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騎士と秘密と姫君と
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『ごめんなさい、もう一度、報告を繰り返してもらえるかしら?』
私は、自分の部屋で窓の外を見上げている――フリをして、大広間の会話に耳をそばだてていた。
何を言っているのか分からないかもしれないが、正確には、広間の鉢植えを通して、その会話を盗み聞きしていた。
私の名前はネリス・イ・リスティア。この国のれっきとした王女であって、頭のおかしい女ではない。
どうしてかは分からないのだけど、様々な植物と会話(口に出さないから念話?)したり、弱った植物に力を分けたりできる。その応用で、最近では自分や他人のケガを治すこともできるようになった。あとは、まぁ、ちょっと縁があって受け入れた愛馬が馬の枠をはみ出ているぐらいだ。それ以上でもそれ以下でもないのに、自国や周辺国にはちょっとした評判になってしまっているらしい。別に周囲に吹聴してるわけでもないのに。
いや、でも、あの腹黒……色々と賢しいお兄様が尾ひれをつけて噂を流した可能性は否定できない。次期国王であるお兄様は、こういう面では抜け目がない……いや、頼もしいから。
そのお兄様は、今、隣国からの侵攻に対応するために現地へ飛んでいる。さらに国王であるお父様も現場主義、というより書類仕事を嫌って現地入りしているので、王城にいるのは私と王妃であるお母様だ。あと、お兄様の奥さんであるお義姉様。
そういうわけで、重要な報告なんかは全てお母様の元へ届けられ、お母様が采配を振るっている。つまり、お父様とお兄様の状況が知りたければ、お母様のいるところを盗聴すればいいというわけ。こういうときは、自分の能力と、大広間に観葉植物の鉢植えがある我が城万歳!と喝采をあげたくなる。
『イェル砂漠におけるバリステ侵略軍との戦いで、国王陛下および王子殿下が囚われ、我が軍は撤退を余儀なくされました』
若い兵士の声に、私の身体が強張ったのを感じた。それは、即ち、負けた……ということ。
ばくばくと鳴る心臓を上から押さえ、私は居ても立ってもいられずに部屋を飛び出した。深い海の色をしたドレスは歩いたときにふわりと軽く翻るのがお気に入りだけれど、今は足に纏わりついて邪魔にしか感じない。
『その先です! バリステは何と……?』
『敵方の将であるヴァル王子は、人質の交換を望む、と。ネリス様と王子殿下を。――もし、ネリス様が婚礼衣装で人質交換に応じるのであれば、陛下もともに返すと』
兵士の声に、大広間が一気にざわついたのが聞こえてきた。
――ヴァル王子と言えば、確か第三王子の……
――確か……に一人残ったとか
――婚礼衣装で、ということはネリス様を娶ることを?
――だが普通に考えれば、一人に対し二人を返還するなど破格だ
――しかしネリス王女は……
『静かにしてください! ――提案は分かりました。それで、期日は指定されましたか?』
あぁ、お母様。冷静を装っているけれど、声が荒いのがよく分かる。そうよね。動揺しないはずがないわ。
『申し訳ございません!』
ごん、と聞こえたのは何の音だろう。まさか、土下座とか? 報告に来ているのは若い兵士のようだったけど、そんな生真面目な人は誰の麾下にいるのか、なんて思考が逸れる。
『私は、七日後の陽が頂点に昇る時までと言われてあちらを出立しました! しかし、ここへ来るまでに五日も……』
お母様の言葉で静かになっていた広間が、ふたたびざわめきに包まれた。当然だ。イェル砂漠からこの王城までは馬で七日かかる距離だ。謝罪する兵のことはむしろ褒めるべきだと思う。
それを先方も知っているだろうに、わざわざ無理難題を押し付けた相手方の真意を考えながら、私は広間へ向かう足を速めた。草木が中継してくれる音の向こうで、お義姉様が小さな悲鳴を上げて倒れるのが分かった。次期王妃としてお母様の仕事をサポートしていたのだろうけど、今回のことは少しばかり衝撃が強かったのだろう。あのお兄様のお嫁様にしては可憐な方だし。
『フィリアを部屋へ。それと……ネリスを呼びなさい』
お母様の声に、広間には賛否の声が上がる。
――ネリス様を差し出すおつもりですか!
――しかし、陛下と殿下をお救いするには
――ネリス王女には荷が重いのでは
――いやいや、ネリス様ならばあるいは
私がいないからって、好き勝手なことを言わないで欲しい。私だって一人の人間だ。ついでに言うとまだ十代だし。
広間に集まっているだろう重臣たちの顔を思い浮かべる。……うん、髪の毛むしってやろうか。
『ジョシュアと言いましたね。ご苦労様です。今日はもう下がって休みなさい。――もしかすると、明日、案内役として再びイェルの地に戻ってもらうことになるかもしれません』
『はい』
ジョシュアという兵の声が、私の耳にも直に届いた。どうやら、彼の退出には間に合ったらしい。
扉の外に立っていた警備の兵を押しのけて、私はそこを大きく開け放つ。
「失礼いたします」
居並ぶ重臣、一番奥にはお母様。そして、目の前に疲れた様子で立っていたのは、疲弊を顔に表した若い兵だった。汚れた軍の制服を身に纏い、乱れた黒髪が汗ではりついた様子からも、彼ができる限り早く戻って来ようとした様子は読み取れる。
「あら、ごめんなさい。お先にどうぞ」
脇に寄るのもつらそうだと、思わず道を譲ってしまった。王女の身分にあるまじき行為だと分かっていても、つい。
「いいえ、姫君。わたくしのような者にお気遣いは無用です。お気持ちだけいただいておきます」
まぁ、そうよね。一介の兵士が王女に道を譲らせるなんてこと、やっていいわけがない。
すれ違いざまに「ごめんなさい」と小さな声を掛け、そのついでに癒しの力を送っておく。明日も案内役として活躍してもらう流れだったから、少しでも回復して欲しい。そんな祈りを込めて。
ジョシュアが退室する音を背中で聞きながら、私は冷静さを装って背筋を伸ばした。
「話は伺いました。……私はお父様やお兄様のためでしたら、喜んでこの身を差し出しましょう」
ぐるりと居並ぶ人々を見渡せば、私の言葉に賛同を示す人と、難色を示す人の二種類がいる。
周囲はどうあれ、最終的な決断を下すのは、国王と王太子のいない今、お母様――王妃だ。視線を合わせれば、そこには心配そうな色しか見えない。
「ネリス、本当にそれで良いのですか?」
「はい、もちろんですとも」
普通に考えれば、国王と次期国王を優先するのは当たり前でしょう。それに、あのお兄様があっさり敵方に囚われたのも、何か裏があるようにしか思えない。もちろん、相手が戦上手だったかもしれないけど。
「婚礼衣装と言われましたけど、ただの白いドレスでも構わないでしょうか? 期限を考えると仕立てている暇なんてないでしょうし」
「ネリス」
「ベールも用意した方が良いのかしら? 何か代用になるようなものがあったか探してもらわないと―――」
「ネリス!」
お母様の厳しい声に、私は口をつぐんだ。悲壮感を見せないように意図的に明るく見せた自覚はある。だって、そうでもしないと平静を保てない。たとえ妙な力があったとしても、私だって一人の人間なんだから。
おそるおそるお母様の顔を窺うと、いつになく厳しい顔をしているのが見えた。
「ネリス、近くに。……申し訳ないけれど、少し二人で話をさせてもらえる?」
私がお母様の座る場所へ向かうのとは逆に、衛兵や大臣が離れていく。兵は遠くから内外に目を光らせ、大臣たちは政治的な話を繰り返し、侍女たちは扉近くでベールの代用品について意見を交わし始めた。
でも、誰もが耳をそばだてて私達の話を聞こうとしている気がする。無理もないか。
「ネリス。お前には大変なことを押し付けてしまうことになります。無理に行くことはないのですよ?」
「お母様……」
私も、人質になっているお兄様も、お母様の本当の子ではない。私達を生んだ母、正室であるシストレアお母様の侍女だったのを、お父様が娶ったのだ。当時こそ平民と言ってもおかしくない経済状態の下級貴族出身のお母様のことを悪し様に言う人が多かったらしいけれど、そんなものを払拭する王妃っぷりを見せている。貴族受けは良いとは言えないけれど、一般国民には人気があるし、飾らない性格は私も大好きだ。お母様だって、私やお兄様のことを慈しんでくれている。
「オルガのことだから、何らかの打開策を考えていると思うのよ。それに何とか乗っかって……帰っていらっしゃい」
お母様の優しい声に、私は涙ぐみそうになった。
お兄様は私のせいで知略に長けた人にならざるをえなくなった。私の能力のせいで兄妹で比較されることも多いし、何より私の異能を狙う人から守るためには、様々な取引を駆使する必要があった。もちろん、それはお父様の仕事ではあるのだけど、お兄様も率先して私を守ってくれた。……ただ、お兄様自身が、権謀術数渦巻く国内外の政治に関して、抜け目なくこなすことに快感すら感じているふしもあるから、私は負い目を全然感じてない。むしろ、腹黒なのを私のせいにされることに、ちょっと苛立ちさえ感じている。
「あの人質交換の提案から見ても、目的は最初から『奇妙な噂を囁かれる王女』の方だと思います。――――だから、お母様。最初から私が出るべき問題なんです」
私の能力がどんなものかは、広く知られているわけではない。ただ、噂が尾ひれ背びれをつけて、最終的に「何でもできる神の愛し子」になってるのは、本当にどうにかして欲しいと思う。
イェル砂漠からの侵攻も、最初から「何でもできる神の愛し子」が目的だったとすると、こちらもそのつもりで当たる必要があるのかもしれない。何とか、お兄様と話ができるタイミングがあればいいのだけど。
「お母様、準備もありますので、これで失礼します。……帰って来たら、お母様の入れたお茶を飲みたいんですけど、いいですか?」
「えぇ、もちろんです。……信じていますからね」
私はお母様ににっこりと微笑んで、そのまま小さく頭を下げる。そして自分に注がれる広間の視線を感じつつ、表情はそのままにまっすぐ広間を後にした。
閉まる扉の隙間から、大臣たちを集めるお母様の声が聞こえた。あとはお任せして、私はとにかく準備をしなければ。
私は、自分の部屋で窓の外を見上げている――フリをして、大広間の会話に耳をそばだてていた。
何を言っているのか分からないかもしれないが、正確には、広間の鉢植えを通して、その会話を盗み聞きしていた。
私の名前はネリス・イ・リスティア。この国のれっきとした王女であって、頭のおかしい女ではない。
どうしてかは分からないのだけど、様々な植物と会話(口に出さないから念話?)したり、弱った植物に力を分けたりできる。その応用で、最近では自分や他人のケガを治すこともできるようになった。あとは、まぁ、ちょっと縁があって受け入れた愛馬が馬の枠をはみ出ているぐらいだ。それ以上でもそれ以下でもないのに、自国や周辺国にはちょっとした評判になってしまっているらしい。別に周囲に吹聴してるわけでもないのに。
いや、でも、あの腹黒……色々と賢しいお兄様が尾ひれをつけて噂を流した可能性は否定できない。次期国王であるお兄様は、こういう面では抜け目がない……いや、頼もしいから。
そのお兄様は、今、隣国からの侵攻に対応するために現地へ飛んでいる。さらに国王であるお父様も現場主義、というより書類仕事を嫌って現地入りしているので、王城にいるのは私と王妃であるお母様だ。あと、お兄様の奥さんであるお義姉様。
そういうわけで、重要な報告なんかは全てお母様の元へ届けられ、お母様が采配を振るっている。つまり、お父様とお兄様の状況が知りたければ、お母様のいるところを盗聴すればいいというわけ。こういうときは、自分の能力と、大広間に観葉植物の鉢植えがある我が城万歳!と喝采をあげたくなる。
『イェル砂漠におけるバリステ侵略軍との戦いで、国王陛下および王子殿下が囚われ、我が軍は撤退を余儀なくされました』
若い兵士の声に、私の身体が強張ったのを感じた。それは、即ち、負けた……ということ。
ばくばくと鳴る心臓を上から押さえ、私は居ても立ってもいられずに部屋を飛び出した。深い海の色をしたドレスは歩いたときにふわりと軽く翻るのがお気に入りだけれど、今は足に纏わりついて邪魔にしか感じない。
『その先です! バリステは何と……?』
『敵方の将であるヴァル王子は、人質の交換を望む、と。ネリス様と王子殿下を。――もし、ネリス様が婚礼衣装で人質交換に応じるのであれば、陛下もともに返すと』
兵士の声に、大広間が一気にざわついたのが聞こえてきた。
――ヴァル王子と言えば、確か第三王子の……
――確か……に一人残ったとか
――婚礼衣装で、ということはネリス様を娶ることを?
――だが普通に考えれば、一人に対し二人を返還するなど破格だ
――しかしネリス王女は……
『静かにしてください! ――提案は分かりました。それで、期日は指定されましたか?』
あぁ、お母様。冷静を装っているけれど、声が荒いのがよく分かる。そうよね。動揺しないはずがないわ。
『申し訳ございません!』
ごん、と聞こえたのは何の音だろう。まさか、土下座とか? 報告に来ているのは若い兵士のようだったけど、そんな生真面目な人は誰の麾下にいるのか、なんて思考が逸れる。
『私は、七日後の陽が頂点に昇る時までと言われてあちらを出立しました! しかし、ここへ来るまでに五日も……』
お母様の言葉で静かになっていた広間が、ふたたびざわめきに包まれた。当然だ。イェル砂漠からこの王城までは馬で七日かかる距離だ。謝罪する兵のことはむしろ褒めるべきだと思う。
それを先方も知っているだろうに、わざわざ無理難題を押し付けた相手方の真意を考えながら、私は広間へ向かう足を速めた。草木が中継してくれる音の向こうで、お義姉様が小さな悲鳴を上げて倒れるのが分かった。次期王妃としてお母様の仕事をサポートしていたのだろうけど、今回のことは少しばかり衝撃が強かったのだろう。あのお兄様のお嫁様にしては可憐な方だし。
『フィリアを部屋へ。それと……ネリスを呼びなさい』
お母様の声に、広間には賛否の声が上がる。
――ネリス様を差し出すおつもりですか!
――しかし、陛下と殿下をお救いするには
――ネリス王女には荷が重いのでは
――いやいや、ネリス様ならばあるいは
私がいないからって、好き勝手なことを言わないで欲しい。私だって一人の人間だ。ついでに言うとまだ十代だし。
広間に集まっているだろう重臣たちの顔を思い浮かべる。……うん、髪の毛むしってやろうか。
『ジョシュアと言いましたね。ご苦労様です。今日はもう下がって休みなさい。――もしかすると、明日、案内役として再びイェルの地に戻ってもらうことになるかもしれません』
『はい』
ジョシュアという兵の声が、私の耳にも直に届いた。どうやら、彼の退出には間に合ったらしい。
扉の外に立っていた警備の兵を押しのけて、私はそこを大きく開け放つ。
「失礼いたします」
居並ぶ重臣、一番奥にはお母様。そして、目の前に疲れた様子で立っていたのは、疲弊を顔に表した若い兵だった。汚れた軍の制服を身に纏い、乱れた黒髪が汗ではりついた様子からも、彼ができる限り早く戻って来ようとした様子は読み取れる。
「あら、ごめんなさい。お先にどうぞ」
脇に寄るのもつらそうだと、思わず道を譲ってしまった。王女の身分にあるまじき行為だと分かっていても、つい。
「いいえ、姫君。わたくしのような者にお気遣いは無用です。お気持ちだけいただいておきます」
まぁ、そうよね。一介の兵士が王女に道を譲らせるなんてこと、やっていいわけがない。
すれ違いざまに「ごめんなさい」と小さな声を掛け、そのついでに癒しの力を送っておく。明日も案内役として活躍してもらう流れだったから、少しでも回復して欲しい。そんな祈りを込めて。
ジョシュアが退室する音を背中で聞きながら、私は冷静さを装って背筋を伸ばした。
「話は伺いました。……私はお父様やお兄様のためでしたら、喜んでこの身を差し出しましょう」
ぐるりと居並ぶ人々を見渡せば、私の言葉に賛同を示す人と、難色を示す人の二種類がいる。
周囲はどうあれ、最終的な決断を下すのは、国王と王太子のいない今、お母様――王妃だ。視線を合わせれば、そこには心配そうな色しか見えない。
「ネリス、本当にそれで良いのですか?」
「はい、もちろんですとも」
普通に考えれば、国王と次期国王を優先するのは当たり前でしょう。それに、あのお兄様があっさり敵方に囚われたのも、何か裏があるようにしか思えない。もちろん、相手が戦上手だったかもしれないけど。
「婚礼衣装と言われましたけど、ただの白いドレスでも構わないでしょうか? 期限を考えると仕立てている暇なんてないでしょうし」
「ネリス」
「ベールも用意した方が良いのかしら? 何か代用になるようなものがあったか探してもらわないと―――」
「ネリス!」
お母様の厳しい声に、私は口をつぐんだ。悲壮感を見せないように意図的に明るく見せた自覚はある。だって、そうでもしないと平静を保てない。たとえ妙な力があったとしても、私だって一人の人間なんだから。
おそるおそるお母様の顔を窺うと、いつになく厳しい顔をしているのが見えた。
「ネリス、近くに。……申し訳ないけれど、少し二人で話をさせてもらえる?」
私がお母様の座る場所へ向かうのとは逆に、衛兵や大臣が離れていく。兵は遠くから内外に目を光らせ、大臣たちは政治的な話を繰り返し、侍女たちは扉近くでベールの代用品について意見を交わし始めた。
でも、誰もが耳をそばだてて私達の話を聞こうとしている気がする。無理もないか。
「ネリス。お前には大変なことを押し付けてしまうことになります。無理に行くことはないのですよ?」
「お母様……」
私も、人質になっているお兄様も、お母様の本当の子ではない。私達を生んだ母、正室であるシストレアお母様の侍女だったのを、お父様が娶ったのだ。当時こそ平民と言ってもおかしくない経済状態の下級貴族出身のお母様のことを悪し様に言う人が多かったらしいけれど、そんなものを払拭する王妃っぷりを見せている。貴族受けは良いとは言えないけれど、一般国民には人気があるし、飾らない性格は私も大好きだ。お母様だって、私やお兄様のことを慈しんでくれている。
「オルガのことだから、何らかの打開策を考えていると思うのよ。それに何とか乗っかって……帰っていらっしゃい」
お母様の優しい声に、私は涙ぐみそうになった。
お兄様は私のせいで知略に長けた人にならざるをえなくなった。私の能力のせいで兄妹で比較されることも多いし、何より私の異能を狙う人から守るためには、様々な取引を駆使する必要があった。もちろん、それはお父様の仕事ではあるのだけど、お兄様も率先して私を守ってくれた。……ただ、お兄様自身が、権謀術数渦巻く国内外の政治に関して、抜け目なくこなすことに快感すら感じているふしもあるから、私は負い目を全然感じてない。むしろ、腹黒なのを私のせいにされることに、ちょっと苛立ちさえ感じている。
「あの人質交換の提案から見ても、目的は最初から『奇妙な噂を囁かれる王女』の方だと思います。――――だから、お母様。最初から私が出るべき問題なんです」
私の能力がどんなものかは、広く知られているわけではない。ただ、噂が尾ひれ背びれをつけて、最終的に「何でもできる神の愛し子」になってるのは、本当にどうにかして欲しいと思う。
イェル砂漠からの侵攻も、最初から「何でもできる神の愛し子」が目的だったとすると、こちらもそのつもりで当たる必要があるのかもしれない。何とか、お兄様と話ができるタイミングがあればいいのだけど。
「お母様、準備もありますので、これで失礼します。……帰って来たら、お母様の入れたお茶を飲みたいんですけど、いいですか?」
「えぇ、もちろんです。……信じていますからね」
私はお母様ににっこりと微笑んで、そのまま小さく頭を下げる。そして自分に注がれる広間の視線を感じつつ、表情はそのままにまっすぐ広間を後にした。
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