赤雪姫の惰眠な日常

長野 雪

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惰眠5.はた迷惑な惰眠

2.群青の空・後編

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「それでは、私個人が力になれることでも?」
「……いや、これは数日もあれば十分じゃ。桜莉の口からわしが来ていることも伝わるだろうし、の」

 その言葉に、星瑛は皇帝陛下の近辺での問題だと当たりをつける。少ない手がかりで問題を推測するのももはや慣れてしまった。この目の前にいる仙女と付き合うようになってから。

「桜莉様なら、あと半刻もせずにいらっしゃるでしょう。―――ところで、雪様」
「なんじゃ?」
「髪の毛、戻されましたのね」

 突然の話題転換に「まぁ、短いとアレコレ言う輩がおってのぅ」と思わず本音を洩らす紅雪。

「例の、愛を囁く若者ですか?」
「―――想像にまかせる」

 図星だったのか、紅雪はぷいっと視線を逸らした。まるで子どものような仕草に、星瑛は笑いを噛み殺した。

「私で良ければ、その若者の愚痴でもお付き合いいたしますけれど?」
「神祇伯の仕事はどうしたのじゃ」
「今はそれほど忙しい時期ではありません。星祭りもまだ先ですから」

 それならば、と珍しく乗り気になった紅雪だったが、何かに気づいたかのように首をめぐらし、「どうやら次の機会になるようじゃな」と呟いた。
 彼女の視線の先に思いを巡らせ、星瑛も「あぁ」と納得して新しい椀に茶を注いだ。
 ほどなく、ドタドタと緊急時のような沓音が近づいてきて―――

「聞いてくださいまし、星瑛! 木工寮の長官がひどいんですのよ!」

 嵐に遭遇したかのように髪を乱した女性が飛び込んできた。

「―――あ、あら、仙女様。ご機嫌うるわしゅう。みっともないところをお見せいたしました」

 執務室には星瑛一人きりと思い込んでいた来訪者は、慌てて取り繕い、深く頭を下げた。

「その様子では、まだ社の完成には遠いようだのぅ、――桜莉」

 息を切らして走って来た彼女は、紅雪の記憶にある彼女より、やや日に焼けたようだ。衣越しではハッキリ見てとれないが、上腕にも筋肉がついているように見受けられる。

「今日、ようやく柱が立ちましたの。ひどいんですのよ、長官ったら、かすがいが曲がってるだの、本来なら木工寮の技術の粋を集めるべきだの、あれでは姑ですわ!」

 皇帝陛下の妹君という地位ながら、嫁にも行かずふらふらとしていた彼女が神祇伯の後継に選ばれて一月経つ。最初の仕事が社の建設という、およそ高貴な女性の仕事ではないにも関わらず、仕事そのものよりも不満があるのが木工寮の長官の件らしい。

「元気でやっておるようで、何よりじゃ」
「仙女様には、お待たせしてしまって、本当に申し訳ありませんわ」

 そこまで言ったところで、桜莉は視線を上官である星瑛に向けた。

「いいえ、私たちの仕事ではありませんわ。些細な息抜きにいらっしゃっただけです」

 視線の意味をきちんと理解した星瑛は珍しくにこりと微笑んで答えた。

「元々が老猫そのもののグウタラなお方ですもの、惰眠を貪ったり、管を巻いたりしにいらしただけですわ」
「遠慮のない表現だのぅ、星瑛。―――桜莉。いまだ後宮に住まっておるようだが、正妃殿は変わりないか?」

 紅雪の言い回しに、何かを勘付いた星瑛の指先が小さく震える。だが、尋ねられた桜莉は「えぇ」と話題の裏を読むことなく素直に頷いた。

蔡妃さいひ様とも顔見知りでいらっしゃいますの? 2日ほど前にお会いした時は、平時と変わらず穏やかに過ごしていらっしゃいましてよ」
「うむ、何度か茶を飲んだことがあってな。変わりないようで、何よりじゃ」
「蔡妃様は、話しているだけで癒される方ですもの。滅多なことでお変わりになんてなりませんわ。あの方が正妃でなかったらと思うと、今頃後宮はどうなっているかと考えただけでぞっとしますもの」

 やたらと我の強い(または権力欲の強い親類のいる)第二妃、第三妃を思い出し、桜莉は両手で自分の肩を抱きしめて震えるフリをした。
 紅雪は小さく息を吐く。

「そうそう、桜莉。しばらくこの房に滞在するつもりじゃ。よろしく頼むぞ」

 思ってもみない発言に、星瑛がぷるぷると拳を握る。そんな様子を紅雪はニコニコと微笑んで見つめた。

「この―――」
「いけませんわ!」

 ボンクラ猫娘、という叫びを、桜莉が遮った。

「このようなところで寝泊りしては、仙女様の御身に障ります! どうぞ、あたくしの房に来てくださいませ!」


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