、お前の死に様も、この国の行く末も知ることができるというわけじゃ。一瞬先も、1年先も、10年先も、多少の誤差はあるが見ることができる」

 目を閉じた紅雪の瞼の裏に映るのは、過去の約束。乱れた世を平定するために拳を振り上げた一人の青年の姿。

「本来ならば、わしはきちんと先を確認し、大禍の未来視があれば未然に防がねばならぬ」

 長いため息をつく。紅雪自身、もう疲れているのかもしれない。

「この間のことは、わしの怠慢の結果よ。未来を知るには膨大な力を使う。じゃが、未来を見なければ、その力はわしの内にたまり、ああして自己主張をするのじゃ。小出しに使っていたのではとても使いきれない物が次々と湧き出てくるからのぅ」

 下手をすれば、この家ごと焼き尽くしかねなかった。暴走した力。
 目の前の男は、まるで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。忌々しい、許容できない、はがゆい、そんな負の感情を珍しくも隠そうとしない。

―――だが、自分を諦める様子はなかった。

(まったく、どうして『わし』に惚れる男というのは……)

 紅雪は、相手の心を折るべく、真実を端的に示すことを決意する。


「お前は、わしをめとるとともに、もう一人のわしを作る覚悟をせねばならん。そして、最初の娘を諦める覚悟もな」


 紅雪の赤い瞳が、目の前の男を真っ直ぐ射抜いた。

「……それが、あなたの宿命、ですか」

 珍しく平静さを失い、搾り出すような声を出した翡翠は、目にかかった栗色の横髪を耳にかけた。

「確かにそれでは、あなたと共に在れたとしても、どこか後悔の残ることになってしまいますね」

 呟くように漏れた言葉からは、紅雪の予想に反して狼狽が少しずつ消えていった。
 それを妙だと思いつつ、紅雪は「だから言ったであろう。わしの宿命に巻き込むわけにはいかないと」と言い連ねた。

「―――ですが、子を為さず、不老で全能のあなたと共に過ごすことはできますね」
「なんじゃと?」



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