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惰眠5.はた迷惑な惰眠
5.琥珀色の飴・前編
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「ずいぶんと厳しい試験ですこと」
人の姿をとった紅雪の向かいで茶を飲みながら、星瑛はしみじみと呟いた。
「試験とな? わしは事実をありのままに教えて差し上げただけだというのに。まったく星瑛は言葉の裏読みが過ぎるのぅ」
大膳職から届けられた饅頭には手をつけず、紅雪は茶だけをすする。
テーブルの上に恭しく置かれた三方にちょこんと盛られた饅頭は5つ。四角錐の形に積まれた饅頭はまだ温かさを保っていた。大膳職のトップである大夫の話では、中の餡に特に趣向を凝らしているという話だ。
「そちらの約定もきちんと口にしてくださっていれば、私もこのようなことは申し上げません。―――愚帝であれば、相応の始末をつけるのも護国の仙女のお役目でしょう?」
「まだ、判断する時期には至らぬよ。まぁ、多少なりとも成長の兆しは見せてもらいたいものじゃが」
星瑛はふぅ、と息をつく。本当ならば、このような対応についても後任の桜莉に教えたいのだが、彼女ではまだ上手く立ち回れないだろう。下手をすれば、湘太子と一緒になって引っ掻き回しかねない。それでも、せっかくの仙女の守役としての仕事だ。時機を見計らって伝えるようにしよう。そう星瑛は考えた。
「それで、こちらの饅頭は不合格ということでよろしいですか」
「あぁ、とても好んで食す気にはならんよ。そうだのぅ、西方渡来の新食材を試すのは良いが、奇をてらうだけでなく、きちんとその食材を理解した上で作れと言ってやれ。それもできぬなら、野草を混ぜた草饅頭の方がマシだとな」
厳しい評価を受けた饅頭を1つ手に取ると、星瑛はぱっくりと2つに割って餡を確認した。白と赤の二層になった餡のさらに内側から、とろりと茶色い液体が流れ出る。西方渡来の――加加阿という名の甘味だったか、これが大夫の言う趣向なのだろう。
星瑛はぱくり、と半分になった饅頭にかぶりついた。種類の違う風味や甘さが複雑に絡み合い、見事に全てを台無しにしていた。確かにこれは普通の饅頭の方が美味い。
「おそらく、ずいぶんと前に甘味を好むようだと伝えた結果、暴走してしまったのでしょう。前者だけ伝えます。―――では、こちらは桜莉様にでもとっておきましょう」
仙女様のお気に召さなかった饅頭を戸棚に片付けた星瑛は、その代わりにと笹の葉にくるまれた親指大の塊を皿に乗せて差し出した。
「姪から届きましたの。何も茶菓子がないのも寂しいですから、これならいかがです?」
上質の材料を吟味し、製法に工夫を凝らし、鳳凰を象った焼印の押された饅頭に比べ、貧相な印象を受けるそれを、紅雪は躊躇うことなく摘《つま》み上げた。
白魚のような指が、まるで宝物を扱うように笹を開く。その中にはごつごつとした琥珀色の塊が入っていた。
「これはまた、懐かしい」
それをポイっと口に入れると、紅雪の口元がニンマリと弧を作った。
「姪御だけではないな。その娘も手伝っておる」
「そういえば、そんなことも手紙に書いてありましたわ。一度も会ったことのないのに、心をこめて作ってくれたのですね」
下級貴族の出であった星瑛は、女官をしていた頃から地方に住む姉と文などのやり取りをしていた。今はもう姉もこの世にないが、その長女一家と手紙のやりとりが続いている。
「俸禄のほとんどを実家に送っているのであろう? 中央で稼ぎ続ける『おばあさま』に、感謝しておらぬわけもない。……ふむ、良い味じゃ」
地方でよく子どものために作られる飴は、主に蜂蜜や乳から作られ、そこに地方独特の何かが混ぜられる。星瑛の実家付近は、胡桃が特産らしい。
「えぇ、毎年送ってもらっておりますの。この年になっても、たまに食べたくなってしまうものですから」
「わしの住んでおる村では、栃栗を使っておる。じゃが、胡桃もよいのぅ」
素朴な味のする飴をコロコロと口の中で転がしながら、紅雪は上機嫌に微笑んだ。
人の姿をとった紅雪の向かいで茶を飲みながら、星瑛はしみじみと呟いた。
「試験とな? わしは事実をありのままに教えて差し上げただけだというのに。まったく星瑛は言葉の裏読みが過ぎるのぅ」
大膳職から届けられた饅頭には手をつけず、紅雪は茶だけをすする。
テーブルの上に恭しく置かれた三方にちょこんと盛られた饅頭は5つ。四角錐の形に積まれた饅頭はまだ温かさを保っていた。大膳職のトップである大夫の話では、中の餡に特に趣向を凝らしているという話だ。
「そちらの約定もきちんと口にしてくださっていれば、私もこのようなことは申し上げません。―――愚帝であれば、相応の始末をつけるのも護国の仙女のお役目でしょう?」
「まだ、判断する時期には至らぬよ。まぁ、多少なりとも成長の兆しは見せてもらいたいものじゃが」
星瑛はふぅ、と息をつく。本当ならば、このような対応についても後任の桜莉に教えたいのだが、彼女ではまだ上手く立ち回れないだろう。下手をすれば、湘太子と一緒になって引っ掻き回しかねない。それでも、せっかくの仙女の守役としての仕事だ。時機を見計らって伝えるようにしよう。そう星瑛は考えた。
「それで、こちらの饅頭は不合格ということでよろしいですか」
「あぁ、とても好んで食す気にはならんよ。そうだのぅ、西方渡来の新食材を試すのは良いが、奇をてらうだけでなく、きちんとその食材を理解した上で作れと言ってやれ。それもできぬなら、野草を混ぜた草饅頭の方がマシだとな」
厳しい評価を受けた饅頭を1つ手に取ると、星瑛はぱっくりと2つに割って餡を確認した。白と赤の二層になった餡のさらに内側から、とろりと茶色い液体が流れ出る。西方渡来の――加加阿という名の甘味だったか、これが大夫の言う趣向なのだろう。
星瑛はぱくり、と半分になった饅頭にかぶりついた。種類の違う風味や甘さが複雑に絡み合い、見事に全てを台無しにしていた。確かにこれは普通の饅頭の方が美味い。
「おそらく、ずいぶんと前に甘味を好むようだと伝えた結果、暴走してしまったのでしょう。前者だけ伝えます。―――では、こちらは桜莉様にでもとっておきましょう」
仙女様のお気に召さなかった饅頭を戸棚に片付けた星瑛は、その代わりにと笹の葉にくるまれた親指大の塊を皿に乗せて差し出した。
「姪から届きましたの。何も茶菓子がないのも寂しいですから、これならいかがです?」
上質の材料を吟味し、製法に工夫を凝らし、鳳凰を象った焼印の押された饅頭に比べ、貧相な印象を受けるそれを、紅雪は躊躇うことなく摘《つま》み上げた。
白魚のような指が、まるで宝物を扱うように笹を開く。その中にはごつごつとした琥珀色の塊が入っていた。
「これはまた、懐かしい」
それをポイっと口に入れると、紅雪の口元がニンマリと弧を作った。
「姪御だけではないな。その娘も手伝っておる」
「そういえば、そんなことも手紙に書いてありましたわ。一度も会ったことのないのに、心をこめて作ってくれたのですね」
下級貴族の出であった星瑛は、女官をしていた頃から地方に住む姉と文などのやり取りをしていた。今はもう姉もこの世にないが、その長女一家と手紙のやりとりが続いている。
「俸禄のほとんどを実家に送っているのであろう? 中央で稼ぎ続ける『おばあさま』に、感謝しておらぬわけもない。……ふむ、良い味じゃ」
地方でよく子どものために作られる飴は、主に蜂蜜や乳から作られ、そこに地方独特の何かが混ぜられる。星瑛の実家付近は、胡桃が特産らしい。
「えぇ、毎年送ってもらっておりますの。この年になっても、たまに食べたくなってしまうものですから」
「わしの住んでおる村では、栃栗を使っておる。じゃが、胡桃もよいのぅ」
素朴な味のする飴をコロコロと口の中で転がしながら、紅雪は上機嫌に微笑んだ。
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