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44.楽しい?茶会
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「はぁ、『脳筋兄上』ですか」
「そうよ! フィル兄上は脳みそまで筋肉になっちゃってるから、思慮深さとか細やかな配慮に欠けてしまっているの!」
ユーリは肯定も否定もせず、曖昧な微笑みを浮かべるに留めた。
城下で会ったエルフらしき女性に(耳! 耳が! とんがってた!)と内心はしゃいでいたけれど、フィル同様、魔物の大侵攻とやらでなかなかすごい活躍をした人らしく、今日はフィルの案内で城の資料室に閉じこもっているらしい。
(まぁ、来賓レベルの目に、私みたいな非常識人間は晒せないってことよね……)
自嘲したユーリはちょっとだけ遠い目になる。
暇を持て余してしまうだろうと配慮され、チヤ王女の受けている講義を部屋の端で聴かせてもらったが、理解できずに退屈になるという心配は杞憂に終わった。講義が周辺諸国との関係史という地理と歴史の複合のような内容だったためか、興味深く耳を傾けることができたのだ。忘れないようにメモを取りたかったが、ボールペンとクリップボードがあるならまだしも、付けペンしかない状態なので、とりあえず記憶よりも話を聞くことに集中することにした。
大人しく聞いていたユーリに興味を持ったのか、それとも元々フィルの連れて来た番に対して思う所があったのか、ユーリはチヤ王女にお茶に誘われた。そして、美味しいお茶を頂くなり、出て来た言葉が「脳筋兄上」である。
「でも、フィルさんは、私にとっては気配りのできる人ですよ?」
「え、まさか! ありえないわ!」
間髪入れず否定の言葉を返すチヤに、ユーリはここへくる道中の話をした。着替えを持っていなかったことに気付いて動いてくれた話や、自分が嫌だと思ったこと――抱かれて飛ぶこと――に対して配慮してくれたこと、魔物を血を見せずに退治してくれたことなどだ。
「まさか、あの兄上に限って……」
大袈裟に慄いたチヤだったが、すぐに「これが番の威力なのね!」と目を輝かせた。
「あの、フィルさんの副官をしているロシュさんも似たようなことを言っていたんですが、フィルさんて、そんなに……?」
「えぇ、訓練と強い敵と戦うことしか考えないような脳筋だったのよ!」
さすがにそれは言い過ぎなのでは、とユーリは思うが、曖昧に微笑むに留めた。チヤの言う通りなら、そもそもロシュという補佐があっても軍部の長官という地位にいたのがおかしいだろう。さすがに王族だからと言って、そこまでの依怙贔屓をするとは思えなかった。
「だいたい、軍部の人はみんなおかしいのよ! どうして喜々として魔物の討伐に行くの? しかも近場での間引きのときなんて、誰がどれだけ狩れるか賭けてる上に、ハンデとか言って武器を持って行かなかったりしてるのよ! おかしいでしょ!」
「それは確かによくありませんね。万が一のことがあれば取り返しがつかないでしょう」
「でしょ!? おかしいわよね? なのに脳筋兄上は『別に武器なんていらないだろう』なんて平然と言うのよ!」
「チヤ様は心配していたんですね」
「っ! 違うわ! 脳筋兄上と軍部の考えがおかしいってことを自覚させたかっただけよ!」
顔をほんのり赤くして否定するチヤに、ユーリは逆らわず「そうですね」と頷いて見せた。内心では「ツンデレ妹かわいい!」とはしゃいでいたが。
その後もチヤは家族の話を延々と披露し、ユーリは少しだけ生温かい目をしながら聞き役に回った。茶会の後に、チヤに付いている侍女から感謝の言葉を貰うぐらいには、話を聞き続けていた。
――――そんな一方的な茶会を終え、自室に戻ったユーリは、小さく息を吐いて、ベッドに突っ伏した。
多少の屈託はあるものの、ああして家族愛を延々と語られ続けると、どうしてもユーリの胸に郷愁が沸き起こる。この一月、何度となく忘れようと思っても、ふとした瞬間に思い出すかつての世界、友人、家族。
「せめて、スマホの電源が入ったらなぁ……」
写真を見るだけでも、少しは慰められるのに、と呟く。鞄に入れっぱなしだったスマホは、いつの間にか電源が切れてしまっていた。圏外だと電池の消費が早いと聞いたことがあるから、おそらくそのせいだろう。
「はぁ……」
沈みそうになる気持ちを慌てて振り切るように頭を振ったユーリは、のそのそとベッドから降り、元の世界から持ち込んだ本を引っ張り出す。何気なく手に取った刺繍の本を開き、パラパラとめくり始めた。
(フィルさんはお客さんの相手で食事を一緒にできないって話だし、ちょっと寂しい、かな)
どれぐらいお客さんが滞在するのか知らないが、その間に刺繍入りハンカチの1つぐらいできるだろうか、とユーリはモチーフの見本をパラパラとめくる。その中で1つ、男性でも問題なさそうな図案を見つけると、教本を片手に刺繍枠に白い布をセットする。
(どうにもならないことを下手に考え込んで鬱になるより、こっちの方が建設的よね)
仕事も休みなら、時間は十分にある、とユーリは刺繍針を手に持った。
「そうよ! フィル兄上は脳みそまで筋肉になっちゃってるから、思慮深さとか細やかな配慮に欠けてしまっているの!」
ユーリは肯定も否定もせず、曖昧な微笑みを浮かべるに留めた。
城下で会ったエルフらしき女性に(耳! 耳が! とんがってた!)と内心はしゃいでいたけれど、フィル同様、魔物の大侵攻とやらでなかなかすごい活躍をした人らしく、今日はフィルの案内で城の資料室に閉じこもっているらしい。
(まぁ、来賓レベルの目に、私みたいな非常識人間は晒せないってことよね……)
自嘲したユーリはちょっとだけ遠い目になる。
暇を持て余してしまうだろうと配慮され、チヤ王女の受けている講義を部屋の端で聴かせてもらったが、理解できずに退屈になるという心配は杞憂に終わった。講義が周辺諸国との関係史という地理と歴史の複合のような内容だったためか、興味深く耳を傾けることができたのだ。忘れないようにメモを取りたかったが、ボールペンとクリップボードがあるならまだしも、付けペンしかない状態なので、とりあえず記憶よりも話を聞くことに集中することにした。
大人しく聞いていたユーリに興味を持ったのか、それとも元々フィルの連れて来た番に対して思う所があったのか、ユーリはチヤ王女にお茶に誘われた。そして、美味しいお茶を頂くなり、出て来た言葉が「脳筋兄上」である。
「でも、フィルさんは、私にとっては気配りのできる人ですよ?」
「え、まさか! ありえないわ!」
間髪入れず否定の言葉を返すチヤに、ユーリはここへくる道中の話をした。着替えを持っていなかったことに気付いて動いてくれた話や、自分が嫌だと思ったこと――抱かれて飛ぶこと――に対して配慮してくれたこと、魔物を血を見せずに退治してくれたことなどだ。
「まさか、あの兄上に限って……」
大袈裟に慄いたチヤだったが、すぐに「これが番の威力なのね!」と目を輝かせた。
「あの、フィルさんの副官をしているロシュさんも似たようなことを言っていたんですが、フィルさんて、そんなに……?」
「えぇ、訓練と強い敵と戦うことしか考えないような脳筋だったのよ!」
さすがにそれは言い過ぎなのでは、とユーリは思うが、曖昧に微笑むに留めた。チヤの言う通りなら、そもそもロシュという補佐があっても軍部の長官という地位にいたのがおかしいだろう。さすがに王族だからと言って、そこまでの依怙贔屓をするとは思えなかった。
「だいたい、軍部の人はみんなおかしいのよ! どうして喜々として魔物の討伐に行くの? しかも近場での間引きのときなんて、誰がどれだけ狩れるか賭けてる上に、ハンデとか言って武器を持って行かなかったりしてるのよ! おかしいでしょ!」
「それは確かによくありませんね。万が一のことがあれば取り返しがつかないでしょう」
「でしょ!? おかしいわよね? なのに脳筋兄上は『別に武器なんていらないだろう』なんて平然と言うのよ!」
「チヤ様は心配していたんですね」
「っ! 違うわ! 脳筋兄上と軍部の考えがおかしいってことを自覚させたかっただけよ!」
顔をほんのり赤くして否定するチヤに、ユーリは逆らわず「そうですね」と頷いて見せた。内心では「ツンデレ妹かわいい!」とはしゃいでいたが。
その後もチヤは家族の話を延々と披露し、ユーリは少しだけ生温かい目をしながら聞き役に回った。茶会の後に、チヤに付いている侍女から感謝の言葉を貰うぐらいには、話を聞き続けていた。
――――そんな一方的な茶会を終え、自室に戻ったユーリは、小さく息を吐いて、ベッドに突っ伏した。
多少の屈託はあるものの、ああして家族愛を延々と語られ続けると、どうしてもユーリの胸に郷愁が沸き起こる。この一月、何度となく忘れようと思っても、ふとした瞬間に思い出すかつての世界、友人、家族。
「せめて、スマホの電源が入ったらなぁ……」
写真を見るだけでも、少しは慰められるのに、と呟く。鞄に入れっぱなしだったスマホは、いつの間にか電源が切れてしまっていた。圏外だと電池の消費が早いと聞いたことがあるから、おそらくそのせいだろう。
「はぁ……」
沈みそうになる気持ちを慌てて振り切るように頭を振ったユーリは、のそのそとベッドから降り、元の世界から持ち込んだ本を引っ張り出す。何気なく手に取った刺繍の本を開き、パラパラとめくり始めた。
(フィルさんはお客さんの相手で食事を一緒にできないって話だし、ちょっと寂しい、かな)
どれぐらいお客さんが滞在するのか知らないが、その間に刺繍入りハンカチの1つぐらいできるだろうか、とユーリはモチーフの見本をパラパラとめくる。その中で1つ、男性でも問題なさそうな図案を見つけると、教本を片手に刺繍枠に白い布をセットする。
(どうにもならないことを下手に考え込んで鬱になるより、こっちの方が建設的よね)
仕事も休みなら、時間は十分にある、とユーリは刺繍針を手に持った。
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