赤雪姫の惰眠な日常

長野 雪

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惰眠3.惰眠の代償

8.暴かれる姫君・後編

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「幸い、瑠璃がいますから鉱家の跡継ぎには困りませんし、いつまでも若々しいあなたに看取られて逝くのも悪くはありません」

 いつの間にか、紅雪の目の前の男にはどこか晴れやかな微笑みが浮かべられていた。

「な、な……」
「私は、やはりあなたが好きですよ、紅雪。いつもの凛としたあなたも素敵ですが、そうして余裕を失っている姿も可愛らしい」

 予想の斜め上を行く言動に、紅雪の頬に朱が散る。

「な、何を言っているのか分かっているのか、お前は!」
「えぇ、私はあなたの口から『うっとうしい』と聞いたことはあっても『嫌い』とは伺っていませんから。望みはあるのでしょう?」
「……」

 もはや紅雪は何も言えなかった。

「さて、紅雪。私はもう一度、あなたに問いかけましょう。―――私の求婚を受けてくれますか?」
「……」

 紅雪は目の前の男を、もう一度しげしげと見つめた。

「是か非か、一言だけでも結構です。どうかお返事を」

 その黒い瞳は、その男が正気であり、真剣であることを告げている。
 彼女は、わざとらしく大きくため息をついた。

「是か非か、どちらかと言うたな?」
「はい」


「―――非じゃ」


「……はい?」
「わしはお前を厭うてはおらぬ。じゃが、特別好いてもおらぬよ。残念ながら、当代の『わし』は先代以前の『わし』と違い、男女の仲にそれほどの興味は持ち合わせておらぬ」

 翡翠は、今度こそ表情を凍らせた。

「今のわしが重要視していることは、世話になった小鈴が自分の幸せを見つけることじゃ」

 翡翠は、自らも妹のように思っている娘を脳裏に浮かべ、微妙な表情になった。

「そもそも、男に惚れる気持ちが分からぬ。もしや、世に言う『同性愛』に目覚めたのかもしれぬ、と思うほどにな」

 予想外のセリフに、彼の口は開けど言葉が出ない。

「そのような状況じゃ。―――翡翠。わしのことは早々に諦めた方が良いと思うぞ」

 呆然とした翡翠は、まるでカラクリ人形のようにぎこちない素振りで、空になった茶碗を口に運ぶ。そして、さもお茶を飲み干したかのように大きく息をついた。

「紅雪。先ほどのあなたの口振りでは、近年、未来視をしていないと……」
「契約がある故、この国全体という意味では見ておるが、身近なものほど見てはおらぬ」

 彼女の言葉が想定通りだったのか、翡翠はホッと息をついた。

「では、この先、あなたが私の熱意に負けるか、はたまた私の心が通じるか、どちらかは知っていないのですね?」

 無論、と言いかけて紅雪は首を傾げた。さらり、と黒髪が肩から滑り落ちる。

「それは、どちらも同じ結果ではないか?」
「……未来は見ていないのでしょう?」

 指摘はあっさり黙殺された。

「どちらにしても、諦める気がないのは良う分かったわ。……では、話はこれで終わりじゃな? お前の望みは、わしがあの時、求婚を突っぱねた理由を語ること。これでしまいじゃ」

 紅雪は卓から立ち上がると、用済みになった茶器を人差し指の一振りで片付けた。
 同じく席を立った翡翠は紅雪の後につくように室を出る。そのまま自宅に戻るかと思いきや、家の裏手へ向かった紅雪の後をすたすたと着いてきた。

「……なんじゃ?」
「これから、いつもの昼寝をするのでしょう?」
「無論じゃ。お前はとっとと家に戻るがよい。重々、頭を冷やすようにな」

 すると、翡翠は首を横に振った。

「もう話すことはないぞ?」
「えぇ、せっかくですから、添い寝しようかと。小鈴がいないことは滅多にありませんし」

 つまり、小鈴が戻って来るまでは、ストーカーよろしく付きまとう気だということだ。

「残念じゃが、ここ最近のわしの惰眠場所は木の上での。添い寝するスペースなどありゃせんわ」

 ふわり、と身体を舞い上がらせた紅雪は、いつもの枝に移動する。

「では、ここからあなたを眺めながら、私も昼寝することにします」

 動じた様子もなく、翡翠はその木の根元に腰を下ろした。

「……ふん、勝手にするがよい」
「もとより、そのつもりです」


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3章完結しましたので、改めて人物紹介を。

紅雪
 惰眠LOVEの万能美女。万能であるがゆえの代償はある模様。

小鈴
 敬愛する雪ねえさまのためなら、限界なく頑張る娘。翡翠に恋心を抱いている。

翡翠
 三兄弟の長兄。至って真面目な人間だが、恋心はおかしい。

瑠璃
 三兄弟の次兄。至って軽い口調だが、考えていることは常識的。

琥珀
 三兄弟の末っ子。至って肉体派だが、恋の相手は真っ当。

鉱南
 三兄弟の父親。紅雪への接し方は、村では多数派だが家では少数派。

明玉
 鉱南の妻。村の他の女衆と同様に紅雪に好意を持つ。

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