緑担う姫と砂漠の真相

長野 雪

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ツタと落下と眠り母《ひめ》

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 シオンはモーリィの息子で、父親と姉・兄は新王都に住んでいるらしい。三人の中で身分の問題もあって、何かを押し付けられることが多いようだ。本人の自覚はなさそうだけれど、どちらかというと受け身で自分を動かすタイプかな。命令やお願いにイヤとは言えない末っ子の十二歳。
 ザイルは商人からなり上がって間もない貴族で、上に兄が二人いる。上の兄は跡取り予定で、下の兄は軍人なんだとか。ザイル自身は「王のお気に入りの末息子」のヴァルに取り入るために送り込まれたらしい。うーん、冷静沈着を目指しているみたいだけど、まだまだクールにはなりきれないようね。まぁ、十五歳だし、これからでしょう。
 ヨークは昔ながらの貴族の息子だけれど、家はお兄さんが継ぐことになっているので、ていよく「結局は王になれない末王子」に取り入るようにと送り込まれたそう。残念なことに、ここへ来てからヴァルを見習って言葉遣いも悪くなったとか。意外とザイルよりも空気をしっかり読めそうな十四歳。

「もう、そのくらいでいいわ。おかげでみんなのことがよく分かったわ。ありがとう」

 声を上げると、口喧嘩をしていた三人がハッと私の存在を思い出してくれたようで、少し気まずそうな表情を浮かべた。

「それでね、どうしてあんな場所にいたの? ――――あ、怒ってるんじゃなくて、何か面白いものでもあるのかな……って。ほら、こんな暑い昼間に屋上なんて、好き好んで行く場所じゃないでしょう?」

 私の疑問に、三人は「どうする?」と目で会話した。本当に仲が良い。まぁ、同じ年頃の子が他にいないから、というのもあるんだろう。
 無言の相談の後、部屋の外に聞かれないように、囁くほどの小さな声で説明し始めてくれた。

「信じてもらえるかどうかは分かりませんが、その……見てしまったんですよ」
「西の三階の奥の部屋が緑色に見えたのを見つけたのは、ヨークだったよな?」

 ザイルとシオンの二人に促され、ヨークも渋々口を開いた。

「最初は中央棟の屋上で遊んでた。一瞬、目の端に見慣れねぇ色があってさ、見間違いかと思ってよく見たんだけど、やっぱり緑色に見えたんだ」
「ヨークに言われて、ぼくらも気付いたんだけど……何しろ、中央棟からは遠くて見えにくかったから」

 西棟の三階と言えば……思い当るふしがなくもない。というか、あの部屋のことだろう。

「見つけたのはいつ頃?」
「昼食が終わった後、すぐでした」

 午前中に足を踏み入れた、ヴァルの母親が眠る部屋。からみついた蔦は、枯れる寸前で褐色になっていたはずだけど――――

「シオン。そういや、あれは結局なんだったんだ?」

 ヨークの疑問は、私の疑問と同じものだった。室内の注目がシオンに集まる。

「んー、よくわかんないけど、部屋の中央にあった大きいベッドから、細長い植物……なのかな。それがはみ出してたんだと思う」

 歯切れの悪い回答に、ザイルとヨークが首を傾げた。でも、どう考えても三人が見た緑はあの蔦だろう。
 と、不意にノックの音が響いた。私が返事をすると「入りますよ」と今朝聞いたばかりの声がする。

「やっぱり、こんな所にいたんだね、悪ガキ三人組は!」

 首を起こすのも痛みで難しい私だけど、恰幅のよいその人影を確認するには十分だった。

「母ちゃん……」

 シオンが苦い顔をした。そう。新たな来訪者はモーリィだ。

「罰として水運びをさせるって言ったろ? ちゃんと謝ったんだろうね」
「うん……」
「なら、外で早速とりかかっとくれ。ちゃんと三人でやるんだよ!」

 モーリィがパンパン、と手を打ち鳴らすと、少年が逃げるように部屋を出て行った。

「大丈夫ですか?」
「えぇ。でも、あの三人をあまり怒らないであげてね。話し相手になってもらっていたの」
「まぁまぁ、恐れ多いことだよ、……ですよ。まずはあたしから謝らせてください。馬鹿な息子がとんでもないことを」

 深々と頭を下げるモーリィに、私は小さく首を振った。

「私が勝手にしたことです。……シオンの方は、本当に怪我はありませんでしたか?」
「えぇ、おかげさまで大丈夫でしたよ。なにやらぶら下がってるときに指を痛めたみたいだけど、大したことはありませんよ」

 それなのに痛いって言うから、気休めに包帯をまいてやったと話してくれたモーリィは、本当にありがとう、と再び感謝を口にした。その言葉に、私は助けることができてよかったと、しみじみ実感したのだった。


*+:。.。:+**+:。.。:+**+:。.。:+**+:。.。:+*


『ありがとう……、本当に』

 聞き慣れない声に、私は周囲を見回した。何もないまっさらな空間に、どう考えても夢の中とかそんな感じだな、と納得する。

『あなたが力をくれたおかげで、ボクは再びおかあさんを助けることができた』

 声の主が幼い少年の姿で現れた。年は5、6歳だろうか。手足は華奢で、髪も瞳も萌黄色をしている。

『おかあさんはまだ、あなたの前に出られるほどには回復していない。でも、「馬鹿な息子が迷惑をかけます」だって』

 声の主がいったい何者なのか、想像はつく。けれど、彼の言う「おかあさん」というのは誰のことなんだろう。

『あの……ボクの言葉、分かる? まだ変かな?』

 上目遣いで尋ねてくる少年に、私は二度三度深呼吸をして気を落ち着けると、確信を持って尋ね返した。

「君は……あの蔦? 西棟の三階にいた」

 少年は躊躇いなく頷いた。

『おかあさんは「キャズ」って呼んでくれたよ。この国ではボクたちのことをそう呼ぶんでしょ?』

 あの蔦の種類の名前なんだろう。残念ながら、私は植物の種類には詳しくない。いや、意志を交わすくせに、と怒られてしまうかもしれないけれど、今までそれで困ったことがない。何しろ、分からないことは本人に聞けばいいんだから。
 でも、困ったことになった。正直に言えば頭を抱えてうずくまりたい。あの蔦が――キャズが息を吹き返したのは喜ばしいことだけど、これをどうカモフラージュしたものか。

「ちょっと、ちょっと待って。情報を整理させて。――――つまり、君は私がした何かによって元気を取り戻したってこと? それで、その姿を子供たちに見つかって、あの騒ぎが起きた。……いやいや、私、何もしてないわよね?」
『涙をくれたよ。それも、とびきりの』

 ……そういえば、泣いたかもしれない。いや、ほら、感傷的になってしまうことってあるよね。あると言って。

「やだ、あれは――――」
「そのおかげで、ボクもおかあさんも助かった。感謝してるよ。……あぁ、もうすぐあなたは起きてしまうね。それじゃ、また」

 起きるってことは、やっぱりここは夢の中なんだ。でも、起きてしまうなんて予測がつくものかしら。
 そう考えていたら、自分の身体が軽く揺さぶられているのに気づいた。そんな刺激で起きるのかと言われても、怪我人の私にとって、小さな動きも腰に響くんだから仕方がない。

「おい、起きろ!」

 なんとか瞼を持ち上げると、目の前にヴァルの姿があった。

「痛い、そんなに揺さぶらないで」

 痛みと会話を中断させられたことで、むすっと不機嫌も露わにしてみたけれど、それどころじゃない、と切って捨てられた。ひどい。

(ん? それどころ?)

 この腰の痛みをそれどころで片付けられるようなものがあるんだろうか。あと、キャズとの貴重な情報交換の場を邪魔されたことも。

「王都から使者が来た。戦利品の目録を提出しろとな」

 戦利品という言葉に、私の頭がいっぺんに冷めた。私もその戦利品の一つだ。ヴァルはお兄様と直接交渉したからか、私の扱いについてある程度の配慮をしてくれる。けれど、王都の人間が同じ判断を下すとまで、楽観的には考えられなかった。

「これだけ目立つ戦利品を隠す手立ては、さすがにオレも思いつかない。……残念だが」

 その口振りからするに、イェル砂漠に展開していた軍は、まだ戻ってはいないのだろう。早馬か伝書鳩で戦勝だけが知らされた、というところか。
 それにしても困った。たとえばお金を渡したところで、すぐ洩れる。お兄様もよく言っていた。

(金で塞いだ口を開かせることほど簡単なことはない。より多くの金をチラつかせればいいんだから)

「金目のものだけじゃ、国王オヤジはともかく周囲は納得しないだろうしな」
「え? 身代金なんてとってないわよね?」
「お前の兄は、自分が携帯していた金と宝石を使って、オレに人質交換の話を持ち出したんだ」

 私は頭痛を堪えるように額を押さえた。我が兄ながら、なんて用意周到なのか。まぁ、遠征費を補填するために、罪もないあの周囲の村や町が襲われなくて良かったと考えるべきなんだろう。

「ねぇ、もし私のことがちゃんと王都に伝わったら、どうなると思う?」
「オレと娶せるか、……いや、兄たちに持っていかれるか」

 それが順当なところだろう。私もそう思う。
 さて、あのお兄様だったら、どう切り抜けるだろうか。
 お兄様なら「こんなことも解決できないのか」と嘲笑いながら、あっさりと人の心の隙を突くような、いや、人の心を抉るような案を出すに違いない。

「ヴァル。あなたはどうしたいと思ってるの? 手段は置いといて、望ましい結果というのは、どんなもの?」
「……昨晩の約束の通りだ。お前がこの砂漠をどうにかできるなら帰す。できなければ政治的な道具として扱う」

 意外と誠実な答えが戻ってきた。王都向こうに知られたら帰せなくなるな、と付け足されてしまったけど。

(嘘の目録を出したところで、兵の口からは洩れるだろうし。それなら、ヴァルの立場が悪くなるのを承知で逃げてしまおうかしら? でも、そうすると、そのとばっちりでモーリィたちも職を失ってしまうかも。それはさすがに後味が悪すぎる)

 私は決して小さくないため息をついた。

「どうせ、どこからかバレるんだったら、ちゃんと報告しておいた方がいいでしょう? 下手にバレると、あなたの立場が悪くなるだけじゃない」
「いや、正式な報告書に残さなければ、なんとかうやむやで誤魔化す道も残るかもしれない」

 残るかもしれない、なんて言われても、結局、王都に兵が戻るまでの猶予だ。どうにもならない気がする。
 私の沈黙を行き詰まりと解釈したのか、「一応、リストには加えないでおく」とだけ言い捨て、ヴァルはとっとと出て行ってしまった。怪我人を起こしておいて、ひどい扱いだ。

「何とかできないものかしら……」

 このままでは、ヴァルの兄のどちらかとの婚姻という道を辿るしかない。

(それなら、この荒れ果てた大地に水と緑を取り戻せば、何とかなる? ――――いや、かえって『豊穣の女神の寵愛者』のイメージを植え付けるだけね。余計に手放さなくなるわ)

 私は実りのない自問自答を繰り返しながら、再び眠りの淵に誘われていった。


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