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惰眠4.惰眠仙女の引継書
1.預言のお役目・前編
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宮城の一角、南の端に建てられた屋敷の1室で、彼女は1人、書類に目を通していた。
大炊寮と雅楽寮に挟まれているが、来歴はこちらの方がずっと古い。ただ、人の出入りは両隣に比べ、格段に少ないので、宮城内でも忘れられがちな部署である。
神祇官の長官である神祇伯、それが彼女の官職だった。
宮城に勤め、官位を賜る女性は、後宮を除いてゼロに等しい。唯一の例外が彼女だ。神祇伯・星瑛。御年72になる女傑である。
神祇官の役割は、文字通り神事を執り行うものであるが、この灯華国においては別の役割を持っていた。
それは、建国に尽力した仙女との橋渡し役。
皇帝・章に侍り、小国を統一する助け手となった仙女。神仙、花仙とも呼ばれる彼女との連絡役である。だが、元より仙女は有事の際にしか現れないと決まっているもの。連絡役とは言いながら、その実がないのは周知の事実だ。
カタリ、コトン
星瑛は背後の物音に、侍童が新たな書類を持って来たのだと思い「そこに置いておきなさい」と声をかけた。ただし、視線は手元の書類に落とされたままだ。
だが、その気配は一向に仕事を終えて去る様子がない。
「相変わらず、仕事の虫だのぅ。星瑛?」
もう何年と聞いていない声にも関わらず、その忘れもしない鮮烈な記憶を呼び起こす響きに星瑛の脳裏に声の主の姿が即座に浮かんだ。
彼女はくるりと振り返る。
「ずいぶんとご無沙汰だこと。このボンクラ猫娘!」
痛烈な罵倒の文句が、人気のない房に響き渡った。
◇ ◆ ◇
史家は言う。
この灯華国には、神仙の加護があると。
建国の祖である皇帝・章。彼は火を自在に操ることを得意とする神仙に師事した。
彼は群なす兵を薙ぎ倒し、小国同士の諍いの絶えないこの地を統一した。
彼の傍らには、花をこよなく愛する仙女が侍っていたと伝えられている。彼女は敵味方関係なく、戦死した者のために涙を落とし、花を贈った。
火を操る皇帝。花を咲かせる仙女。
皇帝は国に名前をつけなかったが、誰からともなく、火と花の国、灯華国と呼ばれるようになった。
時を下った今もなお、皇帝の血筋は絶えることなく、その権威が失墜することなく国は存続している。
時に愚帝が権力を握ることもあったが、そうした際にはどこからともなく、神仙が現れ、後始末をつけていったという。ある時は失政の尻拭い、ある時は愚帝の暗殺、そういった形をとって。
神仙は権威の象徴でもあり、反権威の象徴でもあった。だが、その仙女は有事の際を除き、人前に姿を現すことはないと言う。
それゆえ、仙女が存在するか否かは史家の議論の的となるのである。
だが、有事を予見し、仙女は現れる。伝説となってしまった昔から、灯華国が続く今まで、それだけは変わらない。
◇ ◆ ◇
「あっはははははっ!」
予想外だったのか、予想通りだったのか、罵倒の文句で挨拶をされた彼女は腹に手を当てて、けたけたと笑い転げた。
豊かな黒髪は乱れても、その美しさは変わらない。むしろ上気して微かに色づいた肌や涙に潤む目元に、異性だけでなく同性すら魅了されてしまうだろう。
「相変わらず、手厳しいのぅ。変わりないようで、何よりじゃ」
ひー苦しい、と浮かんだ涙を拭う彼女は、以前会った時と何一つ変わらない容貌だった。星瑛自身、寄る年波に勝てず、目のかすみやら、シワやら足腰の痛みやらで参っているというのに。
大炊寮と雅楽寮に挟まれているが、来歴はこちらの方がずっと古い。ただ、人の出入りは両隣に比べ、格段に少ないので、宮城内でも忘れられがちな部署である。
神祇官の長官である神祇伯、それが彼女の官職だった。
宮城に勤め、官位を賜る女性は、後宮を除いてゼロに等しい。唯一の例外が彼女だ。神祇伯・星瑛。御年72になる女傑である。
神祇官の役割は、文字通り神事を執り行うものであるが、この灯華国においては別の役割を持っていた。
それは、建国に尽力した仙女との橋渡し役。
皇帝・章に侍り、小国を統一する助け手となった仙女。神仙、花仙とも呼ばれる彼女との連絡役である。だが、元より仙女は有事の際にしか現れないと決まっているもの。連絡役とは言いながら、その実がないのは周知の事実だ。
カタリ、コトン
星瑛は背後の物音に、侍童が新たな書類を持って来たのだと思い「そこに置いておきなさい」と声をかけた。ただし、視線は手元の書類に落とされたままだ。
だが、その気配は一向に仕事を終えて去る様子がない。
「相変わらず、仕事の虫だのぅ。星瑛?」
もう何年と聞いていない声にも関わらず、その忘れもしない鮮烈な記憶を呼び起こす響きに星瑛の脳裏に声の主の姿が即座に浮かんだ。
彼女はくるりと振り返る。
「ずいぶんとご無沙汰だこと。このボンクラ猫娘!」
痛烈な罵倒の文句が、人気のない房に響き渡った。
◇ ◆ ◇
史家は言う。
この灯華国には、神仙の加護があると。
建国の祖である皇帝・章。彼は火を自在に操ることを得意とする神仙に師事した。
彼は群なす兵を薙ぎ倒し、小国同士の諍いの絶えないこの地を統一した。
彼の傍らには、花をこよなく愛する仙女が侍っていたと伝えられている。彼女は敵味方関係なく、戦死した者のために涙を落とし、花を贈った。
火を操る皇帝。花を咲かせる仙女。
皇帝は国に名前をつけなかったが、誰からともなく、火と花の国、灯華国と呼ばれるようになった。
時を下った今もなお、皇帝の血筋は絶えることなく、その権威が失墜することなく国は存続している。
時に愚帝が権力を握ることもあったが、そうした際にはどこからともなく、神仙が現れ、後始末をつけていったという。ある時は失政の尻拭い、ある時は愚帝の暗殺、そういった形をとって。
神仙は権威の象徴でもあり、反権威の象徴でもあった。だが、その仙女は有事の際を除き、人前に姿を現すことはないと言う。
それゆえ、仙女が存在するか否かは史家の議論の的となるのである。
だが、有事を予見し、仙女は現れる。伝説となってしまった昔から、灯華国が続く今まで、それだけは変わらない。
◇ ◆ ◇
「あっはははははっ!」
予想外だったのか、予想通りだったのか、罵倒の文句で挨拶をされた彼女は腹に手を当てて、けたけたと笑い転げた。
豊かな黒髪は乱れても、その美しさは変わらない。むしろ上気して微かに色づいた肌や涙に潤む目元に、異性だけでなく同性すら魅了されてしまうだろう。
「相変わらず、手厳しいのぅ。変わりないようで、何よりじゃ」
ひー苦しい、と浮かんだ涙を拭う彼女は、以前会った時と何一つ変わらない容貌だった。星瑛自身、寄る年波に勝てず、目のかすみやら、シワやら足腰の痛みやらで参っているというのに。
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